侵略開始

 僕は息を荒くしているネロの頭に手を置いた。


「それと……よく頑張ったね。後は僕たちに任せなよ」


 僕はネロを後ろに下げて従魔空間テイムド・ハウスを発動し、ロア達を呼んだ。


「グォ」


「ピキィ! (こんにちは!)」


 ロアはただ一鳴きし、ミュウは元気に叫んだ。その周りには割と強めの樹海に居た魔物と上位種のゴブリンが居る。

 グラを出すことも考えたが、そこまですると流石に目立ちすぎる。レミックにバレるのは流石にまずいだろう。


「まぁ、力の誇示とかはあんまり好きじゃないんだけど……大人しく気絶してくれたりしないかな? じゃないと、殺しちゃうかも知れないしさ」


 後ろに屈強な魔物を従えた僕は、黄金のオーラを強めながらこちらを睨むペトラを見て言った。


「……敵の情けなど、受けませんッ!!」


 ペトラは最後の力を振り絞って先頭の僕に突っ込んだ。


「無駄です」


 凄まじい速さの突撃は僕の目では捉えられない程だったが、隣に立っていたメトは見えていたようで、黄金の剣を振りかぶるペトラの腹に拳を叩き込んだ。


 そして、その傍からネロの吸魔剣を持ったエトナが現れた。あの黄金のオーラを前にしてはエトナの闇の刃も効かなそうなので、ネロから借りたのだろう。


「片腕くらいは我慢してくださいねッ!」


 腹を押さえて下がろうとしたペトラにエトナが斬りかかる。結果、ペトラの片腕はまた地面に落ちた、


「ぐッッ!!!」


 ペトラは悲鳴を上げながらも、落とされた腕に一瞥もせずに飛び退いた。


「さっきのを見ている限り、腕の再生には凄い金ピカのオーラを出さないといけないみたいですけど……それって、そう何度もできませんよね?」


「……ッ!」


 エトナは吸魔剣を持ち、ペトラににじり寄っていく。ペトラはさっきと同じように黄金のオーラを激しく放出しながら腕を再生させていくが、さっきよりもその再生速度は遅い。


「ほら、さっきよりも治りが遅いですし、金ピカのもさっきより大人しいですよ?」


 腕が再生したペトラにエトナは再度剣を振り下ろした。しかし、今度は流石に読まれていたのか斬撃は避けられた。


「……殺すッ!!」


 ペトラは後ろに飛び退き、黄金の剣を思い切り横に薙いだ。すると、さっきのように黄金の斬撃が発射されると、それは広範囲に広がり、エトナに迫った。


「威力は高いし、範囲もありますけど……遅すぎます」


 エトナは具現化された黄金の斬撃を跳び越えると、一瞬でペトラに接近した。そして、そのまま僕らに迫る黄金の斬撃はロアが斧で搔き消した。


「これで、終わりです」


 エトナは剣をV字に振るった。ペトラの両腕が、同時にボトリと落ちた。


「くッ、殺して、やる……ッ、殺してやるゥウウッッ!!!」


 両腕を失ったペトラは、それを再生させることもせずにエトナに噛み付こうとした。


「私は言いましたよ。……終わりです、って」


 エトナはペトラの噛みつきを一歩下がるだけで避け、直ぐ様ペトラの顎に膝を叩き込んだ。


「がッ! 貴さッ────」


 エトナはよろけるペトラの首を掴み、上に引き上げると、その首筋に手刀を叩き込んだ。


「ぁ……こ、の……私、が……神の、意思を……」


 ペトラはまだ食い下がろうとしたが、流石に耐えきれなかったのか気絶し、黄金の剣も元の十字架のようなアクセサリーに戻った。


「……さて、一件落着だね」


 ミュウもロアも出したけど、結局使うことは無かった。まぁ、普通にエトナだけで十分だったってことだけど……A級冒険者って、みんなこんなに強いのかなぁ。


 何はともあれ、事は片付いた。後はレミックの隠れ家を潰すだけ。僕はロア達を従魔空間テイムド・ハウスに戻し、道を急いだ。




 ♢




 十数分後、僕らは漸く目的の洞窟の近くまで来た。ここからでも見えるあの薄暗い洞窟の中にレミックの基地はあるということらしい。


「じゃあ、早速行くよ?」


 僕は茂みの裏に隠れたまま、従魔空間テイムド・ハウスを展開し、先ずはロアとネロを出した。その二人の影にエトナとネルクスに入ってもらうと、僕は更に魔物を出していく。そして、現れる無数の魔物達は僕の方を振り向きもせず、洞窟の中へと向かっていく。


 さて、後は僕が最近獲得した魔物使いモンスターテイマーのスキル……従魔共感テイマーズ・シェアで観察するだけだ。






 ♦︎……???視点




 私はレミック・ウォーデッグ。バリウス帝国に忠誠を誓った由緒正しき帝国人である。私は帝国の発展の為、敢えて国を出て敵国であるナルリア王国に向かった。

 その理由は、単純にナルリア王国を内部から苦しめる為である。この間抜けな猿どもの国は入国審査が手緩い。手緩すぎる。故に、帝国の重要な研究職であった私でものうのうと審査を受けて門を通ることが出来たのだ。


「……クククッ」


 そして現在、私はナルリア王国の中でも主要な都市の一つであるサーディアの近くの山に拠点を構えている。一先ずの目的はサーディアを潰すことだ。

 その為に、今は自前で戦力を増強している。帝国で様々な学問を修め、研究をこなしてきた私には当然様々な技術と知識が備わっている。

 その中には、フレッシュゴーレムやアンデッド、キメラなどのものもある。


「順調だ。あぁ、うむ。全くもって順調だ」


 私の目の前にはアーテルに続く二体目の完成体が居た。完成体、というのは私が主に研究している人魔融合手術のものだ。今まで、沢山の実験体を無駄にして只の化け物を量産してきたが、この個体は違う。

 魔物の能力を、人間の体の中に完全に抑えきっている。溢れ出て化け物になった他の穢らわしい個体どもとは違うのだ。


「アーテルと違い、理性は無いが……まぁ良いだろう。私の指示通りに動けさえすらば良いのだ」


 虚ろな目で瞬きもせずに壁を見つめているS-2を私は満足げに眺めた。


「やはり、死体ではなく生身の肉体を使うのが吉だったか……しかし、こうなれば完全にコツを掴んでしまいたいところだな」


 私は、後ろの檻に閉じ込められている女をチラリと見た。


「ふむ、これを殺せばアーテルは怒り狂い、命令を聞かなくなるだろうが……S-2に殺させれば良いか。ただ生命力が強いだけしか取り柄の無いあの男よりも、S-2の方が強いに決まっているからな」


 私は檻に近付き、怯えたような表情の女に手を伸ばした。


「わ、私は改造されても、貴方の言うことなんて聞きませんッ、それに……私のお兄ちゃんが、貴方の手駒なんかに負ける訳がないですッ!」


「ふむ。言うことを聞かない、アーテルは負けない。か……どちらも、試してみなければ分からんことだな。そうだろう?」


 私が視線を目に向けると、女は悲鳴をあげて後退った。


「さて、檻から出してやる。……B-8、鍵を持ってこい」


 私が命令を下すと、部屋の隅に居た上半身は赤黒い鱗に包まれ、下半身が八本の巨大な触手になった化け物が動き出した。これも当然、失敗作だ。こんな醜い化け物は性能的にも芸術的にも失敗作でしかない。私はこの失敗作達を……不完全な人魔融合体を、人魔混合体と呼んでいる。


 そもそも、この人魔融合体達の用途はサーディアの攻略だ。しかも、ただ化け物を送り込む訳ではなく、人間の形をした化け物を送り込み、内部で暴れさせることで疑心暗鬼を招き、更なる混乱を呼び起こすのが目的だ。

 当然、人と同じ見た目をした化け物がサーディアを滅ぼしたとなれば、他の街は侵入される可能性を危険視して入国を禁止するか、審査を相当厳しくすることだろう。


「……やはり、S-2。お前は最高傑作だ」


 S-2は最初にただの偶然で作ることができたS-1……アーテルとは違う。アーテルは単なる偶然で作っただけだったが、S-2は完全に全てを理解した上で作ることができた。


 つまり、私はこれからアーテルを、S-2を量産できるということなのだ。あぁ、なんという幸福だ。こんなにも帝国の役に立てる機会が私に与えられるとは……幸せだ。このまま私一人でサーディア攻略を成功させれば、もしかすれば帝国十傑に迎えられるかも知れないな。


「ククッ、クククク……」


 良し、未来が見えてきた。このまま私は人魔融合体を量産し、来るべき闘技大会の日に……サーディアに集まった戦力をサーディアごと葬る。各地の馬鹿どもがサーディアに集まれば、沢山の優秀な戦士達を同時に葬れるのだ。


「その為にも、やはり貴様には犠牲になってもらう必要があるな」


 ドアが開き、檻の鍵を持ってきたB-8から鍵を引ったくり、私は鍵穴に鍵を入れ込んだ。そして、いざ鍵を回し檻を開けようとしたその瞬間だった。


「……なんだ。なんだ、この地響きは」


 私は地響きと、洞窟の入り口の方が騒がしくなっているのを感じた。


「馬鹿な……侵入者だと?」


 入り口に仕掛けていた罠が作動し、侵入者の情報が伝わってくる。


 問題は無い。無いはずだ。今までに作ってきた数々の失敗作達がこの洞窟は守っている。どんな相手が来ても、戦闘力だけは高い我が人魔混合体達が、必ず、何とか……


「な、何だこれは!?」


 私が入り口に仕掛けている罠はこの洞窟に侵入した者の種族とレベルを知ることができるだけのものだ。しかし、今やその仕組みが誤作動を起こしているのかというくらいにはおかしな情報が流れてきている。


 ゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、ゴブリンメイジ・ゾンビ、ホブゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、ゴブリン・ゾンビ、暴食の緑蛇グラ・セルペンス……


「……暴食の緑蛇グラ・セルペンス?」


 何だ、それは。と言いたくなったが、思い出した。確かそれは、それは……エウルブ樹海を支配する蛇の王だ。樹海を荒らすもの全てを喰い尽くす樹海の守護者。


「それが、何故ここに……?」


 何かの間違いでは無いのか、と思った。そもそも、そんなものが来れば流石に私の手勢達も遅れを取ってしまうだろう。だから、有り得ない。いや、普通に考えてエウルブ樹海から態々私の洞窟まで来ないだろう。そう、何度も自分自身に刷り込もうとした。


「……だが、やはり今の地響きの辻褄が合ってしまう」


 クソ、何故こんな時に災害そのもののような魔物が我が根城にくるのだ。


「いや、良く考えれば……チャンスだ」


 どういう理由で攻めてきたかは知らんが、ゴブリンなどはどうせ雑魚だ。我が失敗作達で処理できるだろう。そして、蛇の王は……S-2と我が帝国技術、その全てを以って必ず殺し、素材に変えてやる。


「全くもって意味が分からんが……蛇の王が何だというのだ。所詮は蛇、魔物でしかない。崇高な知恵を持つ帝国人には敵わぬとその魂に刻み込んでやるッ」


 私は未だこの目で見てすらいない侵入者達を擦り潰し、素材にしてやることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る