第17話 見立て
第十七話 見立て
サイド 剣崎蒼太
「……一度新城さんの家に向かおう。君を送り届けたら俺は地下を探る」
「え!?いや人斬りと金原さんって人はどうするんですか!?」
「悪いけど金原は頼んだ。人斬りは気になるが、俺はこっちを優先する」
というか人斬りについては現状探しようがない。奴の隠密を見破れるのは新城さんしかいないのだが、それはあくまで『視界内にはいったら』という条件が付く。
東京は戦うには狭いが歩き回るには広い。それに昨日の件で人がごった返していてまともに捜索できるとは思えない。
最初頭に浮かんだ『自分が金原を探し、人斬りを新城さんが』というのは流石になしだ。彼女を一人で歩き回させるのは危険すぎる。
「で、ですが人斬りを放置するのは」
「わかってる。けど、たぶんこの地下の血には邪神が関わっていると思う。このまま奴の思惑通りにいかせたくない。もしかしたらこのバトルロイヤルに関わる何かがあるかもしれない」
このまま奴の思惑通り殺し合いを続けていいのか?
言語化まではできないが、言いようのない気持ち悪さがある。この戦いにいったいなんの意味がある。転生する際、『自分に何をさせたい?』と問うたら邪神は『娯楽』と言っていた。
ただこの戦いを観戦して、愚かな人間どもが右往左往するのを眺めるだけ?なにか、なにか違和感がある。
もちろんバトルロイヤルも続けるつもりではある。この言葉に出来ない不安感に全賭けするのは流石になしだ。
ただ、それはそれとして情報は欲しい。地下を放置は出来ない。
「……わかりました。けど地下に何があるかわかりません。くれぐれも気を付けてくださいよ?」
「ああ。そっちも気を付けて。家の中だからって気を抜かないように」
* * *
新城さんを家に送り届け、自分は例の地下に。本来なら梯子が必要な高さも、この肉体なら軽く跳べる。こういう時は便利な体だ。
少し進めば日の光も届かない暗闇を、新城さんの家から借りた懐中電灯で照らして進む。ついでにスマホも携帯式バッテリーをつけて撮影。
念のため鎧も身に着けて進むこと三十分ほど。途中何度か壁にあたったが、壊すか第六感覚と魔力の流れを追う事で隠し扉を見つけて歩き続けた。現在なにかしらと遭遇する事もなく、鎧の金属音だけが地下に響いている。
「ふむ……」
一度立ち止まって、ゆっくりと周囲を見回してみる。
なんとなくだが、この線は曲線を描いていないか?赤さび色のこれはどう考えても血液だ。それも、恐らくだけど人間の血。
人の血、曲線、魔力……どう考えても、人の血を使って魔法陣を書いているとしか思えない。
一応もう少し進むと、また壁にぶつかった。壊して進むかと一瞬思ったが、どうにもほかの壁とは違う気がする。
軽く壁をノックして、更に魔力を探る。
「誰か、いるのか……?」
こちらに気づいた様子もないが、壁の向こう側で人が複数動いている気がする。詳細はわからない。だが、入れ替わりが激しいし囚われているという感じではない。
……突入して事情を吐かせるか?
いや、そこで戦闘になって金原に気づかれたくはない。奴と一対一の遭遇戦なんてごめん被る。それに、これが邪神の企みだとするなら『邪魔をするな』と攻撃が飛んでくる可能性もある。それは避けなければ。
来た道を引き返し、魔力を抑えながら歩いて行く。そうして最初に入った穴につくと、一度地上にあがって先ほど突き当たった方角を見てみてみた。
上部分が吹き飛んだビルが見える。元はかなり大きかったのだろう。あの状態でもここから目視で確認できた。
念のためスマホで写真を撮った後、地図アプリを起動してなんのビルか調べる。
……聞き覚えのある会社だ。何度かテレビのCMを見た気がする。確か製薬会社だったか?
新城さんに会社名と一緒に『地下の線に関係あり』とだけメールをしておく。そして、また地下に潜っていった。
* * *
新城さんの家で彼女と合流し、情報を共有する事にした。
半日ほどかけて地下を探った結果、やはりあの線は円を描くように仕込まれている。途中最初のも含めて五カ所の会社に突き当たったが、適当に円を描いたならこの辺とあたりをつけて地下に潜れば線に突き当たるのだ。
……それを探る為に、勝手に地面を拳で叩き割った場所もあるけど。修理する人ごめんなさい。
円の上に会った五カ所の企業はそれぞれ別の会社だ。だが、なにやらここ数年ほど突然提携したり共通の趣味とか言って社長同士で集ったりと仲が良いらしい。それこそネットで噂されるぐらい不自然に。
地図アプリに線を書き込んでいき、円を描いた後適当に魔法陣を書き込んでみる。発動する魔法によって記入内容は変わってくるが、基本は変わらないはずだ。円を描き、中央に触媒を置く。
そうして浮かび上がった中央には、先の五社とこれまた仲がいいらしい大企業が。ここまであからさまだと逆に不安になってくるな。
「……剣崎さんの話を信じるなら、その神様って気分屋なんじゃないですか?」
「気分屋?」
「はい。隠れて何かやるって決めたら、最初のうちは徹底して隠す。けど、誰も見抜いてくれないのはそれはそれで面白くない。だから、途中からは手を抜いたりあえてヒントをばら撒いたりするタイプ、とか?」
「確かに……そんな気はする」
言われるとストンとくる。まあ、神の人格……神格?なんぞ計り知れるものではないが、自分と会話した時の邪神はそんな雰囲気だった。
「けど、この魔法陣で何をするつもりなんですかね」
「……たぶんだけど、『降臨』するつもりなのかも」
「へ?」
奴はわざわざ『クリスマス』やら『降誕祭』と口にしていた。それが妙に気がかりだったのだ。
最初、クリスマス直前をバトルロイヤルの開催期間にしたのはただの気まぐれかあの宗教への当てつけだと思っていた。
だが、この魔法陣を見た後だと違う思惑がある気がするのだ。
「クリスマスは降誕祭。そして、あの宗教において信仰される神は知っているか?」
「え、ええ。あの四文字の方ですよね」
「その神様を、あの邪神の宗教ではとある邪神と同一視する考え方がある」
この並行世界の日本では、クトゥルフ神話はかなりマイナーだ。いや、前世でもそこまでメジャーじゃなかったけど。少なくともそれを題材にアニメやゲームはほとんど出ていない。その分、Wikiの日本語版はかなり少ない。
だが、調べられない事はない。転生の際に奴の正体を感じ取った自分は、ネット環境に関われるようになってからはある程度クトゥルフ神話を調べるようになった。
その際に知ったのだが、かの神話にはヨグ……邪神を普通に名前呼びするの嫌だな。とりあえず『クラッシャー斎藤』とでも呼んでおこう。
この邪神の子が某宗教の某聖人だと言う説が唱えられているのだ。
「え、初耳なんですけど」
「そりゃあの宗教が認めるわけないし、クトゥルフ神話はマイナーだ。というかこじつけじゃね?とも思えるし」
「……こじつけだったら意味がないんじゃ?」
「いいや、魔法ではそういう『見立て』は大きい」
「みたて?」
「そうだ」
見立て。魔法業界において一番有名なのは『呪いの藁人形』だろうか。藁で作った人形に対象の髪の毛などを入れてそれを『呪いたい相手と見立てる』のだ。
呪い以外だと人型のお守りを用意して厄をそちらに集めたり、庭を周囲の地形そっくりなジオラマにして占いに使ったりだ。
「今回の場合、あの聖人の降誕祭を強引に『あの邪神の子を奇跡の子として降誕させる』ものに変えるつもりだと思う」
「で、できるんですかそんな事」
「できちゃったみたいなんだよなぁ……」
いやほんと、なんでだろ。
……考えたくないのが、この転生者同士の殺し合いが儀式なのかもしれない。ある意味『バタフライ伊藤』の生み出した自分達は奴の子供と言えるかもしれない。それらが奴の言った通りに殺し合う様は、『生贄の儀』と解釈は出来る。
これもかなり強引なこじつけだけどな。
「じゃあ、その邪心の子供がクリスマスに召喚される、とか?」
「その可能性もあるけど、俺を転生させた方の邪神がくるかも」
「え、剣崎さんを転生させた神様がその邪神の子供?」
「いやいや、むしろ『バタフライ伊藤』は『クラッシャー斎藤』の叔父……伯父?にあたる。ただし、『バタフライ伊藤の子供』が『クラッシャー斎藤』の部下の一柱でな」
「ええ……ちょっとわけわからなくなってきました……」
「俺もだよ……」
邪神を召喚しようとして化身や臣下が出てくる可能性は普通にあると思う。ついでに言えば、神話では親子で同一視される例は多い。そこを利用して『子供の代わりにクラッシャー斎藤』が出ようとし、その臣下である『バタフライ伊藤の子と奴が同一視される事で奴自身』が出てくる……かも。
あの邪神がこれだけ準備をして他人ならぬ他神を現世に送り込むわけがない。その店は確信がある。
「たぶん……本当にたぶんだけど、あの邪神からしても今回の召喚は賭けなんだと思う。当たったら面白いな程度の」
本当にふざけた話だ。なるほど、確かにこれは奴にとっての『娯楽』なのだろう。
転生者同士の殺し合いを鑑賞し、それを肴に自分の賭けが成功するかをワイン片手に楽しんでいる。
「いや、私が混乱しているのは突然出てきた『バタフライ伊藤』とか『クラッシャー斎藤』とかいう謎の単語なんですが」
「邪神の名前だ。ニャル何某とかヨグ何某とか言いたくないから命名した。出来るだけクソダサい呼び方をしようと努力した結果だ」
「邪神への悪意しかない!?」
むしろどうやって好意をもてと?
「とにかく、このままバトルロイヤルをやっていくとこの世界に邪神が召喚される可能性が高い。こっちからは以上だ」
「今のうちにその魔法陣とやらを壊しませんか?」
「……やめといた方がいい。これだけの規模だと少し欠けた程度なら大した意味はないし、大規模に妨害しようとすれば邪神からアクションがあるかもしれない。それこそ、他の転生者に殺させようとしたりな」
アバドンや金原のように討伐対象に指定されるかもしれない。このタイミングだと褒賞目当てと前回アバドンを仕留めて新しい固有異能を貰った自分を袋にしようと思われるかもしれない。
まあ最悪なのは『バタフライ伊藤』直接殺しにくる場合だ。ないとは思うが、もしもそうなったら勝ち目はない。
「もしも魔法陣の破壊に踏み切るなら最終日か、他の転生者に話を通してからだ」
「そう、ですか……じゃあ今度はこっちの情報です。金原さんの現在地がわかりました」
「え、もう?」
「はい。目立ちますし本人も隠れる気がないみたいだったので」
そう言って新城さんがノートパソコンを机に置き画面を見せてくる。
「彼女は『帝都ホテル』の最上階をワンフロア丸々貸し切りにして休んでいるみたいです」
「馬鹿じゃねえの……」
「私もそう思います」
どこからそんな金とコネが、というのは置いておくとして。なんでこの状況でそんな目立つ所に?
狙われても返り討ちにする自信があるのかもしれないが、平和だなんだと言いつつ一般人を巻き込むのにまるで頓着していない。本当になんなんだあいつ。
「とりあえず、魔法陣の件と金原の事を魔瓦さんに共有するか」
「そうですね。あ、それともう一つ」
「うん?」
新城さんがパソコンを操作し、別のページを出す。
「こんなサイトがあったんです」
「これは……」
表示されたのは、飾り気もなく必要最低限しか整備されていないサイト。内容は『人斬り代行サービス』。
現代社会において、『人斬り』と言えばあの女をさす言葉として扱われている。奴のふりをして注目を浴びようとする輩は五万といるが、これもその一種か?
「最初なにか悪ふざけかと思ったんですが、殺しの依頼があった日時、その達成報告、そこに実際あった事件を探してきて比較したんですが……」
「まさか、一致したとか?」
「はい。実行犯でしかわからないはずの事が、殺しの達成報告として書きこまれています」
思わず頭を抱える。
昔から、人斬りは金で誰でも雇う事が出来ると言われていた。その選考基準はあまりにも緩く、大統領の暗殺から夫婦間の保険金殺人まで。
あげくの果てには報酬は全て『依頼者のいい値』。最低金額でたったの一円で実行した場合もあるとか。
その依頼用のページが普通にネット上に転がっていたのか?
「まあ各国政府もページが立ちあげられる度に閉鎖していますから、見つけられたのは運でしたけど。問題はここです」
新城さんが指さした箇所には、『現在依頼遂行中のため新たな依頼は予約のみとなっています』と書かれていた。
「人斬りの噂として、彼女は『早いもの順』で依頼を受けると言われています。そして、依頼者達へのコメントで『一番最初に出された依頼を遂行している』と」
「邪神が最初の依頼者、ってことか……」
これは……やっぱりまともに会話が成立する相手ではなさそうだな。
魔法陣の件を出して休戦と邪神降臨の阻止協定。できるなら現在生きている転生者全員に提案してそちらに専念したかったのだが……。
金原は完全にこちらを敵視しているし、人斬りは狂っている。まともに話が出来そうなのは魔瓦ぐらいか。
……『人を疑え』ね。
「ん?剣崎さんどうしました?」
「いや、なんでもない。行こう。のんびりしていられる時間はない」
魔瓦の迷宮に持って行くために用意したらしい新城さんの荷物をひったくるように肩に担ぐと、自分はため息をつきながら玄関に向かった。
ああ、まったく。
「きっついなぁ……」
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