第12話 一手
第十二話 一手
サイド 剣崎蒼太
ああ、まったく嫌になる。なんだあのでたらめな魔力の塊は。
邪神の言う通りあれなら東京を抉り飛ばせる……いいや、被害は東京だけでは済まない。衝撃波だけで日本全体がまずい。更に言えば海にも影響が出るだろう。世界中の沿岸部で津波が発生するかもしれない。
正直胃の中を全部ひっくり返しそうな状況だ。だが、『戦士』として振る舞うと決めたのだ。ならば思考を止める事はない。
というかこのままだと普通に自分も死ぬ。あれは無理。
「剣崎さん」
「なんだ」
「お願いがあります」
腕の中の新城さんに目を向けると、彼女は冷や汗を流しながら真剣な瞳でこちらを見ている。
手の中の魔導書をお守りの様に強く握る手は、小さく震えていた。彼女も、いいやあの魔力だ。魔法に関わりのない人間でもあの光がどれだけ危険な物かは一目でわかる。
明らかに恐怖を覚えているだろうに、しかし目を逸らす様子はない。何か強い覚悟を決めている事が見て取れた。
「わかった」
「聞かないんですか?」
「いい。ここまで来たら一蓮托生だ。説明の時間も惜しい。何をすればいい?」
こういう時、年上の自分が頼れるところを見せるべきなんだろうが。残念ながらいい手が浮かばない。
それを少しだけ情けなく思いつつも、それでも、彼女なら信じられる。まあ、失敗したら『自分のせい』と思って死のう。死にたくないけど。
「移動しながら話します。とにかく金原さんでしたっけ?その人が見える場所まで移動してもらっていいですか?」
「わかった」
新城さんを抱えて跳躍を繰り返しながら、視線を奴らへと向ける。できるだけ下は見ない様にしなければ。今、もしも助けを求める人がいてもそちらに手を回す余裕はない。
金原のいる場所は大まかだが察しが付く。あれだけの魔力量を操作しているのだ、その続く先はある程度追える。
「まず、金原さんをどうにかして止めて下さい。その次にアバドンを」
「順番はいいが、問題はやり方だ」
「はい。申し訳ありませんが、金原さんの方は私だと力になれません。代わりに、アバドンの『弱点』を見極めます」
「弱点?」
その時、アバドンの魔力が高まるのがわかった。集まる先は口腔。またあのブレスを放つのか。
狙う先は当然ながら金原がいるであろうビル。その屋上。
一直線に迫る白の極光。一撃で山をも穿つであろう破壊の光は、当然ながら遮る物全てを撃ち抜いていく。
だが、その進撃は唐突に止められた。
金原に直撃すると思った直前、金色の障壁が極光を遮ったのだ。黄金の壁に当たった光は散弾の様に拡散されて周囲に散らされる。
「っ!?」
「きゃあああ!」
近づいている最中の自分達にも飛んできた。咄嗟に剣の炎で相殺したが、分散しているというのにとんでもない威力。金原はこれを防いだというのか。
見上げれば、金原のいる屋上だけが残されてそれ以外は完全に崩れている。ビルの下部分が消えたというのに、その部分だけ重力に逆らい宙に浮いている。
つくづく出鱈目な戦いだ。こいつら本当に同じ転生者か。
「新城さん、大丈夫ですか」
「は、はい!大丈夫です、気にしないで!」
「わかった」
先の一撃で金原の周囲は全て吹き飛んでいる。隠れて近づくのはこの辺りが限界か。
「近づけるのはここまでだ。金原はこちらでどうにかする。アバドンはそっちに任せていいんだな?」
「まあ弱点を探るだけで決め手は剣崎さん頼りですが……」
「任せろ。そっちは頼んだ」
「はい!」
「それとこれを持って行け」
新城さんに魔道具を投げわたす。見た目は木製のイヤリング。宝石でも装飾するかのように血の石が埋め込まれている。
「使い捨てだけど通信用の魔道具だ。俺もつけているから、使ってくれ」
「わかりました。ご武運を」
「そっちもな」
この選択が正しいかはわからない。だが、どうすればいいのか見当もつかないならやりたいようにやるとしよう。
自分は彼女を信じたい。なら、任されたこちらは何とかしてみせる。
どこかへと走っていく新城さんを見送った後、小さくため息をつく。
……これ、どうしよう。いやマジで。
まずは観察か。なにか攻め込む隙があれば見つかればいいのだが。不幸中の幸いなのは、金原がアバドンの方に意識を集中している事だろうか。
たぶんあの障壁は任意発動。ブレスの溜めから発射までの時間と防御を見た感じ、あれは瞬時に展開できる物ではないはず。それに、あの強度を簡単に出せるならわざわざ雷撃を回避していないだろう。
だが、どうやら防御はあれだけではないらしい。
人の頭大の光球が奴の周囲を旋回している。まるで夏のホタルの様に舞うそれらは、見た目に反して一つ一つが鎌足の半分ほどの魔力を有している。十分に脅威だ。
それがここから確認できる範囲でも二十以上ある。一撃で致命傷にはならないだろうが、数を受ければわからない。
……策は、ある。
いいや、作戦とは呼べない代物だが……個人的にはこれぐらいしか浮かばない。小技を使っている時間は恐らくない。考えているこの時間すら惜しい。
金原とアバドンとの戦いで周囲には魔力が充満している。自分が多少魔力を放出しても他の転生者に気づかれない程に。
そして自分達転生者の魔力の性質は似通っている。当たり前と言えば当たり前だ。なんせこの力は全員邪神に渡されたものなのだから。
だが、アバドンだけやや異質な魔力を帯びている。半分ほどは自分達と同じ。だが残りはごったに混ざった『何か』だ。悪食で有名な奴だから、ここまでの『食事』の結果かもしれないが。
それが今かなりの好条件をうんでいる。
アバドンの魔力は莫大な上にこの空間で異質。つまりかなり目立つ。それを隠れ蓑にすれば、自分の魔力自体は直前まで気づかれない……はず。
今からやるのは自身における最高最速を叩きだす『特攻』。被弾は覚悟のうえ。光球による迎撃を可能な限り無視し、金原を強襲する。
チャンスは一度。二度はない。
「はっ……!」
一周まわって笑えてくる。なんで自分みたいな一般人が、こんな世紀の大戦に巻き込まれているのやら。だいたい邪神が悪い。
だが、絶対に生き残る。生き残ってみせる。
人を殺した悔いも。人を看取った悲しみも。全ては生き残ってから考える。その為に――。
「命を、懸けろ……!」
『偽典・炎神の剣』
その力は炎。魔力を消費する事による疑似的な『神の炎』の顕現と操作こそ真髄。通常の炎とは異なり、この炎は使い手次第で融通が利く。
正直、自分ではこの剣の性能全てを引き出せない。あまりにも荷が勝ちすぎる。
だが、それでも。
蒼黒の刀身に蒼い炎が宿る。それは刀身にしみ込むように溶けていき、しかしその光は決して衰えず。むしろ魔力を注ぎ込むごとに増していく。
天に新たな太陽を生み出すと言うのなら、こちらは地上にて太陽をつくってみせよう。天へと昇り、お前を墜とす。
奴と比べれば小粒なれど、それでも届く。届かせる。
刀身が焼け付く直前。魔力を全開放。一瞬で周囲が溶け落ち、大地すらも赤く染まり崩れ行く。
音速の壁。それを突き破れるのはお前たちだけだと思うな。
蒼い炎を推進力とし、ほうき星となって天へと目指す。当然ながらこちらに気づいた光球ども。しかし速さは僅かにこちらが上。元々も直線状に近い物以外は振り切れる!
こちらを撃ち落とさんと迫る光の数、およそ七。回避は不能。ならば鎧にて受けるのみ。さあ、我慢比べだ。
肩に、頭に、胴に、膝に、腕に。ほぼ同時に着弾したそれら。金の粒子が混じった爆炎が周囲を覆う。金原の視線がこちらに向いたのがわかる。すぐに、興味を失ってアバドンへと移されたのも。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びをあげろ。気づかれても構うものか。もとより、『ここまでくれば上等』!
爆炎を突き破り、上へ。
「は?」
奴の足場を突き破り、剣を両手に相対する。兜が砕けたのか、広くなった視界でアバドンが再度のブレスを構えているのが見えた。
知った事か。こいつを止める。確実に。
全身全霊を込めた一太刀。奴の頭蓋を切り裂くための一撃は、しかし交差した両腕に防がれる。蒼い炎と金色の光が衝突。周囲にそれらがまき散らされながら、拮抗。
しかし、その拮抗に打ち勝ったのは黄金。金原の両手が弾き上げられ、剣は宙を泳ぐ。
こちらの体も当然ながら衝撃により流される。仮面越しにはわかりづらいが、それでも奴が一瞬安堵したのがわかった。
炎による加速はまだ終わっていないというのに。
空を泳ぐ剣が翻る。腕から、背から、腰から。ブチブチと千切れる音が響く。この痛みは限界を超えた動きによるものか、それとも迎撃によるものか。どちらでもいい。
鎌足に斬られた時、痛かった。辛かった。けど自分は生きている。痛いのなら、まだ生きている。
なら、斬れ。
「あっ」
金原のあげた小さな声が、宙に溶けていく。
右手で振るった一撃が、金原の右肘を捕らえた。抵抗は一瞬。肉を、筋を、骨を焼き切った。
「が、あああああああああああ!」
傷口を押さえて叫ぶ金原。その仮面に覆われた顔面に、左の拳を叩き込む。
「おちろぉ!」
重い音が響き、金原が落ちていく。そして、自分も炎を使って急速離脱。斬り飛ばして宙を舞っていた金原の右腕が、極光に飲まれる。
アバドンのブレスは落下していく金原を追撃。それを見送りながら、自分も地面に落下した。受け身をとる余裕すらない。
「はあ……はあ……!」
痛みに息が荒くなる。今気づいたが、視界が赤い。思っていた以上に重症だったようだ。だが、
「獲ったぞ……!」
まず一手。次は怪獣の首を獲る。
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