第21話:暇
翌日。
一日外に出るなと釘を差されたヴァネッサと、特にやることもないアウローラがにらみ合う。
二人共真剣そのものの表情で、テーブルにカードを積み上げていた。
「……次、アウローラさんの番ですわ……!」
「なかなか、緊張しますね……!」
交代交代でカードを立ててタワーを作り、崩れたほうが負け。
そんな子どもの遊びを真剣にやっていて。
「あっ、いや、まだです!」
「魔法は反則ですのー!」
崩しそうになったアウローラが、カードを浮かせてなかったことにしようと。
ヴァネッサはそんな彼女を咎めてカードを集め、とんとんと整えた。
そして飽きたとばかりに椅子にもたれかかってボヤく。
「しっかし暇ですわ~」
「そうですか? 結構楽しいのですが」
対して無邪気に笑うアウローラが、ふとテーブルに置かれたヴァネッサの似顔絵を手に取った。
「本当に綺麗な絵ですね。黙っている時のヴァネッサさんにそっくりですよ」
彼女は興味深そうに見つめる。
丁寧に描かれた、穏やかに微笑む美女の絵。それをヴァネッサと何度も見比べた。
「喋ると印象が全然違うとか、割と言われますけど……結構ショック受けてますのよ?」
そんな言葉の切れ味に悲しみつつ、改めてヘクトルの描いた絵をまじまじと見て。
「ほんとあいつってば絵クッソ上手いんですのよねぇ。鬼(オーガ)みたいな筋肉してるくせに」
ふと昔のことを思い出す。
王家と公爵家。小さい頃から交流があったし、物心ついた頃には婚約が決まっていた。
身体が弱くて家の中で絵を描くのが好きだったヘクトルを、よく庭に連れ出して遊んだなぁ。と目を細める。
そんな思考を読み取ったアウローラが首を傾げた。
「あら、人間ってつがいは一人だけなのでは。貴女のつがいはエルクさんですよね」
「ふぁっ!? あいつに恋したことなんかないですわよ!? 弟みたいなこう……」
「家族の愛情とは少し違って聞こえてますよ」
「むきぃぃぃぃぃぃ!! 油断してましたわ!! 人の頭の中読めますのよね!?」
龍の体の彼女と会話をした時に、直接頭の中でやり取りをしていた。
そう思い出したヴァネッサが顔を真赤にして拳を振り上げると、アウローラはくすくすと笑った。
「だってダダ漏れですし」
「……まぁいいでしょう。過去のことですわ」
幼馴染で元婚約者のヘクトルに、好意が湧かないといえば嘘になるし。
今はエルクがいるけれど、自分の心に決着をつけるのは大事だろうと、改めて感情を整理して。
直球をぶつけて来る人外の彼女に、少しだけ感謝を覚えた。
「別にお礼を言われるようなことは」
「だから頭の中を読むなって話ですのよぉぉぉぉぉ!!」
「どうしても人間のことが気になってしまって……でもなるべく止めておきますね」
「お願いしますわ!!」
なるべく、というところに若干引っかかりつつ。
ヴァネッサはとりあえず怒るのを止めて。
「しっかしあいつが追ってきたとなると……ちょっとやりづらいですわねぇ……」
「なにかやる気なんですか?」
折角見つけた魔獣操者(モンスターテイマー)の仕事がしにくくなったと考え込む。
ただ、昨日の晩のやり取りを思い出して手を叩いた。
「あっ、そうですわ。折角エルクが貴女をヴァネッサだと言い張ってくれたので、手伝ってもらえたらなって」
「面白いなら……」
楽しい事ならやってもいいというアウローラ。
仕事が楽しいかは人それぞれだし、と頭を回すヴァネッサは、ほんの少し悪いなと思いつつ。
「面白いかは置いときますけど、仕事なのでお金を貰えますわよ。食べ物が買えますわ」
「やらせていただきましょう」
予防線を張りつつ食べ物で釣ると、貪食の巨龍は真顔で即答した。
――
「ただいま帰りました。なんとかごまかしてきましたけど……」
げっそりした顔のエルクが帰ってきて、大きな袋をドサッと置いた。
ヘクトルに村を案内して、彼の滞在する最上級の別荘に帰宅させて。
お礼にと買ってもらった服や果物をなんとか運んできた彼は、疲れ切って床に転がった。
「あら、エルクおかえりなさい。ヘクトルは大丈夫でしたの?」
「エルクさん、これ冷蔵庫に入れておきますね~」
そんな彼を迎えた二人の美女。
ある意味天国だなと彼が実感していたところで、ヴァネッサが手を差し伸べる。
その手を取って立ち上がりつつ、言葉を返した。
「はい。風景画を一枚描き上げたら村を出るって言ってましたよ。……アウローラさんはつまみ食いしないでください」
ヘクトルについて、ちょっと気になることがあったのだけど。とはエルクは言わなかった。
余計な心配を掛けてもなぁと考える彼に、ヴァネッサはにやにやと笑いを返す。
「ぐふふ。上出来ですわエルク……! あいつが絵を描く時は当分出てこないはずですの」
万が一ヴァネッサという名前が彼に届いても、もうアウローラの事をヴァネッサだと思いこんでいる彼は出てこないだろう。
それを喜んで、彼女は明日からでも事業に取り掛かろうと拳を握った。
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