第23話 人斬り

第二十三話 人斬り


サイド 剣崎蒼太



 バトルロイヤル六日目。二十三日の朝。


 魔法陣について、途中からそれぞれの作業が終わった自分や魔瓦も加わった上で丸一日かけて考えた結果。『一回貯蔵した魔力を放出させるしかない』となった。


 つまり、一回は邪神を召喚しなければならないのだ。


 だが何も普通に呼び出してやるつもりは毛頭ない。というかあちらの用意した手順通りに召喚されると詰む。


 まず『最終日に複数人残っていた場合』については、術式が発動している最中にランダムで魔力が徴収されるからだ。だから『召喚の術式が機動した直後に魔法陣を破壊すれば間に合う』。


 次に『召喚してしまった邪神』について。こちらは『術式を中断させる』方向で行く事となった。というのも、魔法陣の主な役割は『門』を作る事。術式の起動直後に魔法陣を破壊すれば中途半端な所で召喚は途切れる。それこそ、指先程度までしか出てこないぐらいに。


 術式の主な役割があくまで『門』の形成である事が、魔力の徴収が発動後となる原因でもある。いざ実際に邪神を召喚しながら、奴の大きさや形に合わせて門を拡張、変形させる必要があるからだ。


 ぶっちゃけこの術式を考えた奴は頭のいいアホだと思う。いや、適当に作ったのか?


 最後に『魔法陣の破壊方法』。これは一番簡単だ。自分か魔瓦が直接、術式起の直前に魔法陣のある企業に乗り込めばいい。今更普通の人間が百や二百妨害してきた所で、強引に突破は容易い。


 ただし、当然問題はいくつかある。その最たる点は『召喚した邪神の処理』だ。


 正直、邪神と自分達転生者で存在の格があまりにも違い過ぎる。それこそ、自分達など奴にとっては指一本分の価値があるかどうか。


 召喚を打ち切り一部だけ顕現させたとして、その一部をどうにかするのが難しい。一応浮かんでいるのは、『自分が自壊覚悟の最大最高火力を召喚直後の邪神の一部に叩き込む』だ。策とすら呼べない力押しである。


 邪神とは言え神格。とてもじゃないが人間が太刀打ちできる相手ではない。それが神様特製の人間でもだ。


 ……一応、考えがないではない。だが、それは本当に最後の手段だ。出来る事なら避けたい。


「あぁ……すみません。もう私は天才美少女を名乗れません。これからは秀才美少女と名乗ります」


「微妙に図々しいな……」


 机に突っ伏して嘆く新城さんにツッコミをしてしまうが、反論がない。いつもならこちらの心を抉る様な返しがくるので、本気でへこんでいるようだ。


「まあしょうがないとしか言いようがない。なんせ時間が無さ過ぎる」


「しょうがないじゃ済まされませんよぉ」


 新城さんの言う通り人命どころか世界がかかっているのだから、しょうがないでは済まされない。だが、そうとしか言いようがない。


 これがせめてもう半年……いいや一カ月あれば、何か妙案が浮かんでいたかもしれない。あるいは、どこかの機関に協力を取り付けられたかもしれない。だが、全てがたらればの話。とにもかくにも時間が足りないという現実に変わりはないのだ。


 誰が悪いって言ったら邪神が悪い。マジで無駄にある奴の顔面焼き潰れねぇかなほんと。


「どうしましょうか……」


「……強いてさっきの案に付け加えるなら『魔瓦のサポートも組み込む』ぐらいだな」


 邪神と言えどこの世に顕現するなら物質的な存在へと変化するはず。なら、殺せるかは別として壊せないはずがない。


 魔瓦に迷宮を溶鉱炉みたいにしてもらって、そこに自分が最大火力を……という予定ではある。


 ただし、神格の強度というものがどの程度かはまったく予想できない。


「不安しかない……」


「俺もだよ。だけど、神様をどうにかしようだなんて無理を押し通すんだ。不安でもやるしかない」


 本来、神様とは『崇め、奉る存在』だ。人間が打ち倒したり追い払ったりする存在ではない。


 一番いいのは舞でも奉納して満足して帰ってもらうのだが……邪神だしなぁ。鬱映画も真っ青な胸糞光景を見たら帰ってくれるのか?絶対に嫌だ。


「……これ以上ここで考えてもあれですし、魔瓦さんと合流しますか」


「そうだな。人斬りについても話したいし、邪神についても作戦を詰めておきたい」


 一応、確認しておきたい事もあるからな……。


 外出の支度を終え戻ってきた新城さんに、ペンダントを投げわたす。


「おっと、え、なんですかこれ」


「一応家から持って来て、昨日ついでに調整した魔道具だ。気休め程度にはなる」


 シルバーの鎖に紅い雫のペンダント。デザインについては勘弁してほしい。アクセサリーの知識なんて何もないのだから。


「はぁ、ちなみに効果は?」


「自爆装置」


「叩きつけますよ!?」


 手に持ったペンダントを振り回し、じりじりと近づいてくる新城さんを手で制す。


「待った待った。メインの機能は結界だから。防具だから」


「……詳しく」


「一定以上の速度で近づく物体、魔力に対して自動で障壁を展開する。ただし一回防いだ後でもゆっくり近づかれたら突破されるから。組技とか絞め技には無力だと思って」


「強度は?」


「そこそこ。俺が本気で殴ったら一回はギリ防げるかなってぐらい」


 バトルロイヤルが始まって金原やアバドンと戦ったせいで、自分の腕力への自信がなくなりつつあるけど。


「ハンドガンぐらいなら余裕と。わかりました、使わせてもらいます」


 不機嫌そうに手に持ったペンダントをこちらに差し出してくる新城さん。はて、使うと言いながらなんで返してくるんだ……?


「つけてください」


「えっ」


「女性にペンダントを送るなら、つけてあげるぐらいの甲斐性を見せてください」


「そ、そういうものなの?」


「そういうものです」


 違うと思う。違うと思うが本人がやれと言うなら、いいのか……?


 髪をかきあげてうなじを晒してくる新城さんに、震える指先でペンダントをつける。やべぇ、めっちゃいい匂いする。


「ありがとうございます」


「いえこちらこそありがとうございました……」


「なんでそっちがお礼を言っているんですか気持ち悪い」


「酷い!?」


 もうこっちの心を傷つけるのが趣味になってない、この子。


 少しムスッとした顔でペンダントを弄る新城さんに、一応注意事項を伝えておく。


「あ、強く握って『解』って言えば爆発するから」


「本当に自爆装置!?」



*        *         *



 新城さんと共に、駅近くの路地へと向かう。そこで魔瓦の門が開く手筈となっている。


 東京駅周辺は人でごった返している。元の旅行や通勤のそれではなく、未だにアバドンの破壊に巻き込まれた人達の捜索のために、といった理由でだ。


 当たり前と言えば、当たり前か。東京湾周辺が崩壊して、まだ数日。その傷が癒えるはずもないし、見つかっていない人も多い。このふざけた戦いがなければ、自分も手伝いに行くべきかもしれない。


 そう思いながら路地に入っていくと、ほどなくして新城さんがこちらの袖を引っ張てくる。


「新城さん?」


「います。人斬りです」


「っ!?」


 瞬時に鎧を身に纏い、昨日のうちに再生した剣を手に取る。どこだ、どこにいる。


 意識を集中して、第六感覚を研ぎ澄ませる。すると、眼前数メートル先に朧気ながらも異質な気配を感じ取った。


 たったこれだけの距離まで近づかれて気づけなかった。やはり、こいつの能力は危険すぎる。


 新城さんの前に出ながら、意識を張り巡らさせ続ける。予想でしかないが、人斬りは分身、または分裂能力を有している可能性もあるのだ。一方向だけを注意していては足元を掬われる。


「出てきたらどうだ、人斬り」


 背後で新城さんがスマホを操作しているのがわかる。魔瓦に連絡をとっているのか。


 こちらの声に応えたのかは知らないが、空気ににじみ出るように一人の女性が出てくる。


 上下ともに黒の袴姿。腰には一振りの刀を提げ、草履で歩いているが足音どころか着物が擦れる音も聞こえない。そこにいるはずなのに、まるでいないみたいだ。


 海藻みたいな髪の隙間から覗く目は黒く濁り、酷いクマがはっきりと出ている。整った顔立ちは無表情で、白すぎる肌もあって死人のようだ。


 本名不明。年齢不明。経歴不明。世界中で『殺し屋』と問われれば真っ先に出てくる存在だというのに、謎に包まれた人殺し。『人斬り』がそこにいた。


「……戦闘の前に、話したい事がある」


 刀も抜かずにただ立っているだけなのに、隙が無い。自分とは技量が違い過ぎる。


 単純なプレッシャーなら金原やアバドンの方がよほどある。だが、『剣士』としての実力は圧倒的なまでにこいつが上だ。これほどの剣士は見た事もない。それが第六感覚越しに伝わってくる。


「わかった」


「少しでいいからこちらの……」


 魔瓦の門が出来るまでの時間稼ぎ。それとこの殺し合いを避けられるかもしれないという淡い願望のもとした提案は、驚くほどあっさりと承諾された。


「話し会いに応じよう」


 無表情のまま、ゆっくりと人斬りが腰の刀を鞘ごと引き抜くと、こちらに無造作に放り捨てた。


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