第88話 夜間飛行と再会



 ☆



 その知らせは、王都のお父さまから領都ココメルにいる私に向けて魔導通信で届けられた。


「王城ヨリ出頭要請。至急王都ニ戻ラレタシ 父」


 ココメルから王都まで、最短ルートを通って馬車で五日。


 『至急』ということは、あらゆる手段を使って最速で王都に来て欲しい、ということだろう。




「……という訳で、しばらく王都に行って来るわ。留守をお願いね」


 私は執務室に呼んだアンナとソフィアにそう伝えた。


「承知致しました」


 即答するソフィア。


 一方のアンナは––––


「お嬢さまっ。私も同行させてもらえませんか!」


「ごめんね、アンナ。今回は急ぎみたいだから、飛んで行くわ」


 私の言葉にアンナは、「むう……」としょぼんとした顔をする。


 『飛んで行く』というのは文字通りの意味で、飛行靴(フライング・ブーツ)を使って空を飛んで行くことを意味している。


 人目につきにくいよう夕暮れ時に出発し、高高度を高速で移動する。


 ただ、高い高度を飛ぼうとすると、空気も薄いし気温も低い。

 さすがに生身だと無理がある。


 そのため私はココとメルに、自分の周囲に空気の層をつくる魔法と、温度を維持する魔法の基板を仕込んでいた。


 なので私一人であれば問題なく飛べる。


 けれど、アンナを伴って飛ぶのはさすがに厳しかった。


「それでは、私は馬で追いかけますね……」


 私はしょぼんと肩を落とすアンナの前まで歩いて行き、その手をとる。


「わかった。一足先に王都で待ってるわ。……今度、一緒に飛べるように解決策を考えておくから」


「本当ですか?」


「ええ、本当よ。私が約束をやぶったことってあったかしら?」


「––––ないです」


「じゃあ、ほら。そんな顔をしないで」


「お嬢さまあっ」


 ガバッと私を抱きしめるアンナ。


 私はアンナの背中を、ぽん、ぽんと叩いたのだった。




 ☆




 その日の夕方。


 工房へと続く屋敷の裏庭に、私たちはいた。


「それじゃあ、行ってくるね」


 振り返った私に、ソフィアが一礼する。


「こちらのことはお任せ下さい」


「私もすぐに参りますから!」


 心配性のアンナの声に、私は笑顔で頷いた。


 そして––––


「『気層生成(ディア・フラーマ)』!」


 私が叫んだ瞬間、隣に浮いていたココの両手が光り、ブン、と薄く輝く空気の層が私の周囲に現れる。


「『恒温維持(キプト・テンプリース)』!」


 今度はメルの両手が光り、肌寒かった空気が一瞬で温まる。


 私はアンナとソフィアに向き直った。


「じゃ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい、お嬢さま!!」


「お気をつけて」


 二人の声に頷くと、私は夕焼けの空に飛び立った。




 一気に空高くまで舞い上がった私は、夕日を背にしばし進む。


 そうして人目につかないようココメルの街から離れたところで一度静止し、ポケットから方位磁針を取り出した。


「王都は……あっちね」


 王都のある東を向き、飛行靴に魔力をこめる。


 ぐん、と加速する。


(速度計がないから、どのくらいの速さで移動してるか分からないわ。……ナビがあれば便利なのにな)


 エインズワース領の領内では、試しに何度かこのくらいの高度を飛んでみたことがある。


 けれど、領外への長距離フライトは私も初めての経験で、しかも半分は夜間飛行だ。


(今回みたいなことがあるなら、簡単な航法装置が必要かも)


 そんなことを思いながら、夕焼けの空を駆けたのだった。




 ☆




 ––––迷子になったらどうしよう。


 そんな不安を胸にトライした、夕暮れ〜夜間の長距離フライト。


 出発して三時間あまり。


 進行方向に静かに光る王都の灯火を見つけたとき、私はほっとして息を吐いたのだった。




 王都の城壁を飛びこえ、一直線にオウルアイズの王都屋敷へ。


 幸いこの前長期滞在したおかげで、王都の地理は大体頭に入っている。


 それに魔導灯でライトアップされた王城が町のどこにいても見えるので、私は迷うことなく屋敷の正面に降り立つことができた。




 玄関のベルを鳴らしてまもなく。


 扉を開けた執事のブランドンは、私の姿を見た瞬間、文字通り目を丸くして叫んだ。


「おっ、お嬢様っ?!」


 お父さまが子供の頃からエインズワースに仕えてくれているブランドン。


 いつも動じず、静かに、速やかに仕事を進める彼がこんなに驚くのを、私は初めて見たかもしれない。


「ただいま、ブランドン」


 にっこり笑う私に、彼は「っ!」と息を吸うと、胸を押さえて吸った息を吐き、「失礼しました」と一礼した。


「中へどうぞ。おかえりなさいませ、お嬢さま。……しかし、お嬢さまは伯爵領にいらっしゃるものとばかり思っていたのですが」


「そうね。十七時までは向こうにいたわ。––––お父さまが『至急』って魔信を送ってこられたから、これで飛んできたの」


 そう言って、飛行靴を指差す。


 伯爵領から王都まで約二百キロ。

 大体、時速六十キロほどのスピードで夜空を駆けた計算になる。


 靴を見て、「はーーっ」と感嘆の声をあげる白髪の執事。


「いやはや。お嬢さまが創り出される魔導具は、毎回私たちの常識を飛び越えてゆかれますなあ」


 目の前の状況がまだ信じられない、というように首を振った彼は、すぐに気を取り直して私に向き直った。


「さて、これからどうされますか、お嬢さま。旦那様はまだ戻られておりませんが、一度お部屋でお休みになられるか、夕食がまだのようであれば、すぐに食べるものをご用意致しますが」


「お父さまは残業?」


「いえ、外国の使節団の歓迎パーティーでございます」


「パーティー? それじゃ、かなり遅くなりそうね」


 現在、二十時半。

 お父さまの帰りは零時近くになるだろう。


「今日は先に休むわ。湯浴みの準備と、軽食を部屋に持ってきてもらえるかしら」


「かしこまりました」


 こうしてお風呂に入りお腹を満たした私は、長距離飛行の疲れから睡魔に襲われ、布団に入るとあっという間に眠りに落ちたのだった。




 ☆




 翌朝。


 朝食のため食堂に出向くと、先に席について待っていたお父さまが「レティ!」と叫び、すごい勢いで駆け寄ってきた。


 そして茫然とその様子を見ていた私を、そのままの勢いでがばっと抱きしめたのだった。


「お、お父さま?!」


「まったく、伯爵領から空を飛んでくるなんて。本当に無茶をする。……どこか具合の悪いところはないか?」


「ええ。よく寝られましたし、すこぶる元気ですよ」


「そうか……。だが、昨日の今日だ。今日は一日……いや、数日間はゆっくりした方が良いだろう」


 相変わらず過保護なことを言いだすお父さま。


 私はお父さまを手で押すと、笑って言った。


「なにを言ってるんですか。お父さまが『至急』と魔信を送って来られるから、大急ぎで、それこそ飛んで参りましたのに」


「う、うむ……」


 なにか気が進まないような顔をするお父さま。


「陛下がお呼びなんでしょう?」


「まあ、そうなんだがな……」


 さらに渋い顔をしたお父さまは、目をそらすと「こんなことなら、『至急』などと入れなければ良かった」などと、ぶつぶつ呟く。


「ひょっとして、早く来すぎました?」


「いや、そんなことはない。そんなことはないんだが……」


「私も時間は大切にしたいですから。陛下に参上できる旨、お伝え頂いてよろしいですか?」


「う、うむ……」


 渋々了承するお父さま。


 こうして私とお父さまは、翌日には王城に参上することになったのだった。




 ☆




 翌日の午後。

 王城、謁見の間にて。


「急に呼び出してすまないな、エインズワース卿」


 玉座に座る陛下の言葉に、一礼する。


「大丈夫です。父から『至急』と聞きましたので、急ぎ参上致しました」


「うむ。なんでも伯爵領から『飛んで』来たとか。ぜひ次の機会にその話を聞かせておくれ」


「承知致しました」


 私の言葉に頷くと、陛下は本題を切り出した。


「さて。今回、卿に急ぎ来てもらったのは他でもない。実は『卿に会いたい』という客人がいるからなのだ」


「客人、ですか?」


「そうだ。実は我が国を訪れている隣国の使節団が––––」


 陛下が説明をされようとした時、横の扉が開き「失礼致します」と現れた兵士が敬礼した。


 一暼する陛下。


「来られたか?」


「はい。使節団の皆さまがお越しになりました!」


「通せ」


 陛下の命で、扉の脇によけた兵士は「お通り下さい!」と敬礼した。


「失礼致します」


 言葉とともに謁見の間に姿を現したのは、異国の軍服をまとった黒髪の青年だった。




 グレアム兄さまと同じくらいの年代のその青年は、陛下に一礼し、私たちに会釈すると、こちらにやって来る。


 その後ろには、同じく黒髪の少年が続いていた。


(ん???)


 どこかで見たことがあるその少年と、目が合う。


 少年は目を見開くと––––


「レティっ!!」


 私に向かって一直線に走り寄ろうとする。


「あっ、こらっ!」


 軍服の青年が叫ぶ。


 が、少年は止まらない。


 その時だった。


「お待ち下さい」


 私の前にお父さまが立ち、少年の進路を塞いだのだ。


 父は彼に言い放つ。


「王子殿下。失礼ですが、正式な紹介も前に娘を愛称で呼ぶとは、些か礼を失しておられるのではありませんか?」


「うっ……」


 たじたじとなる少年。


 そこへ後ろから軍服の青年がやって来て––––


 ゴンッ!


「痛ってええっ!!」


 ゲンコツで少年の頭を殴った。


 左の方から、「っ!」と噴き出すような音が聞こえたのでそちらを見ると、陛下が顔に手を当て必死に笑いをこらえていた。


 どうやら、外交問題にはならなさそうだ。




「オウルアイズ侯、令嬢。我が弟が大変失礼致しました」


 紳士的に謝罪する青年。


 そんな青年に、父は一礼する。


「恐縮です。王太子殿下。それでは正式にご紹介致します。––––我が娘のレティシアです」


 お父さまの紹介で一歩前に出た私は、カーテシーをした。


「ハイエルランド王国より伯爵位を預かっております、レティシア・エインズワースと申します」


 私が顔を上げると、青年は背筋を伸ばして深々と立礼を返してくれた。


「エラリオン王国第一王子、ベルナルド・ユール・エラリオンと申します。……エインズワース卿。この度は愚弟の呪いを解いて頂き、本当にありがとうございました」


「お役に立てて光栄です。ベルナルド殿下」


 私の返事に、微笑を浮かべ頷くベルナルド王子。


 彼は次に、隣の少年の背中を押した。


「っ……」


 私の前に出た黒髪の少年は、一瞬戸惑ったあと、姿勢を正した。


「エラリオン王国第三王子、テオバルド・ユール・エラリオンです。……また会えて嬉しいです。エインズワース卿」


 そんな彼に私は––––


「私もよ。テオ」


 にっこりと微笑んだのだった。











はい。

という訳で、テオ君の再登場回でした!


ここで一件ご報告を。

一度はキャデザから1話ネームまで行っていて漫画家さんに降りられてしまったコミカライズの話が、やっと再始動しそうです。


5月からこっち、本当にキツかった。

上記の一件ではトラウマ級の衝撃を受けましたが、今度こそは軌道に乗って欲しいものです。


それでは引き続き本作をよろしくお願い致します!



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