第35話:炎の中の過去
「
ずっと仏頂面だったミラが、初めて笑顔を浮かべた。
そのギャップに少し驚きつつ、ヴァネッサは言葉を返す。
「え、これ知ってるんですの?」
「ずっと探していました……わたしと、あの人で。あぁ、もう五十年も前でしょうか」
「んんん??? 五十年???」
炎の巫女は静かに語る。
この古代遺跡を発掘した青年と恋に落ち、いずれ目覚める古炎龍を抑えるため、支配の笛を探しに旅に出たこと。
それが叶わず恋人とも離れ離れになり、途方に暮れていた時。
たまたま食事中のアウローラを見つけ、なんとか懇願して虹龍の眷属にしてもらったこと。
やがて古炎龍が目覚め、女王アステリアと共に封印を作り上げたこと。
「あの人は死んでしまったでしょうか……私だけ生き永らえて本当に、本当に申し訳なく……」
ぽろぽろと涙をこぼし、蝶の入れ墨の入った手で口元を抑える。
あっけにとられたまま聞いていたヴァネッサの横で、エルクがなにかに感づいた。
彼は指を弾くと、彼女の袖を引いて耳打ちする。
(ヴァネッサ、あの入れ墨!)
(んぇ、おしゃれですわよねぇ。ちょっと入れてみようかしら?)
(僕が嫌なんでダメです……じゃなくて! あの蝶の入れ墨、ソルスキア家の秘宝の事を知ってた、船乗りのおじいさんと同じものですよ!)
(ふぁっ)
そこまで言われて、ヴァネッサもやっと思い出す。
確か、クイーン・アステリア号の船員さんで、食堂で声を掛けてきた……とまで記憶が蘇り、彼女は大声を出した。
「巫女さん!! もしかして、その方って……」
「ジェフを、知っているのですか?」
きょとんとした顔のミラに、身振り手振りで説明して。
話し終える頃には、彼女は子供のように鼻をすすりながら、笑顔を浮かべていた。
「ふふっ、生きていたのですね。良かった……」
「船乗りの
ぐっと拳を握って、きりっとした顔のヴァネッサに向かって、巫女は首を振る。
「とても嬉しいのですが、私は既にこの封印に骨を埋めた身。中々そういう事は……虹龍様でも古炎龍の説得は難しいでしょうし……」
「なら、わたくしがオイドマ・フォティアを
アウローラさんでも難しい、ってなると相当大変だと思うんだけどなぁ。
とまではエルクも口に出さず。船員のお爺さん、ジェフには一応恩義があったなと肩をすくめた。
「またまた安請け合いして。まぁ、でも今回は恩返しみたいなもんですしねぇ」
あのお爺さんが教えてくれなかったら、ヴァネッサがデュランダルに食われていたかもしれないし。
なんてことを思いながら、やれやれと協力を申し出た。
「とりあえずヴァネッサ。その使い魔くんにマルカブ殿下のとこ行かせて下さい」
「そうですわね! ジェフさんを探してもらわないとですわ!」
割と天然な彼女に、とりあえずの指示を出して。
彼女が手紙を書いている間に、ミラに向かって首を傾げた。
「とはいえ、ヴァネッサはともかく、僕に何が出来るんでしょう?」
「オイドマ・フォティアの封印結界の半分は強力な氷の檻です。貴方にはその才能があると感じましたので。アステリアちゃんにはちょっと劣りますが」
「お、恐れ多い……ですけど、そこまで褒めてもらえるなんて」
偉大なる女王と比較されて、嫌な気分はしないなぁ。とてれてれ頬を染めていると、アラミスのしっぽに手紙を結んで向かわせたヴァネッサが、不意に彼を小突いた。
「エルク、年上にモテますわねぇ……」
「いやいや、どう見てもこれはそういうんじゃないでしょ!?」
ジト目で見つめてくる恋人に、彼は思い切り手を振って。
まぁ今回はどういうことにしてやるかと息を吐いたヴァネッサは、もう一度拳を握った。
「んまぁそうですけど。ちゃっちゃと片付けますのよ! 借金返済と! ミラさんのために!」
ふんと鼻息荒く立ち上がり、支配の笛を握る。
そして肩で風を切るように、アウローラの向かった遺跡の奥に向かおうとして。
「ヴァネッサ! なにか飛んで」
「あぶないよ!」「アウローラ!」
エルクと二匹の龍が慌てて止めようとしたが。
「ぐぇっ」
「いたた……あら、ヴァネッサ。受け止めてくれてありがとうございます」
ぼろぼろになって吹っ飛んできたアウローラに押しつぶされた。
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