第67話 蜘蛛との戦い、しばしの別れ

☆アンケートへのご回答ありがとうございました!

所感はあとがきにて。





 


 ☆



 パリッ––––パリッ––––


「ぐぅ……っ!」


 テオの全身を駆けめぐる紫電。

 彼はその痛みに耐えながら、自らの魔力を両足に集め続けていた。


 一方の私はクマたちに魔力を送り、彼の魔力の波を全力で抑え込む。


「っ……! ぐぅっ……っ!」


 紫電が迸るたびに、びくんと跳ねるテオの身体。

 『波』を抑え込んでも、このままでは細かい作業ができない。


 私は動く身体を固定しようと、左の肘で蜘蛛を押さえつけた。


 ––ビリビリッ!


 触れた瞬間襲ってくる、魔力の『波』。


「っ……! 始めるわ」


 痺れる左腕に耐えながら、両手に持った魔導ごてと魔導金属(ミストリール)線を、蜘蛛の脚に近づける。


 脚の関節から覗く、鈍い銀色の線。


 その部分にはあらかじめナイフで傷をつけ、被覆を削ってある。


 あとは、左手に握った延長線をくっつけるだけ。


「くっ……」


 断続的に襲う魔力の波。


 その痛みに耐えながら、延長線の先を蜘蛛の線に接触させ、押し当てた魔導ごての波長を変化させる。


 ジュッ


 わずかに煙が上がり、金属線が一瞬だけ液状化する。


 その瞬間、私はすぐにコテ先を離した。


「はっ、はっ––––」


 延長線を引っ張り、強度を確認する。

 線はしっかりとくっつき、確かな抵抗を返してきた。


「せ、成功っ……!」


 痺れは既に全身に広がり、立っているのもやっとだ。


 だけど休んでいる暇はない。


 蜘蛛のセンサー感度が下がるのは、『波』を発生させている間だけ。


 すぐに延長線の反対側の先もくっつけなければ、センサー感度が上がり、罠が発動してしまう。


 私は傍らに置いた懐中時計を見た。


 『波』の持続時間は、きっちり三分。

 今ちょうど一分が経過したところだった。

 残り二分で、もう片方の端をくっつける。


「くっ……!」


 私は再び左肘で蜘蛛を押さえつけると、魔導金属線を蜘蛛の関節に押しつけた。




 ☆




 結果から言えば、処置はなんとか完了した。


 タイムリミットぎりぎりで二本目をくっつけた瞬間、思わずその場で座り込んでしまったけれど。


 左肘から襲って来た『波』は、私の全身を痺れさせた。


 震える両手。

 力の入らない両足。


 痙攣するテオの身体と『波』による痺れが、正確な処置を妨げた。


 実は二本目をくっつける時、あまりの痺れに、一度仕切り直しをした。


 テオから離れ、体内の魔力を整え、痺れを緩和させる。


 そうして臨んだ二回目のトライで、ようやく延長線のもう片方の端をくっつけることに成功したのだ。


「だ、大丈夫かレティっ?!」


 自分も辛いだろうに、ベッドから未だ痙攣の治らない手を伸ばしてきたテオ。


 私もなんとか腕を持ちあげ、その手に触れた。


「––––ちょっと、キツかったかな」


 荒い息を吐きながら、言葉を返す。


 そうして私たちは、半ば感覚のなくなった手を握り合ったのだった。




 ☆




 最初の処置から二日後の昼。


 計四本の脚に延長線をとりつけた私たちは、最後の仕上げ––––テオの肌に食い込んだ蜘蛛の腹を引き剥がす処置に掛かっていた。


「ぐっ……うっ!!」


 痛みに歯を食いしばるテオ。


 回帰前の記憶と事前の診察から、蜘蛛は魔導金属製の返し針でテオの胸に取り付けてあることが分かっていた。


 その針を瞬間的に液状化させ、するりと引き抜く。


 言葉で言うのは簡単だけど、患者には大きな痛みが伴う処置だ。


 『波』の痛みに加え、針の痛みも相当なはず。

 二つの痛みにテオはよく堪えていた。


「っ……!!」


 私は蜘蛛の腹の先に魔導ごてを当て、波長を変化させてゆく。


「ぐぅっっ!!!!」


 テオの呻き声とともに、するりと針が抜ける。


 針が抜け、穴があいた皮膚から、だらりと血が流れた。


「アンナ、水とガーゼを!」


「はいっ!」


 私は傍らで準備してもらっていたアンナからコップとガーゼを受け取ると、蒸留水でテオの傷痕を洗い流し、ガーゼで塞いだ。


「っ……」


 苦痛に顔を歪めるテオ。


「ごめん、沁みたね」


 私がそう声をかけると、テオはぶんぶんと首を横に振った。


「こんなの、どうってことない。それより、『波』が––––」


 彼の言葉に、私は頷く。


「これでもう、あなたが発作に苦しむことはないわ」


「––––っ!!」


 テオはあらためて自分の胸を見た。




 蜘蛛の腹から出ていた針は、私がくるりと曲げて宙に浮かせてある。


 針の先端からはときおり、パチ、パチと青白い火花が飛んでいた。


 これでこのおぞましい魔導具は、二度とテオを苦しめることができなくなったわけだ。


 テオの片方の目から、つ––、と涙がこぼれ落ちた。


 この一年、彼はどれほどつらい思いをしてきたのだろう。


 毎日発作に苦しめられるだけでなく、『爆発する』と脅されたため家族からも距離をおかれてしまった。


 それを思うと、彼の涙に安易に触れることすらできなかった。


 私はテオが落ち着くのを待って、彼に尋ねる。


「それで……どうする? テオ」


「––––ん?」


「残りの頭と脚の針も、今抜いちゃう? それともまた日をあらためてにする?」


 私の言葉に、テオはちょっとだけ躊躇うと、顔を上げこちらを見つめた。


「もしレティが負担じゃなければ、今できるところまでやって欲しい」


 その目に迷いはない。

 私は頷いた。


「わかったわ。全部抜いて、こんなものさっさと投げ捨てちゃいましょう!」


 そう言って、ぐっ、とこぶしを握る。

 それを見たテオは、ぷっ、と噴き出して涙を拭った。


「ありがとう。頼むよ、レティ」


 こうして私は、残る頭部と八本の脚の取り外しにかかったのだった。




 ☆




 三日後。


 無事処置が終わり、私たちがマーマルディアを出立する日。


 テオと護衛のファビオ、それに南の離宮の管理をしているケッセル子爵が、車寄せまで見送りに来てくれていた。


「この度は、お世話になりました」


 そう謝意を述べた私に、ケッセル卿が微笑んだ。


「快適に過ごして頂けたのならなによりです。またお会いする日を楽しみにしておりますよ。エインズワース卿」


「私もです。ケッセル卿」


 そう言って互いに立礼をする。


 次に私が隣に立つファビオに視線を移すと、体の大きな騎士は、すっと片膝をついた。


「エインズワース伯爵閣下。この度は我が主の呪いを解いて頂き、本当に、本当にありがとうございました!」


 膝をついたまま、大きな声で感謝の言葉を述べるファビオ。

 私はそんな騎士に、慌てて言った。


「あのっ、ええと––––お立ち下さいファビオさま。私はコンラート王陛下からの勅命を果たしただけです。ファビオさまに膝をついて頂くようなことはしていませんよ」


 だがファビオは姿勢を変えようとしない。


「いえ、それでもです。これまで何人もの魔術師、呪術師が成し得なかったことを閣下は果たされました。閣下のおかげで、我が主にも笑顔が戻り…………家臣としてこれほどの喜びはございませんっ!!」


 そう言って、ぼろぼろと涙をこぼす大柄な騎士。


「ええと……」


 どうしたものかと思わず隣のテオバルドを見ると、少年は顔をしかめ、バン、バンッと騎士の背中を叩いた。


「ほら、立てファビオ! レティが困ってる」


「はっ! 申し訳ございませんっ!!」


 すくっ、と立ち上がるファビオ。

 その顔は、大量の涙で濡れていた。


「まったく……いつも大げさなんだよ、お前は」


「はっ! 申し訳ございませんっっ!!」


 巨漢の騎士は、そう言ってガバッと頭を下げたのだった。




 最後に私は、この二週間共に戦ってきた一つ下の少年の方を向いた。


「……っ」


 思わず、というように目をそらすテオ。

 彼は、ちらっとこちらを見ると、口を尖らせた。


「行っちゃうのかよ」


 ぼそりと呟いたその言葉に、私は名残惜しさを感じる。


「本当はあなたが自分の国に帰るまでいてあげたいところだけど––––私にもやらなきゃならないことがあるのよ」


 領地の引き継ぎ作業を放り出してきてしまったし、王都工房と魔導工廠での魔導ライフルの量産立ち上げの件もある。


 どちらも父がうまく進めてくれているだろうが、最終的な確認はやはり自分自身でやっておきたい。


 私の言葉に、ぐっ、とこぶしを握るテオ。

 彼は何かを逡巡し、口を開いた。


「また、会ってくれるか?」


「もちろん」


「本当に?」


「私たち、一緒に戦った戦友でしょ?」


「うちに遊びに来いよ」


「……時間ができたらね」


 しばらくはなかなか時間がとれないだろうことを予想してそう言うと、テオは不機嫌そうな……泣きそうな顔をする。


「じゃあ、僕がレティのとこに行く。––––それならいいだろ?」


「テオ……。––––わかった。待ってるから」


「約束だ」


 手を差し出すテオ。


「ええ。また、会いましょう」


 私は彼の手をとると、その手を強く握り返したのだった。




 ☆




 こうしてマーマルディアでの私たちの戦いは終わった。


 テオは蜘蛛の呪いから解放され、私は回帰前の『失敗』のリベンジを果たすことができた。


 大勝利と言っていいと思う。


 だけどその一方で、新たな謎も出てきてしまった。

 魔導通信機と蜘蛛に使われていた規格外の魔石と、海賊のことだ。


 ––––どうやって調べたらいいんだろう?


 馬車の窓から遠ざかる海を見ながら、そんなことをぼんやり考えていると、


「お嬢さまにとって、今回の旅は良い旅になりましたか?」


 向かいのアンナがそう言って微笑んだ。


「そうね」


 私は彼女とテオの鍔迫り合いの日々を思い出して、思わず苦笑する。


「悪い虫もいなくなりましたし、これでようやく私も枕を高くして眠れますっ」


 ふんっ、とこぶしを握りそんなことを口走る私の侍女。


「アンナ……」


 結局二人は、最後まであの調子だった。


(テオがうちに遊びに来たら、どうなることやら……)


 私は、ふっ、と笑うと、再び窓から見える海を瞳に焼きつけたのだった。







はい。

という訳で、テオバルドとの出会いのお話はこれで一区切りです。


いつも本作を応援頂きありがとうございます。

そしてアンケートへのご回答、ありがとうございました!


アンケートの結果、一番多かったのはやはり①魔導具づくりでしたね。

次に②領地経営、あとは皆さんのお好みで、というところでしょうか。


正直、もうちょっと早く訊いておけば良かったな、と思ってます。

今後はぼちぼち軌道修正をしていきたいと思いますので、楽しみにお待ち下さいね。


というわけで、次回からは王都に戻り、魔導具づくり&領地視察などをしていきたいと思います!


また書籍化作業は順調でして、キャラデザなども決まってきております。


レティが尊いです。

父ちゃんとダンカン渋カッコイイです。

兄たちイケメンです。

色々とヤバいですので、公開できるようになったら出させて頂きますね!


1巻刊行は6〜7月頃。

工房でのやりとりなどを新たに加筆しておりますので、ぜひご期待ください!


それでは今後とも本作をよろしくお願い致します。



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