その男、STR極振りにつき。

 ♦︎……億尺視点



 上空から斧を構えて落下するオーガ。斧からは赤いオーラが溢れ、燃え盛っている。……そして、その真下に居る俺。一秒後には死ぬ未来が見える。だが、まだ俺は死なない。


 このまま動き出しても間に合わない。が、間に合わせる手段を俺は持っている。


小爆発ミニ・エクスプロージョンッ!」


 それは、爆発魔術だ。俺の目の前が爆発し、俺はダメージを受けながらも後ろ側に吹き飛ばされた。そして、俺が居た場所にオーガが落下し、地面に斧が突き刺さり……轟音と共に土煙が舞い上がり、大地に亀裂が入った。


「……怖すぎんだろ」


 土煙が晴れると、オーガの落下地点にはクレーターのようなものが出来ており、そこを中心に平原に亀裂が入っている。流石に地下まで亀裂が入ってはいないようだが、恐ろしすぎる威力だ。


「あれ、外れちゃったね。ごめん、ロア。言わない方が良かったかな?」


 しかしネクロは、平然とした表情で椅子に座ったままそう言った。そして、気が付くと巨人は元の姿に戻っていた。もしかすると、あの状態は燃費が悪いのかもしれない。


「オオノフ、どうする?」


 少し離れた場所にいた為無事だったオオノフに問いかけると、オオノフは首を振った。


「やるしかないでしょう。逃げることなど、出来そうに無いですから」


「あぁ、違いねぇな。フルパワーでぶちのめす。それしかねぇ」


 俺がそう言って杖と剣を構えると、後ろから一人の男がやってきた。



「────なぁ、お前らッ! 随分楽しそうじゃねえか!? 俺も混ぜやがれよッ!」



 黒髪赤目のその男は、黒い質素な服を身に纏い、黒と青の宝石が散りばめられた黄金の籠手を右手に、赤と白の宝石が散りばめられた銀色の籠手を左手に、赤色の羽を模した装飾が特徴の黒い靴を両足に、そして見ているだけで吸い込まれそうな深い紫色の宝石が九つも嵌められたネックレスを装備している。紫色の宝石の中心は赤く、血のように濁った光を放っている。


 それらは殆どが魔法の装備らしいが、特に右手に嵌められた黄金の籠手は有名で、籠手が装備されている方の腕限定でSTRが有り得ないほど上昇し、無機物を殴った時のダメージが十倍になるという効果を持っている。


「お前は、まさか……」


 俺はこの男を知っている。というか、知らない奴はモグリだ。こいつは、こいつはもしかして……いや、もしかしなくてもッ!


一発屋スマッシャーかッ!?」


 俺が睨みつけるように凝視しながら言うと、男は大袈裟に笑った。



「────おうよ。俺が天下最強の一発屋スマッシャー、ウルガナ様だぜッ!!!」



 COO最強のSTRを持つ極振りプレイヤーが、今ここに降臨した。


「……だが、なんでこんなところに?」


 俺が聞くと、ウルガナはまたもや大袈裟に笑った。


「ハハハッ、別になんでもかんでもねえよ。遺跡の探索が終わって戻ってきてみれば、随分楽しそうなことになってんじゃねえかってな? ……しっかし、こりゃあどういうイベントだ? こんな魔物がいきなりこの平原に現れちゃあ流石にマズイと思うがな?」


 ん? もしかして、まだどういう状況か知らないのか?


「あはは、誤解だよウルガナ君。この魔物達は僕の従魔で、僕はただ平原で狩りをしてたんだけど……この赤髪の人が急に襲いかかってきたんだよ」


 なッ、何を言いやがるッ!?


「て、テメェッ! おちょくってんのか!?」


 ネクロの言葉に俺が慌てて弁解しようとするが、ウルガナは特に動じた様子は無い。


「あ? 関係ねえよ。どっちが悪でどっちが正義かなんてどうだって良い。俺は強いやつと戦えりゃ、それで良いんだ。だが、どういう訳か……俺が相手する強い奴ってのは、いっつも悪い奴なんだよなァ?」


 ウルガナはニヤッと口角を上げて言った。


「へぇ……まぁ、君もプレイヤーだからね。そういうのもありだろうけど……実際、悪いのは僕だから合ってるしね」


 ネクロが言うと、ウルガナは逆に動揺したようにネクロの方を見た。


「……は? お前、マジでプレイヤーなのか?」


「え、うん。そうだけど?」


 ネクロが首を傾げながら返事をすると、ウルガナは今日で三度目の笑い声を上げた。


「ハハハッ! おいおい、えげつねえなテメェ? ていうか、プレイヤーでそんなこと出来るのかよッ、ヤベェなッ!」


 ウルガナは腹を抱えて笑い出した。確かに、今考えてみればプレイヤーがこんな馬鹿げた戦力を個人で保有してるのはおかしな話だ。


「あー、随分楽しそうだけど……そろそろ、やらない? 僕の従魔達もウズウズしてるみたいだし」


 ネクロが言うと、ウルガナは笑い涙を拭い、キリッと表情を引き締めた。


「あぁ、それは申し訳ねぇ。ま、早速やっちまうか。準備は良いな?」


 ウルガナの問いかけにネクロが頷くと同時に、戦闘は開始された。


「行くぜッ!! オラァアアアアアアッッッ!!!」


 ウルガナの履いている黒い靴が妖しく光り、ウルガナは圧倒的なスピードで巨人の前まで到達した。更に、ウルガナの拳の周りで赤と黒のオーラが渦巻き始める。


「吹き飛べやァッ!!!」


 二色のオーラを纏ったウルガナの拳が巨人の胸板に直撃する。


「グォオッ!?」


 STRが極振りされているウルガナの拳を受けた巨人は、胸辺りの鱗を砕かれながらもその身長と同じくらいの距離を吹き飛ばされた。


「グォオオオオオッ!!!」


 人間程度に鱗を砕かれ、怒り狂った巨人はその体を赤い結晶へと変化させた。そして赤い結晶の鱗をウルガナに投擲した。


「オラァッ!!」


 ウルガナが飛来した巨大な結晶に二色のオーラを纏わせた左手をぶつけると、結晶はひび割れ、中から紅蓮の炎が溢れ出した。


「おいおいッ、これはッ!!」


 そして、ひび割れた結晶は爆発し、その爆炎は近くにいたウルガナを呑み込んだ。


「お、おいッ、ウルガナッ! 大丈夫かよッ!?」


 俺は心配した声を上げると、ゆっくりと炎が消えていく。


「……はッ、誰を心配してやがる? 俺がこの程度で死ぬ訳ねえだろ?」


 しかし、HPもVITもMNDも1ポイント足りとも振られていないはずのウルガナは、無傷でそこに立っていた。


「なッ、何でだッ、どうやって生き残った!?」


 俺が錯乱したように叫ぶと、ネクロは冷たい目でウルガナを睨んでいた。


「……それだよね? その、ネックレス。紫色の宝石の赤い光が、一個だけ無くなってる」


 本当だ。ウルガナのネックレスにあしらわれている九つの宝石の内の一つが、赤い光を放たなくなっている。一番左の一個だけ、ただの紫色の宝石に戻っている。


「ハハハッ、気付くのが早えなぁ? そうでもなきゃ、そんなお仲間は作れねえのかな?」


 ウルガナは笑いながらも籠手を構え直し、二色のオーラをまたもや放ち始めた。


「だが、気付かれたところで関係ねえな。あと八回は攻撃を無効化できる。つまり、九回目の攻撃を食らう前に全員片付ければ良いって話だからなッ!!」


 ウルガナは靴から妖しい光を放つと、凄まじい勢いで跳躍した。


「オラァッ、防げるもんなら防いでみろよッ!!!」


 ウルガナは巨人の胸元に到達すると、拳を構えた。


「グォ?」


 だが、巨人は今結晶化している。防御力は通常の比ではない。巨人もニヤニヤと笑っている。


「ぶっ壊れろォオオオオオオオッッ!!!」


 ウルガナの右拳が、圧倒的な硬度の結晶に叩きつけられた。


「グォオオオオオオオッ!!??」


 しかし、結果としてウルガナの拳は結晶化した巨人の赤い胸板を砕いた。


「グッ、グォオ……」


 結晶状態から元に戻った巨人の鱗はボロボロになり、肉はぐちゃぐちゃに、そして骨は砕けていた。ウルガナの拳は、巨人の胸板を文字通り破壊したのだ。

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