エピローグ 上
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サイド 剣崎 蒼太
胸に抱く彼女の『黒髪』を見下ろしながら、その呼吸が荒くとも聞こえる事に内心で安堵する。
「聞かせてほしいなぁ、君がなぜ、『私』に気づけたのか」
転がった首は、いつのまにか褐色の肌へと変わり、邪神の貌へと変わっている。
それを横目で一瞥し、力なく口を開く。答え合わせが必要と言うのなら、応えよう。彼女の、これからの為にも。
「違和感は、最初からありました」
「ほう」
「新城さんがやっていた術式では、絶対にビヤーキーは召喚できるはずがなかった。だというのに、召喚自体は成功した。その上で、そんな不可解な現象が俺の前というタイミングで発生した」
「あー、やっぱあそこは不自然すぎたかぁ」
首だけだというのに、切断面から血を流す事もなく転がったまま楽し気に話す邪神。
「それに、ずっと疑問だったんです。御身は、いったいどこから此度の戦いを観戦なされているのか」
「ふーん。続けて」
「神の内心を測れるほど、俺の視野は広くありません。その上で考えて……きっと、すぐ近くで眺めているのだろうと、思いました」
「メタうちかぁ。ひっどいなぁ」
やれやれと息を吐く邪神に、怒りすら浮かばない。あるのは、ただの虚無感のみ。
この戦いで、己の心を支えてくれた全てが虚構だったのだと知ってしまったのだから。
彼女には十中八九、今日までの記憶はない。邪神にどれだけの割合を憑依されて過ごしていたのかは知らないが、恐らく……。
「第一、この子の力は異常だった」
「そうだねぇ。体を借りるお代に、私の『目』を貸してあげていたからねぇ」
「それもありますが、それ以外の全てもおかしい」
「うん?」
「偶然であった女子中学生が、銃や爆発物の扱いに長け、鉄火場に踏み込める度胸もある。そのうえで、世界の滅びを防ぐために命を懸けられる善性を持ち合わせている。そんな事が、ありえますか?」
少しでも冷静に考えれば、ここまで都合のいい話などない。
父親に教わった?そんなはずがないだろう。自分の技量では嘘か否かを見抜けずとも、少し考えればありえない事だとわかってしまう。
己が常識から外れた存在だから、この世には異常が常識化しているなどという事はありえない。
「何者かの介入があった事は明白。先の疑いを補強する一助となりました」
「……うん。じゃあ、何故口に出して聞かなかったんだい?少なくとも、貴重な魔道具を消費する必要はなかっただろう?」
「『見立て』を、成立させるわけにはまいりませんでした」
「へぇ……」
見立て。魔法においては、切っても切り離せない基礎中の基礎。それ故に、その力は強く、多岐にわたる。
今回の場合は、『観測者』の有無。
見立てを成立させるうえで、『誰が』『何を』『何として』見るのかが重要となる。その中で、新城さんを自分が……『邪神の使徒』が己を転生させた邪神だと認識すればどうなるか。
口にする事で言霊とするわけにはいかない。もしも一言でも彼女を前に問いかけていれば、彼女の肉体は邪神の化身として作り変えられる。
放置して、問題を先延ばししても同じ事。長い時間人の身に邪神の断片が混ざっていては、塗り潰される可能性がある。自分達のように、最初から作られた者とは違うのだ。
同時に、内心で彼女が邪神でないと言い聞かせてきた。思念からでも、見立てが成立しないように。
……いいや。違う。これはただの願望だ。そうであって欲しいと、ただ願っていただけだ。
「……決め手は、御身から頂いたヒントでした」
『人を疑え』
魔瓦だけではないと、そう思った。この邪神が出すヒントだ、素直に受け取っていいはずがない。複数形を使わずに、『人』という大きな括りを使ったのだ。
同時に、『疑え』と言った事から、『現在自分が信用している人間』を対象に含んでいると考えた。
自分が、今生において最も信用している人物は……あまりにも濃すぎる日々を過ごし、暗がりに沈みそうな己を繋ぎ止めてくれた彼女において他にいなかった。
たとえ、それら全てが邪神によって操られた結果だとしても。それでも彼女がいたから自分は最後まで戦えた。
彼女が自分を覚えていなくとも。こちらが一方的に知っているだけだとしても。彼女には、人並みに平和な人生を過ごしてほしかった。
邪神を引きはがせたと言うのなら、もう自分が関わるべきではない。
類は友を呼ぶ。縁という言葉は魔法使いにとって深く、重い意味を持つ。自分が今後も関われば、自分同様この世の理から外れた者共が彼女のもとに集まってくるかもしれない。
であれば……これが、きっと新城さんと顔を合わせる最後となるだろう。そうしなければならない。
「おめでとう。合格だ、剣崎蒼太」
見れば、邪神の貌が徐々に崩れていくのが見てとれた。灰と変わっていき、風に流されて少しずつ散っていく。
「『一部間違っていた』が、十分だ。君も、新城明里も我の試練を乗り越えた者として認めよう。よくぞ我が顕現を防いでみせた。救世の英雄達よ。その知恵と武勇に賞賛を」
「一部、間違っていた……?」
自分の回答では不足があったという事か?何か、見落としが?邪神の企みがまだ残っている……!?
警戒心を強める自分に、半分ほど消え去った邪神の貌が嘲笑った。
「外れていたのは一カ所。『我はその娘の支配権をもっていなかった』。目を貸す以外は傍観者に徹していたとも」
「……は?」
完全に崩れ去り、一際強くふいた風にのって邪神がどこかへと飛んでいく。
それを呆然と見送ると、胸元から小さな声が聞こえてきた。
「……き、さん」
「新城さん!?」
慌てて彼女の両肩を掴み、体から少し離してその顔を直視する。
「ぐぅぅ……っ」
新城さんは呼吸こそ浅いが、潤んだその目はしっかりとこちらを捉えている。
「剣崎さん……」
「新城さん。俺が……わかるのか……!?」
彼女の声音は震えているが、迷いは感じ取れない。なんとなく、自分の知る彼女と変わらない気がする。
「吐きそうなんですけど……」
「なんで!?」
いや本当になんで?
「いや、今まで見てきたありえない存在の記憶が……フィルターが外れたみたいに一気に。原因は話を聞いていたからわかるんですが……」
「と、とりあえず落ち着いて」
「というか治療お願いします。私見ですが、右肩が脱臼。両腕の骨にヒビ。専門ではないので他にもダメージがあるかも……メンタルと体へのダブルパンチがマジでやばい……」
「わ、わかった」
指輪を消費し、彼女の怪我を治療する。
炎が彼女を包み、数秒程で消え失せる。そう言えば、最初に出会った時もこうして治療していた気がするな。ほんの数日前の話なのに、もはや懐かしくさえある。
「あー……死ぬかと思った。肩を剣崎さんに掴まれた時は痛みで意識飛びましたよ」
「え、あ、ごめん」
「いいえー」
肩をグルグルと回して調子を確かめた後、新城さんがこちらに目を向けてくる。
「それにしても……剣崎さん、私の活躍を邪神とやらのおかげと思っていたのですか?」
「う……」
まさにその通りなので、非難の目に対して返す言葉もない。
大きく、露骨なまでに呆れた様子でため息をついた後、新城さんが『やれやれ』と首を振る。
「私が女神の如き美貌と天才的知啓を持ち、なおかつ軍神のような勇猛さをもっているからって……いくら私がアテネとアルテミスとヘスティアの良いとこどりみたいな完璧美少女だからって……」
お前それギリシャで言ったら三回ぐらい秒で天罰くだるからな?
よく邪神とは言え、神の実在を知った後にそんな事が言えるな。自分を神に例えた奴とか碌な事にならんぞ?ギリシャ神話パイセンもそうだそうだと言っていた。
「この古今無双としか言いようのない活躍は、『目』以外両親から授かった才覚と自分自身の努力によるもの。それを否定されるのは少々癪ですね」
「それは、本当にすまない」
自分の様に神から特別な力を与えられただけの存在ではなく、彼女は努力でもってここまで走りぬいたのだ。それを否定するのはよくない。特に、自分のような輩は。
……いや、けどやっぱ普通に考えたら邪神の介入疑うじゃん。なんだよ、『お父さんにハワイで教わりました』って。魔法の言葉ちゃうんやぞ。どこの名探偵だ。
「はー……やはり私は黒髪でも可愛い。美しい。銀髪もよかったですが、こっちだと清楚さがあふれ出ますね」
いつの間にか取り出した手鏡で自分の顔を確認し、自我自賛を繰り返す新城さん。相変わらず過ぎる。その行動が、彼女が自分の知る新城さんなのだと教えてくれる。
「は……」
「うん?」
「はははははははは!」
なんと、自分は馬鹿だったのか。いや、これは。道化としか言いようがない。
だが、自分の思い違いがここまで心地よいと感じたのは初めてだ。
「時に剣崎さん」
「ああ、どうしって!?」
突然新城さんに胸倉を掴まれ、顔を引き寄せられる。
頭一つ分ほどの身長差が縮められ、彼女の整った顔が目の前に来た。スッと通った眉は顰められ、碧の大きな瞳は見開かれてこちらをねめつけている。
端的に言って、漫画に出てくるチンピラみたいにメンチをきっていた。
「もしかしてですが、私の記憶がここ数日分なかったら、何も言わずにどこか行くつもりでした?」
「え……いや、ちゃんと自分がいた痕跡は消してから……」
「なお悪いわ!」
「はい!?」
やべえ。なんかわからんけどめっちゃキレてる。
「改めて手を組んだ時、約束しましたよね?剣崎さんが困っていたら私は気まぐれで助けて、私が困っていたら剣崎さんは身命を賭して全身全霊で助けると」
「あ、ああ」
なんか少し盛られている気もするけども。
「なのに、は?記憶にないからって踏み倒すつもりだったんですか?舐めてるんですか?」
「い、いや。もしも何かあれば、俺は君を助けるつもりはちゃんと」
「逆!逆の方を無視しているってのが気にくわないんですよ!」
よりいっそう顔を近づけて、新城さんがこちらを睨み付けてくる。
「貴方が!困っている時に私が助けられないじゃないですか!」
「えっ」
「なんですか、私の力なんていらないと!?随分と傲慢ですねぇ、転生者様とやらは!」
「そ、そんな事は」
「こちとら天然物のスーパーパーフェクト美少女ですよ!転生チートがなんぼのもんじゃいって話しなんですよ!」
勢いよく掴んでいた手でこちらを突き飛ばし、逆に数歩後退る新城さん。彼女はそれを気にした様子もなく、腰に手を当ててこちらの顔を指さす。
「泣いて助けを乞いなさいこのすっとこどっこい!私と貴方は『対等』です!片方が一方的に助けられる間柄じゃないんですよ、こんちくしょう!」
長い黒髪を振り乱し、新城さんが怒鳴り散らす。
その姿は本気で彼女が怒っているのだと伝えてくるほど、鬼気迫るものがあった。
「返事は!?」
「は、はい!」
「よろしい!」
ムフー。と鼻で息を吐き出す美少女。
なんというか、なんと表現すればいいんだ。この子。
「さて、では早速助けてもらうとしましょう」
「え、この流れで?」
「うっさいですね。お願いしますよ。ショットガンを全弾撃ち尽くしたあげく、壊れたから置いて来ちゃったんですよ……お父さんを誤魔化すために手を貸してください!」
勢いよく頭をさげる新城さんに、思わず笑いがこぼれる。
「ああ。わかった。じゃ、早速行こうか、新城さん」
現在東京都の人払いは済ませてあるが、いつ人が戻ってくるかわからない。なんせ規模と人数が凄まじい。人斬りの脅迫もどこまでもつか。
ああ、魔瓦に人質にされていた少女の保護もしなければ。
「おっと、その前に剣崎さん」
「うん?」
屋上の出入り口に向かおうとする自分を、新城さんが呼び止める。
「いい加減、苗字呼びやめませんか?煩わしい」
「あー……」
困った。前世と今生を含めて、身内以外の女性の下の名前を呼んだ覚えがない。それこそ、物心つく前ぐらいではないだろうか。
というか、現状下の名前呼びをしている異性は義妹しかいない。悲しきかな、我が人生。
「ほら、私は蒼太さんと呼ぶので。カモン」
バッバと両手を動かす新城さんに、一回深呼吸をしてから、口を開く。
「えっと……明里」
「………はぁー」
なんかめっちゃ深くため息をつかれた。
「え、え?」
「そこで呼び捨てにするとか……はー」
「ご、ごめん。いや、流れ的にそんな感じかと」
「私だからいいですけど、他の女性にそれやったら、最悪殺されますよ?」
「そこまで!?」
「はー、まったく。私相手なら、まあ許してあげましょう。けど、名前で呼び捨ては今後気を付けてするように」
「わ、わかった」
一瞬、『ラノベでいうツンデレでは?』とも思ったが、流石にそれはないだろう。しん……明里だし。
「じゃ、行きましょうか。私のドラテク見せて……あ、ダメだわ。乗って来た車、廃車確定なんだった」
「どんな運転したんだ……」
「しょうがないでしょうが右肩ぶっ壊れて左手もヒビはいってたんだから!ヘルメットの大切さが身に沁みましたね。というかあの障壁、ヘルメットの外側じゃなくって内側に出るんですね」
「基本体表に障壁を張る感じだから……」
満点の星空の下。二人でのんびりと広い屋上を歩く。
「あ、そうそう」
明里がゆるりと振り返り、黒髪を風に弄ばせながら少し悪戯っぽく微笑んだ。
「メリークリスマス、蒼太さん」
「……ああ、メリークリスマス。明里」
クリスマス。ロマンチックな空気なんて欠片もなく、この後ゾンビやら化け物の死体だらけの所を歩き回ったり、意識のない少女をこっそり警察や消防のいる所に置いてきたりと、ただでさえ疲れ果てている体に鞭打って回ったわけだ。
彼女の家に今日も泊めてもらい、朝日が昇る頃に来客用の部屋で布団に寝転べば、これまでの疲れがどっと出てきた。主に精神面。
……この邪神が開いた血まみれの降誕祭を、たぶん自分は一生忘れない。忘れられないし、忘れるわけにはいかない。
人を殺した。人に殺されかけた。人の死を見てきた。人の死を悲しむ人を見た。
いかなる理由があれど、自分は多くの事をした。人斬りの遺品やらなんやら、やる事も残っている。
だけど。それでも。
この充実感も、きっと一生忘れない。
12月25日。人の世は、もう少し続いていく。
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