第15話 剣崎の過去

第十五話 剣崎の過去


サイド 剣崎蒼太



「そ、そんな、一緒の部屋で寝るなんて……!」


「なに乙女みたいなリアクションしてるんですか、気持ち悪い」


「だから女子中学生の気持ち悪い発言がどれだけ凶器か考えて!?」


 色々あった後、新城さんと同じ部屋で寝る事になった。なんで?


「冷静に考えてくださいよ。ここ敵地ですよ?今は同盟を組んでいても、数日以内に破綻するんですから」


「そ、そんな。嫁入り前なのに……!」


「だからなんでそっちが乙女ポジ?」


 風呂上がりで上気した肌。しっとりと濡れた銀髪は胸の前に流されている。着ているスウェットはサイズがあっていないようで、かなりパツパツだ。特に胸。


 疲労のせいか眠たげな瞳がまるで流し目の様で、はっきり言ってエロい。全体的にエロい。この美少女スケベすぎる!


 やべえよ、ドキドキが止まらねえよ。え、この子と一緒の部屋で寝るの?確かにベッドは二つあるけど、だからってそんな……!


「あ、もしも変な事してきたら舌嚙み切った後出来るだけ惨たらしく死ぬので、そのつもりで」


「しないよ!?というかなんで!?」


「いや、腕っぷしで勝てないのはわかりきっているので、じゃあせめてメンタルに一太刀いれてやろうかと」


「発想が怖い……!」


 新城さんはこちらを呆れた目で見た後、大きくため息をつく。


「それより、色々お話ししたい事があるんですけど?」


「え、ああ、うん。その……優しくしてください」


「剣崎さん、キモイです」


「ごめんなさい許して……」


 つらい。心が、つらい……。


「とりあえず、同盟の内容って大丈夫そうですか?私視点だと問題なさそうでしたけど」


「あ、ああ」


 魔瓦との同盟内容は以下の通り。


・参加者が剣崎蒼太、魔瓦迷子の両名のみとなるまでを期間とする。


・互いに不要な詮索はなし。


・それぞれ自身の生存を最優先とする。


・残りが自分達のみとなった時点から一時間は互いへの殺傷を禁ずる。バトルロイヤル最終日時が残り一時間を切っている場合のみ、この項目は無効となる。


・片方がこの契約書を破った場合、『呪詛』を受ける。


 そしてその他諸々。大雑把で言うとこんな感じ。内容としては特におかしい所はない。契約書は魔法を用いた物なので、拘束力は多少だがある。転生者同士で魔力がでかすぎるから、ないよりはマシ程度だけど。


「俺も特に問題はないと思う。まあ最悪魔力のごり押しで破れるけど」


「え、契約書見た時えげつない魔力込められていたんですけど?」


「え?」


「え?」


 ……まあいいとしよう。


「あー、じゃあそっちはいいとして。お互い気づいた事いいですか?魔瓦さんについて」


「……そうだな」


 周囲を一瞥した後、小さく頷く。現在いる部屋は当然のように魔瓦の固有異能『魔宮要塞』の一室だ。名前だけ本人から聞いた。


 魔宮要塞は、まあ一言でいるとダンジョンみたいな物だ。物理法則とか質量保存の法則とかガン無視した複雑怪奇な構造をしており、まともな手段では踏破は不可能。解除は魔瓦の意思次第か彼女が死んだ場合のみ。


 この中では彼女の使い魔が召喚され徘徊をしている非常に危険な空間ではあるが、現状そこまで危なくはなさそうだ。


 あれから暫く経って魔力も三割ぐらい回復している。使い魔の強さもそこまでではないので、最悪力技で壁をぶち抜いていき、魔瓦に斬り込めばいい。


 この迷宮。方向感覚が狂いそうな構造をしているのだが、何故か魔瓦のいる方角だけはわかるようになっている。これは自分の異能関係なしに、ここに取り込まれた者共通なようだ。


 何より、迷宮内の様子を彼女はほとんど感知できない。ここでの会話も盗聴の心配はなさそうだ。


 以上が自分の調べた結果である。それを新城さんにかいつまんで説明した。


「なんか思った以上に調べてましたね……」


「命かかってるんだから誰だって必死に調べるわ……」


 いや本当に。自分でも普段ならないぐらい調べまわったぞ。魔法の知識フル動員して、第六感覚も酷使して。どうにかこうにか導き出したこの固有異能への対策を考えたのだ。ちなみに、たぶんだけどこの迷宮が解除されると取り込まれた場所に放り出されると思う。


 なので今魔瓦が死ぬと自分は金原に殴り飛ばされた場所に飛ばされるわけだ。流石にもういないと思うが、めっちゃ怖い。


「じゃあ今度は私から。といっても、『ここで』得られた情報はあんまりありません。というか、むしろ事前知識を混乱させるというか……」


「事前知識?新城さんは奴について何か知っているのか?」


「私と言うか、お父さんがですね」


 またお父さんか。もう一種の神話生物じゃないだろうな、その人。


「前に言った通りお父さんは警察官なんですが、偶に『真世界教』には気をつけろって言っていたんです」


 真剣な面持ちで語る新城さんに、無言で続きを促す。


 一応、自分もスマホで真世界教とやらについて調べはした。なんでも、魔瓦の言う通り最初はただの絵師志望の互助会だったらしい。


 だが、魔瓦が入会して五年後には新興宗教に変質。彼女を教祖とし、『本当の世界を描く』とかよくわからない事を言い出したそうだ。


 時折開かれる展覧会で展示される絵は普通の風景がや人物がから、異様な怪物や不気味で統一性のない奇怪な絵だったりもするらしい。少し絵の方も検索したが、半魚人やら灰色のブヨブヨしたやつとかが書いてあった。


 教祖である魔瓦の絵は意外な事に前者側。芸術についてはよくわからないが、普通に上手いと思える風景画がメインだ。


 教団としては政治家や社長とかを信者にもち資金繰りはいいらしい。代わりに、妙な噂もある。行方不明者が出たり、変な儀式を行っていたりだ。まあ、それらは噂程度でしかなかったが。


「私のお父さん曰く、あの宗教団体に関わった人が不審死したり行方不明になったりが少なくないらしんですよ」


「ふむ……」


「魔瓦が夜な夜な一部の信者とどこかへ行っているという情報もあるらしくって、かなり怪しいんじゃないかって」


「確かに、それは不気味だな」


 それだけ聞くと、頭のおかしい新興宗教が犯罪行為をやらかしているように思える。儀式とか言って人を殺したりとか。


 だが、違和感がある。


「そういう事で警戒してたんですが、どうも魔瓦さんが悪い人に思えないんですよねぇ」


「俺も、どうにもやりづらい……」


 本当にやりづらい事このうえない。


 鎌足は、分かり易い悪人だった。子供たちを人質に取り、こちらを罠の中でなぶり殺しにしようとしていた。こちらへの攻撃に一切の躊躇いがなかった事から、殺人の経験がないとは思えない。


 アバドンは、そもそも人間と思えなかった。どう見ても人外というか、怪獣。打ち倒さなければ被害が広がるだけの災害みたいなものと思えた。少なくとも、『人間』と戦っている感覚は一切なかった。


 金原は、狂人だった。言っている事もやっている事もわけのわからない狂人。そのくせ戦闘能力は規格外だから『自衛のため』『殺されないため』と踏ん切りがつく。やらなきゃやられる。


 だが、魔瓦はそれらがない。


 少し話しただけで彼女がお人よしで、どこか抜けていて、真面目で。そして、自分よりも弱い。容姿も化け物どころか幼いと言っていい少女の姿。


 接する時間が長いほど、彼女に向ける剣が鈍る気がしてならない。


「お父さんの情報が間違っているのか、はたまた彼女も誰かに操られているのか」


「……その辺は、今の段階だと読めそうにないな」


「ですねぇ……」


 下手な考え休むに似たり。というか、これ以上彼女の内面を知りたくない。数日以内に殺し合う相手の事など、理解したくない。


「まあ、私としてはそんな感じです。家探ししようにも、ここ広いんですよねぇ……」


「ああ、そうだね」


 この話はここまでとしよう。さて、となると……。


「なら、俺に聞きたい事があるんじゃないか?」


「え?ああ、剣崎さんってもしかして恋愛経験ないんですかとかその辺ですか?」


「唐突に人を傷つけるのはやめよう」


 なぜ年齢=彼女いない歴という悲しい事実を思い出させてくるのか。人の心とかないのか?


「じゃなくって、ほら、前世とか色々」


「ああ、そういえば魔瓦さんもなんか言っていましたね」


「かるっ!?」


 扱いが軽い。え、前世だよ?どう考えても転生者なワードだよ?もう少し気にならない?


「いやぁ、どうせ剣崎さん含めこのバトルロイヤル参加者全員転生者とか、主催者が転生をさせた神様とかそういう感じでしょ?」


「もしかして超能力者なお方で?」


「魔法使いですが?」


 ズバリ当ててくるじゃん。こわっ。


「あとはなんかチート貰ってるとか?それなら剣崎さんや金原さんのとんでもパワーも納得がいきますけど」


「えっと……卑怯とか、思わないんだ?」


「はい?」


 チート。文字通りの『ズル』。神様から他者と隔絶した力を、努力をしたわけでもなく受け取る。それがチート転生者というものだ。


 普通、そういう存在にいい感情は抱かないと思うのだが。


「何を言うかと思えば……前世の知識は知りませんけど、神様から貰った力ってようは才能でしょ?じゃあ羨む事はあっても非難する事ではないでしょう。それに」


「それに?」


「そういう意味では私ほどのチートはいません!この美貌!スタイル!魔法使いとしての才能!天は二物を与えずとは凡人の僻みでしかないと体現したのがそう、私です!」


「あ、はい」


 すげえ自信。そして魔法使いとしての才能以外はマジで否定できねえ。


 家、金持ち。容姿、抜群。健康、問題なし。もうこの段階で嫉妬の対象である。更に言えば、話を聞いた感じ親との仲も悪くはないみたいだ。


 ただ、親御さんがやけに家を空けがちだとは思うが。


「なのでそこはどうでもいいんですよ。あ、けど神様ってどんな感じでした?名前とかわかります?」


「銀髪褐色シスター。名前は『バタフライ伊藤』」


「すみませんちょっと知らない神様ですね」


「いや、祟られたらいやだから勝手にあだ名で呼んでる」


「それ逆に祟られるやつでは!?」


 いやぁ、たぶん大丈夫大丈夫。いけるいける。そこまで気にしないってたぶん。


「まあ邪神とだけ。関わると絶対碌な事にはならないぞ」


「おおぅ、覚えときます」


 いやほんと、あの神はやばい。関わらないに越したことはないと思う。


「あ、じゃあ剣崎さんの過去とか聞きたいですね、私」


「俺の過去?」


「はい。チート転生者でイケメンなのになんで童貞なんですか?」


「もしかして人を傷つけないと会話できない人?」


「そう気にしないでくださいよ。私も処女ですし」


 違うんだ。童貞と処女ではその価値は月とスッポンなんだ。


 けどそれはそれとして知り合いの美少女がそういう経験ないってなるとテンション上がるよね!


「……あまり、面白い話じゃないぞ?」


「まあまあ。よく考えたら私剣崎さんの事全然知りませんし」


「はあ……」


 お互い自分に割り振られたベッドに座って向かい合う。じっとこちらを見られると、遂視線を逸らしてしまう。風呂上がり巨乳美少女とか目を合わせられんて。


 頭を少し掻き、小さくため息をつく。


「前世では、あまり人付き合いは得意な方じゃなかった。それもあって周りにはなじめなかったんだけど、今生では幼馴染がいてな。そいつが人の輪に引っ張てくれるのもあって、今はそれなりに対人能力も上がったと思う」


「え、それでですか?」


「同性相手には普通に喋れるんだよ」


 美少女相手に耐性がついていると思うな。


「はえー……で、コミュ障どうこうだけじゃないですよね。彼女いない理由」


「……というと?」


「そりゃあそれだけ顔がよかったら、よほど選り好みしなければ恋人の一人ぐらいできるでしょう」


「……最初に言っておく。幼馴染は男だし、俺の中学も男子校だ」


「はい?」


「色々、あったんだよ……」


「もしかして恋のお話しですか?聞かせてください」


 恋、と呼んでいいのだろうか。いいや、形はどうあれこれも恋の物語か。


「結論から言おう。幼馴染が別の男に寝取られた、らしい」


「んんんんんん?」


「俺は中学に入学する頃にはそれなりに人付き合いが出来るようになっていた……」


「え、このまま続けるんですか!?」


 将来を見据えて経験稼ぎと内申点目当てで、自分は生徒会に立候補した。


 容姿、運動神経、成績。それらが全て高水準で、なおかつ人付き合いもある程度出来るようになっていたのもあって、わりとすんなり生徒会に入会。


 何故か幼馴染も同じく生徒会に。あいつ、『岸峰グウィン』は父親譲りの金髪に白い肌。まるで華奢な美少女みたいな容姿もあって目立つ奴だった。小学生時代はいじめやからかいの対象にされていたが、それでも中学では人気者だった。


 そうして生徒会活動をしているうちに、自分は生徒会長にまでなったのだ。


 これでも人望はあったようで、まるで王様みたいに敬われた。そして、何故か岸峰は『王妃』と呼ばれるように。


 男子校だし、てっきり冗談の一種だと思っていた。グウィンも否定するどころか彼女面だったのも、冗談にのっているのだと。自分は彼らの思いに気づかなかった。


 そんな時だ。フランスから日本に引っ越してきた『大泉ランス』という男が転校してきたのだ。


 フランス人とのハーフで、華やかな美丈夫。高い運動神経と人当たりの良さから奴はあっという間に生徒会に入るまで人気者に。


 自分も奴と友達となり、よく他の生徒会メンバーとしょうもない話をしていたものだ。


 だが、そんな日々は続かなかった。グウィンとランスの熱愛が発覚したのである。


 自分としては『へえ、まあお幸せに』としか思わなかった。自分に害がなければ同性同士のカップルでもどうでもよかった。友達同士が付き合いだしたのは、少しだけ複雑だったけど。


 しかし、周りはよしとしなかった。


 その時になってようやく自分とグウィンが付き合っていると思われているのは、冗談の類ではないと気付いた。


 あれよあれよという間に『不倫』だの『寝取り』だのと話が学校中に広まり、自分派閥とランス派閥で二分される事に。


 内申点目当てで生徒会に入り会長にまでなったのに、教師からは『学級崩壊どころか学校崩壊の原因』とまで目されるようになってしまったのだ。


 あげくお互いの派閥同士で流血沙汰一歩手前までいってしまう事に。これは早急にどうにかせねばと思った。主に自分の内申点の為に。


 そこで、ランスやグウィン含めた生徒会メンバーを集めて秘密会議を行い、『自分が公衆の面前でランスと戦い、無様に敗北する』という筋書きを考えた。


両派閥から反対の声が上がったが、特にランスが一番反対していたのを覚えている。だがそこは力技でどうにか納得させ、一芝居うつことに。


 ランスと自分の戦いはランスの勝ち。奴が新しい生徒会長になり、グウィンと共に幸せに過ごしました。めでたしめでたし。


「と、言うわけだ。恋人とか作る暇がない」


「ちょっと理解が追い付かないんですけど?」


「安心しろ。話している自分でも『なんだこれ』って思ってる」


 いやほんと、なんだろうね。マジで意味がわからんぞ?


 なんか一度『なぜグウィンを蔑ろにする!』とランスに怒鳴られた気がするが、友達としては蔑ろにしていなかった。その場ではただ宥めただけだったが、まさか『恋人として』の扱いについてだったとは……。


 いや、男同士で恋愛という発想がなかった。LGBTとか否定する気はないが、自分はあいにくとおっぱい信者なのだ。いくらグウィンの容姿がよかろうが、恋愛対象とは思えない。


「ち、ちなみにその岸峰さんが実は女の子だったりとかは?」


「いや、一緒に風呂に入った事もあるけど、普通についてるぞ」


 ちっちゃかったけどな!勝った……!


「お、おう……なんというか、滅茶苦茶濃い中学の思い出ですね」


「ああ、自分でもびっくりだよ」


 あれから生徒会関係とは顔を合わせてないが、どうしてるだろうか。まあ、あいつらだし上手くやっているだろう。


 そういえば、あの頃から義妹である蛍が冷たくなった気がする。『どうして相談してくれないの!』って怒っていたな。


 ……いや、義妹にする話ではなくない?男同士の寝取り寝取られとか、普通義妹に相談する内容ではなくない?


 恋愛どうこう言うならどっちかというと兄ちゃん可愛い女の子紹介してほしいなって遠回しに言ったら、『臆病者!』って罵られた。兄ちゃん悲しい……。


 え、中学生の女の子に『可愛い子紹介しては前世の年齢考えたら犯罪』だって?今は男子中学生だからセーフです。


「俺の話はこれぐらいだ。それで、新城さんは?」


「すみません、胃もたれしてるうえにこの後に話すにはインパクトが……申し訳ないですけど、もう寝ます」


「え、ちょ」


「おやすみなさい」


 それだけ言って新城さんがベッドに潜ってしまった。え、マジで一緒の部屋に寝るの?


 ど、どうしよう。いやどうもしねえよ。自分も普通に寝よう。けど同じ部屋に美少女が……あ、いい匂いする……そう言えば新城さんって寝る時はブラする派だろうか、しない派だろうか。


 ね、眠れねぇ……!いや、寝るんだ。この体は頑丈だが、それでも睡眠が必要ないわけではない。一応部屋に最低限警報用のトラップや魔道具は置いたし、今後も考えれば寝て回復に努めるべきだ。


 素数。素数は数えるんだ。1、3、5、7、9……これ奇数だわ。


 そうこう悩んでいるうちに、気づいたら夢の中へと落ちていっていた。



*        *         *



「おめでとーう!」


 破裂音とそんな声に迎えられ、自分は白い空間に来ていた。


 真っ白で上下の感覚すら狂いそうになる、球形の空間。ああ、自分はここに見覚えがある。そして、眼前にいる修道女姿の少女にも。


「アバドン討伐。そして金原武子の暴走を止めた事にかんする、感謝状とご褒美を届けにきたよ」


 まるで無邪気な子供のように、邪神はその美しい顔に笑みを浮べていた。

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