白雪戦記

歩瀧瑛

第1話

聖暦一五五五年。


ユーアスラ大陸の西側に位置する神聖帝国。


その領内に広がるとある森のとある洞窟には神話時代の生き残りとされる小人達が住んでいると人々は噂していた。


その小人の数は七人。


文字通りその背は低く、奇妙な出で立ちをし、皆髭を蓄えている…が、しかしただ一人だけ髭が生えていない小人がおり、その小人は七人の中でも特に変わった男だったという。



そこは沈黙と漆黒が支配している空間だった。


ぽたりぽたりと雫が垂れる音に時折虫が蠢く音、それ以外は何もない空間である。


しかし暫くすると、その暗闇の奥の方から微かに光る灯りが揺ら揺らと動きながら近づいてきた。


「…おいおめぇら、ここを抜けたら次の階層だ、そろそろゴブリン供が湧いて出てくる頃合いだろう」


その空間、それは地下深い洞窟の底であった。


洞窟の闇にランプを灯しながらゴツゴツと足音を立て歩く集団、その中の一人の男が言った。


「ゴブリンの連中、今頃ビビって震えてやがるだろうな、アイツ等もうここまで来ちまったってな」


また違う男が言った。


「へへへ、なんだか良い予感がするぜ。すげえ事が起こりそうな予感がよ」


その集団こそ神話時代の生き残りの小人、ドヴェルグ族の男たちである。


この小人たちは身長こそ小柄ではあったがその割に肩幅は広く、腕は太く、筋骨隆々。

そして各々手に武器を持っていた。


大柄な人間でも持て余しそうな程の長剣、短剣、槍、大鎌、鉄槌、クロスボウ、鎖付き斧…と一人一人多種多様である。


暗闇が続く足元をランプの火で照らしながら小人たちはただただ歩いていた。


するとその暗闇の向こう側から微かに動物の鳴き声の様な、或いは呻き声の様な音が段々と響きだした。


「来やがったぜ、お前ら気合い入れろォ!」


微かだったその呻き声は徐々に小人たちに近付き、そしてその声の主はランプの光に照らされ姿を現した。


それは小人たちと背丈そこ同じ程度であったがその容姿は明らかに異なっていた。


紫色の肌に尖った鷲鼻、目は血走り口には鋭い牙を隠しているこの者たちこそドヴェルグ族の天敵、ゴブリン族である。


そのときゴブリンの数は二十数人、これも皆手に武器を取り、そして奇声をあげ小人たちに襲いかかってきた。


ドヴェルグ族とゴブリン族、ここに両種族の戦闘が起こった。


数で勝るゴブリン族はまとわり付く様に攻めてかかったが、ドヴェルグ達の腕力は凄まじく、虫でも振り払うかの如くゴブリンを蹴散らしていった。


ある者は槍で突き、鎌で裂き、矢を放ち、ゴブリンの屍を重ねた。


「ゴワッッハッ‼︎」


戦闘の最中、あるドヴェルグの一人が耳をつん裂く程のくしゃみをした。


その衝撃波は数人のゴブリンを吹き飛ばし、岩壁に叩きつけ、その肉と血を飛び散らせた。


そしてとうとう生き残ったゴブリンは一人となった。


「ギィィ…やめてくれ、ここはもう通っていいから俺だけは殺さないでくれよ…」


ゴブリンがそう命乞いをしたその瞬間、ドヴェルグが握る長剣がその首を跳ねた。


「勝鬨だァ!」


一人のドヴェルグがそう叫ぶと他の者は皆武器を掲げ、口々に閧をあげた。


「ハイホー!」

「ハイホー‼︎」


薄暗い洞窟にドヴェルグ達の勝利の雄叫びが鳴り響く。


しかし、一人だけ口をつぐみ、そして少し悲しげな表情を浮かべる者がいた。


その小人は皆の中で唯一髭を生やしていない若年のドヴェルグであった。




森。


人里から離れ、陽の光も微かに届くか届かないかという程に木々が高く生い茂っていた。


今にも獣が飛び出しそうな雰囲気の木と木の間に一つの地面の出っ張りがあり、そしてそれは洞窟の入り口となっていた。


「いや〜、こう深く潜ると戻ってくるのにも一苦労じゃわい」


その洞窟の入り口から一人のドヴェルグが顔を出した。


そしてまた一人、二人と、のそのそとドヴェルグ達が現れた。


「四、五、六…最後はまたドルヴィーか。先に行ってるぞ、ドルヴィー!」


「待ってよ兄者、すぐ行くからさ…」


最後に洞窟から出て来たのは髭のない若いドヴェルグ、ドルヴィーであった。


「ドルヴィー、ちゃんと戸締りはするんだぞ」


そう言われるやドルヴィーは側にあった巨大な岩を持ち上げ、その岩で洞窟の入り口の蓋にした。


そしてすっぽりと入り口にはまった岩にドルヴィは飛び乗り、やや小ぶりな剣をその岩に突き刺した。


「これでゴブリンが上にが上って来ても地上に出て来る事はないや!」


ドルヴィーはそう言うと、列を成してその場を後にするドヴェルグ達のあとを追いかけた。


「ゴブリン供め、ワシらの攻略が大詰めまで来ているのを案じてか死に物狂いじゃわい」


ドヴェルグ達は森の中、一列になり帰路を歩いていた。


「なに、連中がいくら気張った所で変わりゃせん、奴ら作戦というものを知らんからの。それにあの狭い坑道では物量で押す事も出来まい。もうすぐじゃ、この戦いももうすぐ終いじゃ」


「それにしてもドルヴィー、おめぇ今日もゴブリン一匹殺してねぇだろ」


「だって兄者、アイツらを斬るとすげえ痛そうな顔するんだ、すげえ痛そうな声をだすんだ…オラ可哀想で殺すなんて出来ねえよ」


「馬鹿もん、ゴブリンに情けをかけてどうする!」


「だって…」


「アイツらは俺達の事なんて何にも気にしちゃいねえ、俺達の事を喜んで殺しにくる。やらなきゃやられるんだぞ」


「…」


「たとえ嫌でも俺達の使命の為の戦いだ、やるしかねえんだよ」


「使命…って何だけっけ?」


一同は深い溜め息をついた。


「おめえは何回言えば分かるんだ。説明してやる、もう二度と忘れるんじゃねえぞ」


「うん、わかったよ兄者」




…ドヴェルグ族は元々地下深くに住む種族だった。


地下で採れる金や銀、宝石等貴金属を地上の人間達に高い値で売り、それ以外は滅多に地上には出ず、何百年何千年と世代を重ねて生まれ、死んできた。


しかし三十年前のある日の事である。


一人のドヴェルグが種族全体の富を独占しようと黒魔術を使い、多くの者をその呪いで石にし、邪悪なゴブリン族を呼び込み、そして自身を『地底王』と名乗った。


何とか生き残った六人のドヴェルグはまだ赤子だったドルヴィーを抱えて命からがら地下を脱出した。


そして故郷を取り戻す為にこの三十年戦いは続いている。


これは種族の命運がかかった戦いである…




「そうだった、ごめんよ兄者。もう忘れない」


「ドルヴィー、お前は今年で三十、人間の歳ならもう大人だが寿命三百年余りあるドヴェルグ族の三十はまだまだ子供だ。しかし子供と言えど種族の存亡の為のこの戦いは避けては通れない。殺せ、種族の使命の為にゴブリン共を殺すんだ」


「それは…」


ドルヴィーは口籠もり沈黙したが、ふと何かを見つけたのか道の脇に駆けていった。


「あれ?こんなところに花なんてあったっけ?見たことない花だなぁ…ねえ兄者、見てよ、すげえ綺麗だぞ」


一同はまた深い溜め息をついた。



広大な森の中心部、ゴブリンの巣となった洞窟から二キロほど離れたその場所にポツンと一軒の小屋が建っている。


そこがドヴェルグ達の根城だった。


近くには小さな泉もあり十分生活できる環境ではあるが、森全体が迷路の様になっており、その不気味な雰囲気もあって、決して人が迷い込む様な場所ではなかった。


「やれやれ、今日の晩飯は何にする。干し肉か」


「何言ってんだ、毎日干し肉じゃねえか」


と、そこへ七人のドヴェルグ達が帰って来た。


「おいちょっと待て、灯りがついてるぞ…。俺達の家に微かだが灯りがついている!」


「なんだと、誰が入っていやがる!」


無人のはずの小屋に今にも消えそうではあるが微かな灯りが灯っていたのである。


「普通の人間がここまで辿り着く事などあるまいし、ゴブリンだって一匹たりともあの洞窟から逃がしてはおらん」


「となると悪魔か、魔法使いか…」


「きっと人間供が俺達を始末する為に魔法使いを送り込んだんだ、そうに違いねえ」


「いずれにせよ気を抜くなよ。扉を開けた瞬間、一網打尽に血祭りにしてくれるわ」


七人のドヴェルグ達は皆武器を強く握りしめ、恐る恐る小屋まで近づいた。


そしてその扉を開けると同時に雄叫びをあげて一斉になだれ込んだ。


「ごめんなさい!」


その次の瞬間、妙にか細い声がきこえた。


「勝手に入ってごめんなさい。でもお願いだから私のこと食べないで、夜が明けるまでここに居させて…」


その声の主、それは歳の頃は十五、六ほどの人間の少女であった。

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