突然ですが、異世界で宝箱に転生しました!

ぐまのすけ

第1話 サンタクロースは女神様

「ちぇっ、また回復薬だよ!」


 宝箱から取り出した回復薬を見て残念そうな表情を浮かべる少年。

 本当は強い武器や防具を期待したのだろうけれど運も実力のうちだ。


「でも回復薬だって買うと高いし良かったじゃない?」

「そうだよ? 私の回復魔法だって魔力が尽きたら終わりだもん」

「よしっ! 次に宝箱を見つけたら今度は俺が開けるぜ!」


 そう言って楽しそうに去って行く若い少年少女の冒険者たち。

 身に着けている装備品から推測するに、まだ初心者の冒険者なのだろう。強い武器や防具に憧れる気持ちもわかるが、まずは技術をしっかり磨いて死なないように頑張ってほしい。


「……さて、もう大丈夫か?」


 宝箱の姿をした魔物は周囲に誰もいないことを確認すると蓋を少しだけ持ち上げる。そして、僅かに開いた隙間から両腕を突き出し天井に向かって大きく伸びをする。

 今日の仕事場は名前も知らない迷宮の小部屋だ。


「しかし、本当に異世界があるなんて思わないよなぁ。この仕事を始めて十日になるけど未だに信じられないよ……」



 ☆☆☆



 あれは十二月二十四日、世の中はクリスマスイブの真っ只中。

 街中は派手なイルミネーションに彩られ、右を見れば若いカップルが恥ずかしそうに頬を染めながら手を繋ぎ、左を見れば年配の夫婦が品よく夜の散歩を楽しんでいた。


「はぁ……」


 そんな幸せそうな人々を横目に男は大きなため息を吐く。

 理由は単純にして明快。この日、住み込みで働いていた工場が親会社の経営不振で閉鎖となり給料未払いのままアパートを追い出されてしまったのだ。


「これからどうしたらいいんだよ……」


 持ち出せた荷物といえば薄汚れた肩掛け鞄に突っ込んだ着換えが一着と古いスマホだけで、生活費は手の中に握りしめている最後の千円札のみ。


「サンタクロースさん、お願いです。俺に仕事をください……」


 喧騒から少し離れたベンチに座って、雪がちらつく真っ暗な空を見上げながら小さく呟く。すると、男の願いが叶ったのか、本当にサンタクロースの恰好をした女性が声をかけてきた。


「あの、ちょっといいですか? この世の終わり……みたいな顔をしていますけど、お仕事を探しているならこちらはいかがですか?」

「えっ?」


 何気に女性から手渡された一枚の求人広告に目を向ける。

 そこには「異世界であなたの能力を活かしませんか?」という不思議なキャッチフレーズと共に、こんな内容が書かれていた。


 ――スタッフ急募!

 ――年齢、経験は不問。

 ――仕事内容はお客様に商品を手渡すだけの簡単な作業。

 ――個室完備、食事付き、賞与あり。

 ――勤務地は異世界リーナセイル。

 ――日給は一万円以上。


「こ、これって本当ですか!?」


 男は求人内容を読んで思わず声を上げてしまう。


「ええ、もちろんです。興味がありましたら説明だけでも聞きますか?」

「よろしくお願いします!」


 日々の生活どころか住む場所さえ失った男にとって、女性は本物のサンタクロースで求人広告はクリスマスプレゼントだ。

 勤務地が気になるが、きっと店の名前だろうと思い直すと、女性の後について歩き出す。


「さあ、こちらへどうぞ」


 それから数分後、辿り着いたのは薄暗い路地裏にある少し寂れたアパートの一室だった。女性に案内された室内には簡素なテーブルとイスが置いてあるだけで、他には何も見当たらない。奥の部屋にはベッドがあり、くしゃくしゃになったシーツが見える。


(この仕事って本当に大丈夫なんだよな?)


 内心不安を覚えながらも勧められるがままに席に着く。

 しばらくすると、奥の部屋からサンタクロースの恰好をしていた女性が着古した真っ赤なジャージに着替えて姿を現した。


(……なんでジャージなんだ?)


 先ほどまでサンタクロースの白い髭を着けていたのでわからなかったが、年齢は二十代半ばといった感じだろうか。セミロングの美しい黒髪に整った顔立ちをしているが、どこか疲れ切った雰囲気が漂っている。


「お待たせしました。早速、面接を始めましょう」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げる男の向かい側に腰掛けると名刺を差し出す女性。そこに書かれていたのは日本語でも英語でもない不思議な文字で何が書かれているのか全くわからない。


「初めまして。私は異世界派遣会社ルヴェーノで地球地区の担当をしているミディア・クロースと言います」

「えっと、俺の名前は由井恭一よしいきょういちです」


 恭一は差し出された名刺を両手で受け取ると、ズボンのポケットに入れる。


「早速ですが、由井恭一さんには私が担当している異世界リーナセイルに行ってもらいます。そこで、宝箱の中身をお客様に渡すという簡単なお仕事をお願いしたいのです」

「あの、その前に聞きたいんですけど、ミディアさんが担当している異世界リーナセイルって店の名前ですよね?」

「いいえ、違いますよ? そうですね……わかりやすく説明するなら、今までに異世界転生なんて言葉を耳にしたことはありませんか?」

「それはまぁ、知っていますけど……」


 異世界転生や異世界転移という言葉は小説や漫画でよく見かけるし、ゲームでも定番の設定だ。

 恭一もこれらの小説が大好きで、この手の物語は何冊も読んできたし、もし自分が当事者になればどんな反応をするのか想像したこともある。


「この世の中には様々な異世界が存在しています。そして、その異世界と現実世界を繋ぐ扉の役割をするのが私たち女神というわけです」

「女神様……ですか?」


 突然告げられた衝撃的な事実に唖然としてしまう。

 恭一の目の前で真っ赤なジャージに身を包んでいる女性は、どう見ても普通の人間にしか見えない。しかし、彼女は自身を女神だと自称しているのだ。


「……えっと、この話は無かったことで。すいません」


 求人内容は魅力的だったが、今回は見送った方がよさそうだ。

 恭一は丁寧に頭を下げると、急いで玄関に向かって歩き出す。


「ええっ、待ってください! 由井恭一さんが思っているような怪しい仕事じゃありませんから!」


 背中越しに声をかけられ、玄関に向かう恭一の腕を掴むと必死に引き留めようとしてくる自称女神のミディアさん。


「自分で怪しいって言ってるじゃないですか! 離してくださいよ!」

「お願いだから最後まで話を聞いてください! それに、由井恭一さんは仕事がなくて困っていたじゃないですか!? お金だってちゃんと支給されますし、住む場所も提供しますから!」

「うっ……」


 図星を突かれ、言葉が詰まる。

 確かにミディアさんの言う通り、今の恭一は仕事がない上にアパートを追い出された身だ。せめて住む場所くらいは確保しておきたい。


「……わかりました。話を聞かせてもらいますから手を放してください」

「ありがとうございます! それでは、まずは私が本物の女神である証拠をお見せしますね」

「えっ!?」


 ミディアさんは満面の笑みを浮かべると、指をパチンと鳴らす。

 すると、彼女の体が眩い光に包まれ、次の瞬間には金髪碧眼へきがんの少女が姿を現した。年の頃は十代半ばといった感じで背丈は低く胸元が膨らんでおり、幼い顔立ちとは裏腹に妙に色気のある体つきをしている。


「これでボクが女神だって信じてもらえたかな、由井恭一クン?」

「は、はい。疑ったりしてすみません。ミディアさん……様?」


 恭一は立ち上がって慌てて頭を下げる。

 目の前の少女が本物の女神かどうかはわからないが、少なくともミディア様の姿が変化したのは間違いないのだから。


「あはは、わかってくれればいいんだよ。さて、話を戻そうかな。恭一にはボクが管理を任されている世界で宝箱の中身を渡すという仕事をお願いしたいんだ。どうかな?」

「どうと言われても、正直よくわからないというか……」

「ふむ、それもそうだよね。とりあえず、詳しい話は現地に向かいながら話すことにしようか」


 ミディア様は笑顔を見せると、再びパチンと指を鳴らした。すると、恭一の足元に真っ白な魔法陣が出現する。


「えっと、これはいったい……」

「大丈夫だよ。すぐに終わるからね」


 戸惑っている間にも魔法陣の輝きが増していき、やがて視界は白い光で覆われてしまう。そして、恭一の意識はそこで途切れてしまった。



 ☆☆☆



「……う、うーん」

「目が覚めたようだね。気分はどうだい?」


 不意に声をかけられ視線を向けると、そこには純白の衣装に身を包んだミディア様が立っていた。これが女神様の正装なのだろうか。


「あ、はい、特に問題はなさそうです」

「それならよかったよ。やっぱり恭一には適性があったんだね」

「適性……。あの……ここはどこなんですか?」

「ここかい? ボクが管理している異世界リーナセイルにある迷宮の最下層さ」

「……ここが異世界……?」


 ミディア様に転移させられた先は薄暗い洞窟のような空間だった。壁際には松明たいまつが設置されており、淡い光が周囲を照らしている。


「これから恭一には異世界リーナセイルで働いてもらうんだけど、今のキミの姿は宝箱なんだ」

「……はい?」

「正確には恭一が所持しているスキル<宝箱>によって姿が宝箱に変化してるんだ。キミが異世界で仕事をしている間は、その恰好が続くから早く慣れてね」


 恭一は恐る恐る自分の姿を確認してみると、某有名ゲームに登場する宝箱の魔物にそっくりだった。外観は木製で装飾の類は一切なく、大きさも高さ五十センチほどしかない。頭や足は宝箱と一体化しており、蓋の隙間からは薄気味悪い二本の痩せ細った腕が伸びていた。


「……これって本当に俺ですか?」

「うん、間違いなく恭一の体だね。ちなみに、恭一には<パンドラ>っていうボクの加護が付与されてるから、その能力を使って経験を積めば宝箱の等級ランクが上がっていく仕組みになってるよ」

「経験ですか?」

「簡単に言えばレベル上げみたいなものだと思ってくれればいいよ。そのためには誰かに箱を開けてもらうか、魔物を倒すこと。そうすれば恭一のランクが上がるし、宝箱の中身も豪華になるからね。まぁ、色々と試してみるといいよ」


 ミディア様の話を聞いているうちに、恭一は徐々に状況を理解してきた。

 どうやら、異世界リーナセイルで宝箱の魔物として、ゲームのような生活を送らなければならないらしい。


「なるほど、わかりました。えっと、最後に質問なんですけど、俺って元の世界に帰れますよね?」

「もちろんだよ。心の中で念じれば、いつでもアパートに戻ることができるから安心して。さっきのアパートだけど恭一の名義になってるから家賃を払わないと追い出されちゃうよ?」

「ちょっ、そういうことは先に言ってください!」


 恭一は慌ててアパートの部屋を思い浮かべながら必死に帰りたいと願う。すると、次第に意識が遠退き始め、気がつけば元いたアパートに立っていた。


「あはは、ごめん、ごめん。でも、これでボクの仕事について理解してくれたかな」


 隣では真っ赤なジャージ姿のミディア様が楽しげに笑っている。現実世界ではこの姿がデフォルトらしい。


「先に家賃を払ってきます!」

「はーい、行ってらっしゃい! 晩ご飯もよろしくね」


 ミディア様から預かった三万円を握りしめてアパートの扉を開ける。

 こうして、由井恭一の新たな人生が始まったのであった。

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