第07話★秘密の手紙【ジュキ視点】

 俺は二年前のことを思い出しながら、王城内の自室のベッドに仰向けになって暗い天井を見上げていた。


「レモのやつ、まだあのしおり使ってたな……」


 今朝、彼女がいとおしそうになでていた四つ葉のクローバーのしおりが脳裏に浮かぶ。魔王城の庭園や城壁に囲まれた野原で過ごした幸せな時間は、俺のかけがえない思い出だ。


「かわいいなあ、レモ――」


 俺の腕の中で「いつもあたしを守ってくれてありがと!」と、キラキラした笑顔を見せてくれた今朝の彼女を思い出す。


「いけね。こんな気持ちになっちゃいけねぇんだ……」


 俺は寝返りを打つと、うつ伏せになって枕に顔を押し付けた。


 そのとき部屋のドアをたたく音がした。


 こんな夜遅くになんだろう? と首をかしげながらドアを開けると、レモの侍女であるユリアが立っていた。


「レモネッラ様からです」


 声をひそめてそう伝えると、俺に小さな封筒を手渡した。彼女は人差し指を唇に当てて秘密の手紙であることを示すと、そっとドアを閉めた。


「嫌な予感がする――」


 ユリアが去るとすぐに、俺は手紙を開封した。




 ――親愛なる私の騎士ジュキエーレ、


 二年前の夜を覚えていますか? 魔王城の城壁を越えた途端、聖女の術が発動して私は意識を失いました。あれから私はずっと、このいまいましい術を解く方法を研究していたのです。禁呪はほとんど完成しつつあります。あなたがまだ私と一緒にいたいと願ってくださるなら今夜、王城広場の時計塔が二つ鐘を打つとき、黒薔薇の庭の朽ちたブランコの下で待っていてください。あなたが来てくださることを祈っています。


 ――いつもあなたを思っているレモネッラより




 俺はしばらくレモの美しい筆跡に見惚れていた。そっと唇を近づけるとインクのにおいがした。それで我に返った俺は、


「レモ、何を考えているんだ?」


 答えが返ってくるはずもないのに便せんに問いかけた。


「禁呪ってなんだよ……」


 二年前レモは俺を探させるため、一切食事に口をつけないという方法で自分の命を人質に取った。そのおかげで俺は秘密裏に処刑される寸前、発見され救助されたのだから彼女は命の恩人だ。


 だが同時に俺は学んだ。レモは自分の望みをとげるためなら死をも恐れないのだ。


「そういうだから好きになったんだよなぁ、俺……」


 自嘲気味につぶやいて、いとしい人の字をもう一度眺めた。


「俺は決して、きみを失いたくないんだ」


 だから、禁呪なんて物騒なものは、やめさせなくては。


「レモに生きて幸せになってもらうには、どうしたらいいんだ?」


 そうだ。人間の王子がいいヤツで、あいつを愛して幸せにしてくれりゃあいいんだ。


 ――それは素晴らしいアイディアだった。だが俺の両眼からは悔し涙があふれ出した。


「なんで――っ それが俺じゃねぇんだよ……! レモを愛して幸せにしてやる役目が、俺じゃないんだ!!」


 手紙を胸に抱いて、俺は歯を食いしばった。


「俺が……っ この手で……っ あいつを幸せにしてやりたかった!」


 しばらく机に突っ伏していた俺は、ややあって涙にぬれた顔を上げた。


「そうだ、決意するしかない」


 低い声でつぶやく。


 直接俺が幸せにしてやれなくても、彼女の幸せのために動くことはできるんだ。


「俺は強くならなきゃいけない。彼女の護衛という使命を、本当の意味でまっとうするときが来たんだ」

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