第8話「憧れの人」

 俺は正装して夜景の見えるレストランに来ていた。

 慣れない自分の格好に戸惑い、慣れない雰囲気に戸惑い、慣れない料理に戸惑っていた。

 かつて超背伸びした俺は見栄を張ってサラを連れてきたことがあったが、今回はそれ以来の二回目である。

 二回目であっても全然慣れてなかった。

「どうしました。テオさん」

「い、え。何でもないです」

 目の前の相手がドレスアップしたセシルさんがいるからだ。

 そう。俺は今セシルさんと一緒にいる。

 いつもの受付嬢姿じゃ無くてドレス姿。いつも美人だとは思っていたが本当に美しい。

「美味しいですね」

「そ、そうですね」

 セシルさんは優雅な動作で食事をしている。

 セシルさんの言葉に相槌を打ったが正直緊張して味がわからない。

 なんでこんなことになったのだろうか。

 そうだ。ヒルダの陰謀だ。

『テオさん。相談があるんです』

『相談。何の?』

『姉さんの事です』

『セシルさんがどうかしたのか?』

『最近疲れているようなので息抜きさせてあげたいんです』

『そうか。……それって俺が役に立つのか』

『役に立つんですよ。テオさん。姉さんと食事に行ってください』

『いいぞ。それが役に立つなら』

 こんなやりとりがあって今に至る。

 最初はどこかで飲みながら愚痴を聞いてください的な感じかと思っていたのだが、指定された日に急に正装されられたかと思ってあれよあれよと言う間にこんな感じだ。

「セシルさん。最近忙しいそうですね」

「ええ。魔獣も活発化する時期ですからね」

 たしかにギルド職員は魔獣の活性化に伴って忙しくなるのが普通だが。

「俺のせいでもありますよね?」

「えっ。なんのことですか」

 さらっと尋ねてみたがはぐらかされてしまった。

「知ってるんですよ。俺を受け入れてくれるパーティ探してくれているの」

 俺の言葉にセシルさんは答えない。少し沈黙が訪れる。

 B級。C級パーティにはたいてい魔術師が存在している。

 将来性のありそうなD級以下のパーティに俺が入れないかいろいろと調整してくれていると先日知った。

「知られちゃっていましたか」

 気まずそうにセシルさんは苦笑いをする。

「はい。ありがたいんですけど。どうしてそこまで」

「テオ君は私が受付嬢になってから初めて冒険者になった人だからよ」

 その言葉に俺は固まる。

「君呼びは失礼でしたね。テオさんは私が受付嬢になってから初めて冒険者になった人だからです」

 セシルさんが満面の笑みで改めてそう言いなおした。


          *


 食事を終えて、セシルさんを家に送っていった。

「今日は御馳走様でした。テオさん」

「いえ、このくらいじゃ恩を返しきれてないですし」

 今日はそこそこの出費だったが昔からのセシルさんへの恩に報いるには足りない。

「そこは出世払いでいいですよ」

「出世する見込みありますか」

 自分で言うと悲しいが落ち目の人材だ。

「見込みありですよ。A級になることをあきらめていないんですよね」

「……………」

 俺は無言になる。

 図星だ。こんな状況で何を考えているんだと怒られそうだが、俺はA級を目指す気持ちは変わっていない。

「やっぱりテオさんはA級を目指すんですね」

「はい」

 ばれていたとしても他の人には絶対に認めないが、セシルさんは別だ。俺は素直にそのことを認めた。

「さすがはテオさん私の憧れの人です。頑張ってほしいとも思いますけど、無理をしないで欲しいとも思っています」

「憧れの人!?」

 びっくりしてちょっと強めに聞いてしまった。

「こんな俺のどこに?」

「テオさんは魔術が使えなくても常に前向きに依頼に挑んで。初めて担当した人だけじゃなくて、そんな姿に憧れを抱くときもあります」

 冒険者やってて本当に良かったと思った。

「い、いや、逆ですよ」

 ちょっと感傷に浸ってから俺はセシルさんにそう言った。

「セシルさんが俺のあこがれの人ですよ」

「私が、……テオさんのですか?」

「はい。美人で仕事もできて、それでいてあんなに優しくしてくれて。ずっと憧れの存在でしたよ」

 俺の言葉を聞いてセシルさんが少し考え込む。

「じゃあ、テオさん」

 セシルさんがゆっくりと口を開いた。

「テオさんがA級に上がったら私の事を専属受付嬢にしてください」

 専属受付嬢とはA級のパーティにしかつけられない特別な制度だ。

 専属受付嬢をつけると通常の受付嬢の業務に加えてパーティに必要な事務処理関係から全てやってもらいB級以下には回らない非正規の依頼も回してもらえるようになる。

 受付嬢側にもメリットはある。給金が通常の倍になり、そのパーティのみの対応だけで済み勤務時間は圧倒的に減る。A級のパーティに専属受付嬢にして欲しいと思っている受付嬢は多い事だろう。

 あまりない事例だが専属になっているパーティが全滅しても普通に元の受付嬢に戻れる。デメリットは無い。

「セシルさん。いつになるかわかりませんが、その時は是非お願いします。俺のパーティの専属受付嬢になってください」

 俺はそうお願いした。

「本当ですか?」

「はい。もちろんです」

 来るか来ないかわからない未来だが、A級になれると言うそんな未来が来たら専属受付嬢になってもらいたいのはセシルさんだけだ。

「じゃあ予約しておきます」

 そうして唇に柔らかい感触がした。

「せ、セシルさん?」

 セシルさんにキスされた。少し経ってからそのことに気付いた。

 人生で二人目だ。

「そんな初めて見たいな反応して。慣れているんでしょう?」

 そりゃあサラとは数えきれないほどしたけど。

「慣れてないんです。キスする相手なんてサラ以外じゃ初めてで」

「テオさんは二人目だからいいじゃないですか。私は初めてですよ」

 驚いてセシルさんを見てみると顔を真っ赤にしていた。

「テオさんのパーティの専属受付嬢ですけど、こういうのはテオさんだけですからね」

 セシルさんが妖艶な笑みを浮かべる。

 危ない。

 普通に抱きしめそうになってしまった。

 理性を総動員して落ち着き、そのまま歩いている内にセシルさんの家まで辿り着いた。

「それじゃあ、おやすみなさい。テオさん」

「おやすみなさい。セシルさん」

 こうして、何事も無くセシルさんを家に送り届けて俺も宿に戻った。

 そしてベッドに入るなりさっきのキスを思い出して悶えていた。

 A級の冒険者になる。ずっと目標にしていたことだ。

 それは前から思っている事であるが、今日初めて口にした。

 いつかA級になってみせる。改めて俺はそう誓うのだった。

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