メゾン・ド・モンストルの住人

来宮ハル

プロローグ

 恋人と住むマンションの一室でベッドのシーツを引っ張りぴんと整えるのが、あおい潔子きよこの毎日の習慣だった。毎日一流ホテルのベッドメイキング並に整えては、恋人からも「几帳面だなあ」と苦笑される。

 

 潔子は子どもの頃から綺麗好きで、小学生の頃は「お掃除隊長」なんてあだ名をつけられていたくらいだ。よくよく考えれば、おそらくそれは侮蔑を含んでいたのだろうけど、潔子にとっては勲章のようなものだった。


 恋人──瀬野せの裕也ゆうやは同じ会社の営業部に務めており、比較的大人しい潔子とは対照的に真夏の海のような爽やかな男だった。なぜ自分達が付き合っているのか、理由を探る女子社員もいたが特別な理由はなかった。

 

 裕也は経理部にふらっと現れては、潔子のデスクを見て「いつも綺麗だね」と声をかけ、「ありがとうございます」と潔子が返して、それを繰り返していくうちに付き合うようになった。そして今や同棲までしていて、そろそろ結婚を意識しだす頃だった。


 朝食を取った後にふたり揃ってマンションを出る。一応、別々に出勤した風を装っていた。


 ある日のことだった。どうも体調が優れずに会社を早退して帰宅したところ、玄関先に女性もののパンプスがあった。潔子が履かないような七センチヒール。淡い桜色のエナメル素材のもので、左側のヒールの先が擦れ落ちて金属部分が見えている。


 ──誰?


 ふたり暮らしの1DKの部屋の、一番奥から人の声がした。空気伝導率が良さそうな甲高い女の声、そしてぎしぎしという音が潔子の心臓を締めつけた。一気に右手が汗ばんで、その音が響く部屋の扉を開けてしまった。

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