過去

 「わかった。そういうことだったら。大切に使わせてもらうね」

「ああ。いろいろ世話になったな」

「ううん。私も、みづきさんにいっぱい助けてもらったもん。なんだかお姉ちゃんができたみたいで嬉しかった」

「そうか」

「うん。あ、ねえ、母さん?」

「なあに?」

「母さんも“みづきさん”のこと知ってるって、父さんが言ってたけど。何で知ってたの?」

母さんが父さんの方を見た。

父さんは一度うなづいて、私の方を向いて話しだした。

 

 「とうさんが若いころ、みづきと婚約していたのはもう知ってるな。そして、事件が起こった。あの時父さんはみづきを亡くしたショックで、一生もう誰とも結婚しないと決めてたんだ」

「……誰とも?父さん、そのときいくつだったの?」

「二十七歳、だったかな。それから十年経った頃に、部長から見合いを勧められた。最初は断ったが『一度会うだけでいいから』と言われて、部長の顔を立てるだけのつもりで会うことにしたんだ」

 

 「それが、母さん?」

「そう。会って、直接断ろうと思ったんだ。みづきのことが忘れられないから、結婚はできないと」

「ほんとに、言ったの?」

母さんが、続けた。

「そうよ。父さんったら、お見合いの席で『若い人だけで、どうぞ』って二人だけになったとたん、『ごめんなさい』って謝るの。『どうしたんですか?』と聞いたら、『僕はあなたとは結婚できません』って。だから『どういうことですか?』って聞いたのよ。だってお見合いに来てるのに結婚できないとか、矛盾してるし。そうしたら“みづきさん”のことを教えてくれたの。忘れられない人がいるからって」

「そのとき母さんは、どう思ったの?」

「正直びっくりしたわ。呆気にとられるというか。でもね、母さん、それがきっかけで父さんと結婚したいと思ったの」

 

 「へ??どうして?びっくりしたんでしょ?いわゆる元カノの話を聞かされてるんだし」

「だって、そんなに一途にひとりの女性ひとを愛してるなんて、素敵じゃない。だから言ったの。『その方のことは、これからもずっと愛し続けてください。そして私とはになってください』ってね」

「逆プロポ……」

母さんにそんな情熱的な一面があるなんて、初めて知った。

「父さんは、最初は断ってたのよ。年齢差もあるしって。でもずっとアタックしてるうちに根負けして、母さんを受け入れてくれたのよ」

父さんの方を見ると、照れくさいのか窓の方をむいている。

「そして、結婚して生まれたのが、あなたよ」

私の誕生に、そんなドラマが隠されてたんだと思ったら、ちょっとうるっときてしまった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る