勇者10歳~戦闘力ゼロの幼女勇者、最強魔王を倒さんとす

雪見桜

プロローグ

第999勇者パーティ、出撃するぞ

「突撃ぃぃぃぃぃ!」

「うおおおおおおお!」

「かましたれー!」


 きらびやかな装備を身にまとった者たちと使い込まれた装備を身にまとった粗野な者たちが怒濤の勢いで突き進んでいく。それに対するのは大きさや肌の色はもちろん、手や足の数さえ異なる異形の者たち。


 鉄と鉄、肉と肉がぶつかり合い、汗と血、そして肉片が飛び散る。その間を縫うように無数の矢と魔法が飛ぶ。力と力、意思と意思がぶつかり合い、命を磨り潰していく。


 王国領、カールトン近郊。

 世界に二つある大陸の西側を版図とする王国は、東の大陸を支配する帝国と『世界の屋根』といわれるギガディウス山脈によって隔てられている。長らくこの天然の要塞が王国をこの侵略者達から守っていたが、近年になって度々帝国軍が侵入してくるようになった。

 それらの規模は決して大きくはなかったためにこれまでは王国軍の辺境軍によってなんとか防がれていた。


 転機が訪れたのは四年前のことである。

 帝国軍はなんと山肌を切り拓き、山中に要塞ともいえる巨大な砦を建設したのである。


 その峠から名を取ってヴレダ要塞と呼ばれたそこは、帝国軍の前線基地となった。

 以来、帝国軍の攻勢は激しくなり、四ヶ月前の大攻勢によってついに王国辺境軍は壊滅した。


 誰もが王国の終焉を覚悟した。人々が魔族と呼び恐れる異形の者たちによる苛烈な支配を、親しいものが犯され、殺され、あるいはそれよりも悲惨な未来に恐怖した。


 しかし、神は王国を見捨てなかった。


 王国全土で広く信仰されている太陽教には秘された伝えがあった。

 すなわち、世界の危機を救う伝説の勇者の存在を。


 太陽教を広める教会はこの危機に速やかに王国にこの秘技を伝授した。

 秘技の伝授が行われた王国は即座に勇者召喚の儀式を行った。

 召還して、召還して、召還しまくった。

 その数、九百九十九。


「聖十字烈斬剣!」

「ダークムーン・ストラッシュ!」

「滅せよ!」


 異世界より召喚された数多の勇者達は各々の必殺技を躊躇なくときはなつ。そのおそるべき威力に帝国軍の多くを構成するゴブリンやコボルトがまるで積み木細工のように吹き飛んでいく。


 しかし帝国軍もただやられているだけではない。

「キャキャキャキャキャ!」

「ギャァァァァァァ!」


 帝国軍は蹴散らされる味方の姿などもろともせず、数にまかせて勇者とその仲間たちに襲いかかっていく。粗末な棍棒が、錆びたナイフが勇者や仲間たちに襲いかかる。多くはかすり傷だったが、何せ数が多い。運悪く急所に当たったものから倒れ、そうでない者もいつ終わるともしれぬ敵軍を前に、少しずつ恐怖を覚え始めていた。




 そんな最前線から数里離れた最後方、戦場の熱気とはほど遠い場所に彼らはいた。


「ミャーリー、どうだ?」

 まるでバカンスに来ているかのように安楽椅子に腰掛けている女の子――そう、女の子だ――が彼女に木陰を提供している木に向かって話しかけた。


「今のところ五分五分といったところにゃ」


 木の上から答えたのはメイド服の少女である。ミャーリーと呼ばれた少女は手をかざして遠方を見ている。頭の上の猫耳と短いスカートから伸びる猫尻尾が特徴的だ。猫尻尾はうねうねと動き、それが短いメイド服のスカートをひらりひらりと動かして樹の下から見れば純白の下着が丸見えだ。


「敵の数は二万といったところかにゃ? 敵の奥の方に陣が見えるにゃ。赤地に金色の狼が描かれてるのが見えるにゃ」

 さまざまな異形の人種が入り乱れる敵軍二万に対し、こちらの軍勢は九百九十八人の勇者とそれぞれの勇者に三人ずつの仲間、合計約四千人。一対五の圧倒的な戦力差だ。


「赤地に金の狼は皇子アガリアレプト……なの」

 女の子の傍らに控えるローブの少女が控えめに補足説明を行った。その顔はローブのフードに隠れてよく見えないが、その隙間から何か尖ったものが見え隠れしている。


「サンキュ、デルフィ。出し惜しみなしの圧倒的な数量差に加え、敵将自らが前線に出て士気を支える、か。全く付け入る隙がないな」

 安楽椅子の女の子がその見た目にそぐわないことをつぶやいた。


 しかし、ミャーリーは言った。五分五分であると。

 それはとりもなおさず異世界から召還された勇者達の圧倒的な戦闘力によるものである。今も勇者の一人が剣を振ると数十体の敵がはじけ飛んでいく。


「メリア、地図を」

「ここに」

 ドレス姿の少女が安楽椅子の傍らにある机に地図を広げた。この辺りの地図だ。


 女の子は安楽椅子から立ち上がり、机の上の地図をのぞき込む。

「うーむ」

 何やら考え込んでいる様子の女の子に、メリアと呼ばれたドレスの少女が興奮した様子で、

「勇者さま、戦いましょう!」


 そのままメリアはまくし立てるように続ける。

「何を躊躇なさっているのですか。今こうしている間にも異世界より召喚された勇者さま方が王国のために戦っているのです。彼らの働きに報いるためにもいざ、最前線へ。正義を成しましょう!」


 その声が聞こえているのかいないのか、勇者と呼ばれた女の子は地図の前で腕を組み、うんうんとうなりながら頭を左右に揺らしている。


 そしておもむろに頭を上げ、傍らの仲間――メリアとローブの少女デルフィ――そして木の上の猫耳少女、ミャーリーを見た。


「よし」

「いよいよ帝国軍との全面対決ですね。胸が高鳴ります」

「がんばる……の」

「みゃみゃ……!」


「第999勇者パーティ、出撃するぞ。向かう先は」


 勇者は机の上に置いてある地図上の一点を指さした。とん、という音が地図を軽く揺らす。


「ここだ。敵の目標はここ、カールトン郊外だ」

「えっと、それはつまり……?」


「退却だ。街まで退却するぞ」

「え……えぇぇ――――っ!?」

「…………なの?」

「みゃみゃみゃ――っ!?」


 勇者は子供らしいトコトコとした足取りで戦場の怒声を背にして後方にあるカールトンの街に向けて歩き出した。後退という想定外の勇者の行動に最初は呆気にとられていた仲間たちもさすがに勇者を放っておくことはできずに後を追いかける。


「ま、待ってください勇者さま! 前戦は? 戦闘は……? 正義はどうなるのです!」

「かえる……の……?」

「ふぁ……あ。ミャー、ねむくなってきたにゃ……」

 公式な記録に残る第999勇者パーティーの初陣は退却から始まった。

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