第31話 反転工学
その魔導具は、私の記憶の中にある、あるものに酷似していた。
と言っても、記憶の主は『私(レティシア)』じゃない。
異世界で生を受け生きていた、宮原美月のものだ。
彼女の記憶にはこの装置に関するものがいくつかあったけれど、その中で一番インパクトがあったのは、実物……正確には復元されたものだけど……を見たときのものだった。
☆
美月は高校生の頃、オタクの兄に誘われて横須賀に行ったことがある。
目的は、日本に現存する唯一の戦艦『三笠』の見学。
英国のヴィッカース造船所で建造されたこの戦艦は、後の日露戦争で旅順港閉塞作戦、黄海海戦などに参加。
最後の決戦となった日本海海戦では連合艦隊旗艦として艦隊の先頭に立ち、敵前回頭からの並行戦によりロシアバルチック艦隊を撃破。日本海軍を勝利に導いた殊勲艦だ。
退役後は戦後の荒廃などを経て、多くの人の力によって復元。記念艦として保存されていた。
そんな三笠を訪れた美月は、艦内をまわる中で、通信室に展示されていたある機械に魅せられた。
それが、復元された『三六式無線電信機』。
電鍵と呼ばれるスイッチで、ツー・トン・トン……とモールス信号を打つあの通信機だ。
日本海海戦の勝利の影の立役者が、まさにこの通信機だった。
バルチック艦隊が日本に近づき、海軍が血眼になってその行方を追う中、未明に敵艦隊を発見した仮装巡洋艦『信濃丸』はこの通信機で「敵艦隊見ゆ」を打電。
その後、敵艦隊との接触を引き継いだ巡洋艦『和泉』も、この通信機で敵艦隊の位置と進路を報告し続け、先に述べた連合艦隊による敵艦隊撃滅につながったのだった。
美月にとって、その通信機は衝撃だった。
電気による恩恵がやっと人々に行き渡り始めた頃のこと。
インターネットはおろかテレビもない。
やっと外国でラジオの原型となるもののテストが始まったくらいというその時代に。
日本の命運を賭けた戦いの勝利は、小さな電鍵が生み出す『情報』によってもたらされた。
その事実と、目の前にある当時世界最高の性能を誇った国産通信機が、美月の心を揺さぶったのだった。
☆
今、私の目の前には、まさにその通信機を構成する『電鍵』がある。
これが魔力を用いた通信機であることは間違いないだろう。
問題は––––
「お兄さま、少しお聞きして構いませんか?」
「ああ。どうしたレティ?」
「この魔導金属(ミストリール)線ですが、どこに繋がっていたか分かりますか?」
私の問いに、兄は傍らの騎士を見た。
「フランク、この魔導具を押収したのは君だったな?」
「はい。私です」
頷いた騎士フランクは、私の前までやってきて片ひざをついた。
「?」
「レティシア嬢、先日は我々を守って頂きありがとうございました。こうして直接感謝を述べることができ、光栄です」
そう言って笑顔になる騎士フランク。
「え、えっと……どういたしまして?」
突然の感謝の言葉に、思わず語尾が疑問系になってしまう。
「今のお嬢様のご質問ですが、この線は壁を伝って、屋根に伸びておりましたよ」
「屋根……」
私は考え込んだ。
この線が地面に伸びていたなら、有線通信の可能性があった。
そうであれば、線をたどることで公爵がやりとりしていた相手はすぐに特定できただろう。
だが、騎士フランクはこの線が『屋根に伸びていた』と言った。
つまり、この通信機は無線用だ。
通信先を特定するのは容易じゃない。
「屋根に伸びたこの線の先は、どんな風になってました?」
「ええと、確か…………そうだ。屋根の上にあった木の骨組みのようなものに巻きついていましたね」
思い出しながら、大事な情報を口にする騎士フランク。
私はさらに前のめりになって尋ねる。
「その骨組みには、適当に巻きつけてありましたか? それとも何か意図のようなものを持って、図形を描くように巻きつけられていましたか?」
「ええと……図形と言ってよいのか分かりませんが、丸や三角や四角い形の骨組みに沿うようにして巻きつけてあったと思います」
「それです!!」
私は興奮のあまり、思わず叫んでしまった。
「レティ、ひょっとしてこの魔導具が何なのか、分かったのかい?」
お父さまの問いかけに、私は少し考えてから頷いた。
「はい。確証はありませんが、おそらく」
「すごいな。私には見当もつかないぞ」
驚く父。
隣の兄が尋ねる。
「それで、この魔導具は何なんだ?」
「……ある種の『通信装置』だと思います」
「通信装置?」
「はい。狼煙(のろし)のように、離れた場所同士で情報をやりとりする魔導具です」
「「のろし……」」
私の言葉に、その場にいた全員が絶句した。
最初に口を開いたのは、グレアム兄さまだった。
「するとなにか。オズウェル公爵はこの魔導具で、外国勢力と情報のやりとりをしていた可能性があるってことか!?」
青ざめた顔で呟く兄。
その問いかけに、父が答える。
「断定はできないが、もしそうならあの事件の日、なぜ敵が陛下と殿下が揃う場所とタイミングで襲撃できたのかの説明がつくな」
「レティ、これが通信装置だという見立ては間違いないのか?」
兄の言葉に、私は逡巡した。
この魔導具が通信装置なのは、十中八九間違いない。
だけど、今ここでそれを言い切るのは、どうだろう?
私は美月の記憶で『これ』の正体を知っているからそう言い切れるけれど、他の人はそうじゃない。
確かな証拠が必要だ。
「お兄さま。この魔導具、使える状態にありますか?」
「いや、どのスイッチを押しても、ダイヤルを回しても、うんともすんとも言わん。魔力の動きもないから、魔力切れか断線かどちらかだと思うが……」
「この箱を開けても?」
問われた兄は、司法省の役人に目配せする。
「分かりました。私が立会の証人になりましょう」
司法省の若い役人が頷いた。
「よし。箱を開けよう」
こうして私たちは、謎の魔導具の箱を開けることにしたのだった。
☆
「これは……魔導基板か?」
首を傾げる兄。
私は頷いた。
「木製の基板ですね。我が家門のように樹脂を使っていないので、やたらと大きいですが」
「ミストリール線が溶けてしまっているな」
父の言う通り、基板上の線はほとんど溶解して原形をとどめていない。
私は魔石からのラインをたどり、一つの結論を出す。
「自爆装置ですね」
「「自爆装置?」」
同時に聞き返す父と兄。
「はい。この背面の赤いボタンが自爆スイッチになっていて、押すと強力な魔力が流れて基板が壊れるようになっているんです。––––おそらく第二騎士団に踏み込まれた際、この装置の機能を秘匿するため、破壊したのでしょう」
私の言葉に、グレアム兄さまが苦い顔をした。
「くそっ。それじゃあやはり、この装置を証拠にすることはできないか……」
悔しそうな兄。
そんな兄に、私は微笑んだ。
「いえ、大丈夫です。この魔導具はちゃんと証拠になります」
「え? だがこいつの基板は壊れて跡形もないじゃないか」
「私が直します」
「「えっ?!」」
父と兄が目を見開いた。
「機能が分かっていて、基板以外の部品もきれいな状態で残っています。これだけあれば充分、復元は可能です」
「本当に、直せるのか?」
驚き尋ねるお父さまに、私は頷いた。
「はい。……一体、誰にケンカを売ったのか。我が家門の–––––エインズワースの技術力を、公爵に見せつけてさしあげましょう!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます