第5話 同盟

第五話 同盟


サイド 剣崎蒼太



 女子の家に、お泊りをしてしまった……!


 これは人類史にとって取るに足らない出来事だっただろう。だが、我が生涯においては大きな一歩だ。


 これが殺し合いバトルロイヤルの真っ最中じゃなければなぁ……。


『同盟組んだんですし、いっそ泊っていけばいいじゃないですか』


 という新城さんの言葉をありがたく受け取り、来客用という部屋に泊めてもらった。いや本当にでかいなこの家。新城さんのお父さんの職業は警察らしいが、普通の警官ではないだろ絶対。


 何はともあれ一晩が経ち、12月19日。バトルロイヤル二日目となった。期間が計七日間という事もあり、そろそろどこか動き出すかもしれない。


 とりあえず新城さんと一緒に朝食をとる事に。泊めてもらった側だし自分が作ろうかと思ったのだが、『お客様に作らせるのは』と言われてしまい新城さんに任せる事に。


 そんなわけで出された朝食はご飯、味噌汁、焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のおひたしという純和風だった。美味しかったけど、洋風っぽい家と新城さんの外見からちょっと予想外だったが。


「さて、では今後の事を話しましょうか」


 せめて洗い物は、とこちらが食器を洗った後新城さんとリビングで向かい合って座る。新城さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、テレビをBGM代わりにして作戦会議を始めた。


 昨日は新城さんが貧血気味だったし、自分も精神的に疲れていたのであの後何も今後について話していなかったのだ。


「まあ序盤だし、情報収集優先だと思うんだが」


 真面目に話し合おう。そう思っているのだ。だが、それは難しそうだ。


「そうですねぇ……」


 紅茶のカップを両手で持ちながら考え込む新城さん。その服装だ。


 こいつ……縦セタだと……!乳白色のセーターがその豊満な胸に押し上げられている。柔らかそうな曲線が描かれているその体に、つい視線が引き寄せられそうになる。


 更に言えば下はジーンズを履いている。長い脚が強調されており、クマさん柄のスリッパをパタパタと動かしていた。それにしても尻と太ももも随分むっちりと……だがそれがいい!


 くそ……こいつなんてスケベなんだ……!


「ん?剣崎さん聞いてます?」


「っ!?ああ、ごめん。昨日と髪型違うんだなって」


 咄嗟にでた嘘だが、一応気になっていたのは事実だ。昨日は緩い三つ編みだったのだが、今日は銀髪を黒いリボンでツインテールにしている。


 似合うか似合わないかで言えばとても似合っている。ただまあ、美人は何やっても美人って話だけど。


「ああ、これは一応変装ですね。バトルロイヤルというなら、毎日髪型を変えるぐらいがいいですからね」


「はあ……」


 確かに髪型や眼鏡で変装と言うのは意外と効果があるらしい。付け髭とグラサンでかなり逃げた強盗犯も昔いたそうな。


 だが、その顔と銀髪だと髪型とか誤差では……?


「まあ、そんなわけで少しぼうっとしていた。すまない」


「しょうがないですねぇ。私が美少女過ぎるのが悪いとしてあげましょう」


 それはそう。


「私としても情報収集には賛成ですね。けど、剣崎さんって昨日探されてませんでした?その……私のせいで」


 少し申し訳なさそうにしている新城さんに、小さく苦笑する。


「ああ、今後は変なものを召喚しようとしないように。確かに、俺は顔を見られた可能性がある」


 あれは自分のミスもあるよなとは思うけど。姿を現す段階で鎧を着ておくべきだった。そうすれば少なくとも顔まではバレなかっただろうに。


 恐らく、こちらの姿を視認したのは『人斬り』と『もう一つの陣営』と考えている。


 人斬りはともかくとして、もう一つの陣営が気になる。魔力からして地上を走りまわっていたのは皆普通の人間。だが人数は確認できただけでも三十人以上。


 これを夜中に動かせるのは普通じゃない。何らかの形で組織を運営する立場にいるか、それに近い立ち位置。それも結構大きな組織だと考えられる。


 普通の職種とも思えない。夜中に人探しなんて、サラリーマンなら絶対にやらないだろう。


「だから、俺は君と別行動をしようと思う。他の参加者を探して街を歩き回るから、新城さんは別口で情報収集をしてほしい」


「なるほど、剣崎さんが囮になるから、私が剣崎さんを探る人を探ると」


「いや、完全に別行動で」


「え?」


 それも最初は考えたのだが、いざ戦闘になった時新城さんを守りながら戦う状況になるかもしれない。そうなったらかなり不利だ。


「俺を監視する人を監視するのは、リスクが高すぎる。新城さんの『目』なら一般人と他の参加者とで見分けがつくかもしれないけど、向こうには参加者以外の手駒がいるみたいだし」


 そう言って昨日感じた地上の気配も交えて説明する。


「なるほど……」


「それに……言っちゃ悪いんだけど、新城さん弱いし。普通の人にも負けるよなぁって」


 新城さんは目がいいだけの女子中学生なんだから当たり前だが、成人男性二人か三人と相対したらまず勝ち目がないだろうな。


「ええ!?このスーパー美少女魔法使いの明里ちゃんを弱い!?というかこれでも腕っぷしには自信があるんですが!?」


「いや、新城さんを魔法使い呼びはちょっと……」


 ヘッポコ以下じゃん。魔法使いとしては。というか腕っぷしと言っても、『普通の人』基準だろうし。


「な、け、けど昨日ちゃんとビヤーキー召喚できましたし!」


「あれビヤーキーって言うのか。けど制御できてなかったし。というかむしろなんで『アレで』召喚できたのか疑問なんだけど」


「えぇ……」


「ちょっと昨夜召喚に使った道具と本見せてもらっていい?」


「まあ、いいですけど……」


 ムスッとした新城さんの許可を得て、昨日使った道具を見せてもらう。


 何気に自分以外の魔法関連を目にするのは初めてだ。正直興味がある。もしかしたらこの戦いに役立つ知識もあるかもしれない。


「うわぁ……」


 こ れ は ひ ど い 


 魔導書は英語で書かれているのだが、それを和訳したノートも一緒に読んでみた。


 全然違う……。いや、それもしょうがない気もする。魔道具専門とは言え魔法の知識を持っている自分だから文法でわかるが、前提知識ないとかすれて読めない部分が謎過ぎるか。


「えっと、これ、だいぶ違うよ?」


「ええ!?ちゃんと英語の辞書と見比べたのに!?」


「いや、英語のテストとかだったら合っているんだけど……」


 普通の英文と魔法用語では解釈が違う。例えば、普通なら『リンゴ』と訳す部分が前後の流れも考えると魔法使い的には『知恵』と読んだり。ぶっちゃけ英語の先生が見たらブチギレそうな読み方を魔法使いはしないといけない。


 そして魔法陣が書かれたビニールシートを見る。


「魔法陣の記入ミスは、まあしょうがないとして。なんで血のり?そこは本当の血を使わないと」


「ええ!?いやいや、ちゃんと輸血用血液って書いてありましたよ!?」


「……臭いは本物に似てるけど、やっぱ血のりだな。魔法って基本的に生贄ありきだから、魔法使いなら『なんの血』かわからない物を使うのはいけない」


 まあ、自分も基本的に魔力と自分の血でゴリ押ししちゃうから人の事言えないけど。


「うう……血が固まらない様にとかあってやたらごついクーラーボックスまでついていたのに……高かったのに……」


「買ったってどこで買ったんだよ」


「ネット通販で……」


「通販への信頼高いな!?」


 そもそもネット通販で輸血用血液って売っているものなの!?


「え、け、けど魔法ってどちらかというと魔法使いの魔力がものをいうんじゃ?」


「いや、それは凄く魔力がないと無理。普通は何かしら生贄にしてどうにかする」


 少なくとも新城さんの魔力だけで何かをやろうとしても、精々マッチの火をつけるぐらいだろう。魔道具ありきならもう少しマシな事ができるだろうが。


 なお、こう言っている自分は魔力量で誤魔化すのだが。


「生贄って一括りに言ったけど、言葉通り血や骨を贄に捧げて何かしらから力を借りるってパターンもあるし、鉱物や植物を燃料代わりにして自力で魔法を使う場合もあるね。俺は普段後者の方をやっているから、前者の方は詳しくないけど」


「な、なるほど……」


 感心したように頷く新城さん。


 やばい。この子、マジで魔法の知識を持っていない。自分が話した事なんて魔法使いにとって初歩も初歩のはずだ。少なくともバタフライ伊藤から与えられた知識的には。


 最初、召喚魔法の失敗は単純に新城さんのうっかりと才能の無さが原因の大半だと思っていた。だが違った。そもそも魔法の知識が無さ過ぎる。


 てっきり誰かしら師匠的な人物がいるかと思ったが、この子にとっての師匠はボロボロの本一冊。しかも魔法の知識を最低限持っている前提の文章しか書いていないやつ。


 ……これは、魔法知識について矯正しないとまずい。


 この戦いに参加させられた転生者達がどれぐらい魔法を使ってくるかはわからないが、最低限魔法の知識を正さないとどんな落とし穴に遭遇するかわからない。今のままだと中途半端に間違った知識がある分、何も知らない人よりやらかしそうだ。


 そんなこんなで、バトルロイヤル二日目。その午前中は新城さんへの魔法講義に消費されるのだった。



*         *          *



 午前中いっぱい魔法の授業に使ってしまったが、おかげで彼女の魔法に関する知識面はだいぶマシになったと思う。


 ある程度基本を教えたら、後は自分で魔導書の誤訳を直しはじめていた。魔法に関する考察も重ねていき、パッと見た感じそう間違っている様子もない。


 恐らく自頭がいいのだろう。それと思っていたより魔法の才能があるのかもしれない。


 とりあえず新城さんは家で自習に専念。自分は情報収集を行っていた。


 流石にどこの陣営も二日目で戦闘は起こさないだろう。動きを起こすとしたら簡単な威力偵察か同盟の打診。バトルロイヤルの一戦目は誰だって嫌なはず。漁夫の利を狙うのはどこも同じだろう。


 ただし、怪獣含めた三人……人?は別だ。


 怪獣は怪獣だし、転生者だとしてもまともな思考回路が残っているか怪しい。知能は低くないかもしれないが、目撃されてからの年数を考えたら価値基準はもう人外だろう。


 人斬りとテロリストに関しては、まともな発想している奴がそもそもあんな事をしでかすとは思えない。なんだよカメラの前で大国の要人暗殺とか、街一つ焼け野原にするとか。


 出来るなら昨日自分を探していた人斬りの事もあるし、姿を晒したくはない。だがバトルロワイヤル序盤とは言え、七日間しかないのも事実。座して状況を見続けるのも難しい。


 自分の行動が正解なのかはわからない。なんせこちらは殺し合いなんて素人だ。どうすれば勝ち残れるかなんて、逆にこちらから聞きたい。


 マスクと伊達メガネ。それを着用して街を散策する事一時間ほど。一応自分も何か手掛かりがないかと見回しているのだが、これといって得られた物はなし。


 だが、視線は感じ取った。十分ほど前から明らかに自分を付け回している存在を感じる。


 都会に行った時に感じるスカウトとか単純な隠し撮りのそれではない。観察するような、僅かに敵意も混じったもの。


 釣れたか。


 魔力の感じからして転生者ではないと思うが、時期が時期だ。背後に他の転生者がいると考えた方がいいだろう。


 適当な道を曲がり、視界を遮るように動く。焦ったように近づいてくる気配。そこで路地裏へと歩調を速めて入ってく。


 路地裏の少し入り組んだ所で、追いかけてきた男を捕捉。鎧に身を包み、背後から強襲した。


「え、ひっ!?」


 こちらに気づいた瞬間悲鳴を上げようとした男の首を掴み、その辺の壁に叩きつけて黙らせる。加減はしたから怪我はしていないはず。


「黙れ。こちらの質問意外には口を開くな。さもなければ一本ずつ指を折る」


 もちろんはったりだ。こちとら手加減を万一にでもしくじるのが怖くて剣道の試合すら最低限にしてきたんだぞ。人を本気で傷つけようと殴ったりとかそんな経験はない。


 だが効果はてき面だったようだ。チンピラ風の男は歯をガチガチと鳴らし、目から涙を溢れさせて必死に頷いている。


 ……いや怖がり過ぎでは?え、そんなに?確かに俺の兜、悪魔みたいな印象うけるけど。


 ま、まあいい。素直に言う事を聞いてくれるのはいい事だ。ゆっくりと手を離し、男に質問を開始した。



*          *          *



「獅子堂組若頭、ねえ……」


 へたり込んでいる男を見下ろしながら、小さく呟く。


 獅子堂組。要は反社会的なアレだ。自分でもたまにニュースで名前を聞くぐらい大きなところだが、それの若頭から指示を受けて男は自分を探していたらしい。


 昨日突然公園に行けと騒ぎ出した若頭こと『鎌足尾城かまたりおじろ』が組の者を動員。その際組員の一人に自分は動画を撮られていたらしい。幸い、新城さんの方は写っていないそうだ。なんでも、音声から察するにビヤーキーの段階で撮影していた奴はパニック。そして自分の鎧姿を見て気が狂ってしまったらしい。


 失礼過ぎない?この鎧少しカッコイイかなって思っているんだけど。


 で、発狂した組員のスマホで撮っていた動画から自分の画像を他の組員に配り、鎌足は探す様に指示をだしたと。


 なんでも、鎌足という奴は新入りだというのに得体のしれない力と異常な気迫とやらで、異例の速さで若頭に上りつめたとか。ちなみに容姿はかなりいいので、写真でしか奴を知らない組員は『親分に尻を売ったんだ』と噂しているらしい。歳は25歳だとか。


 うん、どう考えても鎌足が転生者だわ。


 とりあえずこの子犬みたいに震えているチンピラを通して接触するとしよう。上手くいけば同盟にもっていけるかもしれない。


 そう思っていた瞬間、第六感覚に反応。慌ててチンピラの首根っこを掴みながら跳躍。先ほどまで自分がいた場所に、一人の男が降り立ったのはすぐ後だった。


「おぉ?意外と速いな、おい」


 そう言って振りぬいた大鎌を肩に担ぐのは、黒づくめの男。


 安っぽい金髪に耳につけられたピアス。野卑た笑みもあってどう見てもチンピラだ。だが、その野性味を溢れさせながらも整った顔立ちもあって、獲物を前にした獅子を連想させる。


 服装は黒い外套に軍服を墨汁で塗りつぶしたような物。そして手には大鎌。


 大鎌と言っても死神が絵で持っているようなタイプではなく、柄の延長線上になるように穂先が取り付けられている。薙刀の穂先が峰と刃で逆転した感じ、とでも言えばいいのか。


 コスプレめいた服装だが、魔力から彼が転生者だという事は一目瞭然。泡を吹いて気絶しているチンピラをゆっくりと地面に横たえ、奴と相対する。


「貴方が、鎌足さんですね?」


「そういうお前は昨日公園で暴れていたって奴だなぁ」


 ニヤニヤと上から目線の鎌足。自分と同じ転生者を前にしているというのに、随分と余裕そうだ。


 何か隠し玉がある?いや、それ以上にこれは『自信の表れ』か。自分が負けるはずがないという自負を感じる。


 そこまでの自信を持つ根拠は恐いが、今は好都合。自分の方が強いと思っているのなら、そこを利用する。


「まず、貴方の部下に手荒な事をしてしまい申し訳ありません。こちらとしてはお話しを聞きたかっただけなのですが」


「あぁ?知らねえよそんな奴。俺の事はそいつから聞いたんだろ?後で殺しとくわ」


 殺す、ね。言葉に躊躇いを感じない。まるでゴミ捨てでもするぐらいの気安さだ。


 緊張に冷や汗を流しながら、頭を回し、口を動かす。


「単刀直入に言わせていただきたい。自分と終盤まで同盟を組む気はありませんか?」


 ピクリと、鎌足の眉が動く。


「まだ二日目。ここで自分達が戦うのは他の転生者にとって得でしかありません。だから、同盟を組みませんか?」


 悪い提案ではないはず。向こうはこちらの顔を知っているが、こちらは相手の顔と名前、そして職業を知っている。互いに弱みを握っている状態だがこちらの方が持っている情報は多い。


 向こうは随分手駒を持っているようだが、こちらの持ち札までは知らないはず。こちらの情報を探る意味でも、向こうにとっても悪い話ではない。


「へえ……同盟ねぇ。いいえぜぇ」


 少しだけ考えた後、鎌足が頷いた。だが第六感覚と理性両方で『嘘くせぇ』と感じ取る。


「ここで話してたら他の奴にも聞かれるかもしれねぇ。場所を変えようぜぇ、仕事がらいい所知ってるからよぉ」


 ……同盟持ちかける相手、間違えたかもしれん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る