第16話:おねえちゃんはたくさん食べるから
まるで吸い込まれるように。
一週間分の食材が消えていった。
「美味しい! 美味しいですよ、エルクさん!」
「……満足してもらえてたらいいんだけど。もう何もないよ。ってか作れない」
鍋の振り過ぎでパンパンになった腕を氷で冷やしながら、エルクは力なく笑う。
そこに、一足先に食べ終え、外で一服していたヴァネッサが戻ってきた。
「すっげぇ。まだ食べてたんですの?」
「人間の姿ですから、だいぶ食べる量は少なくて済むのですけれど。もう無いのですね」
少し悲しそうな顔をして、アウローラは席を立つ。
そしてエルクに向かって歩み寄って。
「エルクさん、ありがとうございます」
ツノマリちゃんもそうしていたように。ぐりぐりと何度も頬ずりをした。
「……人間の姿をしているってだけで、複雑な気分になりますわねぇ」
なーんかイライラする。
そうヴァネッサが自分に言い聞かせていたところで。
アウローラは彼女にも歩み寄って、ぐりぐりと頬を寄せた。
「ではヴァネッサさん。三日後でいいのですね?」
「えぇ、試験がそこで、それまでは練習なので。なにとぞ……なにとぞですの……!」
手を合わせて、思い切り頭を下げてへりくだるヴァネッサに。
彼女は穏やかな顔をして、膨らんだお腹を撫でながら優しく語る。
「この海に居て、
そして二人に向かって一礼すると、夜の海に帰っていった。
「……思いっきりエルクの料理に釣られてましたわよね?」
「そういう事は思ってても言っちゃダメですよ。ヴァネッサ」
しみじみとした余韻をすべてぶち壊した彼女を咎めて、彼はしんみりと続けた。
「なんにせよ、あの人の言うことも一理あると思います。
まさか、アウローラに惚れたんじゃないでしょうねぇ。と一瞬ひやっとして。
ヴァネッサは顎に手を当て考える。
「なるほど……とは言っても、使い方なんて命令するくらいしか知りませんのよ?」
「じゃあ、作ればいいじゃないですか。どっちみち封印が解けたらあんなことになるんですし。悪用されないためにも、なにか考えないといけないですよ」
確かに、安易にクラーケンを呼び寄せるほど危険な魔道具。
魔獣や龍と心を通わせられるものであれば、きっともっと、有意義に扱えるんじゃないか。
二人はそう考えながら眠りについた。
――翌日
「ああ、ヴァネッサちゃん。昨日の方は大丈夫だったのかい?」
「えぇ。大丈夫でしたの。それじゃあ、早速練習に行きますわ!」
彼女は浜辺にいる
「えぇと、昼間に行動するのは子ザメですわね。生き物から出る魔力しか食べられないので、魔力を流せば簡単に釣れる。ですわね?」
「ちゃんと覚えてて偉いよ、偉い。それじゃあやってみようか。君は魔法に煙管を使うんだったね」
講義の内容をしっかりと声に出したヴァネッサを、所長は手を叩いて褒める。
彼女は笑顔で言葉を返し、支配の笛と眼下でぴちゃぴちゃとすり寄ってくる、後ろ半分が幽霊体の子ザメ達に意識を集中して。
「ごはん!」
「ごはん……」
「おなかすいた」
「ごはん!!」
笛を通じて、ついて来いと命令しようとした瞬間。
勢いよく聞こえてくる彼らの声に、思わず叫んだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉい!!」
「ど、どうしたんだい?」
「この子たちが
「分かるのかい?」
悲鳴を上げた彼女が、その理由を説明すると。
所長は目を大きく見開いて、操者達の常識では考えられないような事を口に出した彼女に聞く。
「え、だって今話しかけて来ましたわ。えぇと、こっちの子がちょっと遠慮がちで、こっちの子が元気いっぱいで」
経験を積めばある程度、魔獣達の考えていることは分かるようになる。
しかし、まだ初心者の彼女はまるで……。
「ちょ、ちょっとがっつき過ぎですの! わたくしから魔力なんてほとんど出てな……きゃっ!」
考え込む所長は、盛大に尻餅をつくヴァネッサの姿を見て息を呑んだ。
「天才かも知れないな君は。とにかく自己流でかまわないから、続けてくれないかな?」
「は、はい。勿論ですわ」
支配の笛を通じて流れ込んでくる魔獣達の感情や思念を、言葉として理解できる。
それが彼女の、まだ本人すら気づいていない真の才能だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます