第25話 直美(12)逢瀬8―別れとなかったこと
もう6月になった。今年は梅雨に入るのが早かった。毎日雨が降ってうっとうしい。私は7月の帰省予定のメールを入れた。[7月8日(金)9日(土)の予定]。しばらくして[了解]の返信があった。
今回はいつもとは違う1泊2日の予定となった。おそらく最後の逢瀬となるのだろう。彼はいつもと同じ2泊3日の7月8日(金)9日(土)10日(日)の予定でホテルを予約しただろう。
◆ ◆ ◆
今年は梅雨入りも早かったが、梅雨明けも早かった。7月に入ってから30℃以上になる真夏日が続いている。
7月8日(金)7時過ぎにメールが入った。
[1217到着]
すぐに部屋に電話して私が部屋に行くと伝えた。
ドアをノックするとすぐに中へ入れてくれた。2か月ぶりに抱き合う。
「お風呂に一緒に入りたい」
「いいよ、洗いっこしよう」
はじめは私が先に洗ってあげる。彼に先に洗ってもらったら、私の腰が抜けて洗ってあげられなくなったことがあったので、それからは私が彼を先に洗ってあげるようにしている。
彼を洗い終えると、今度は彼がいつものように手に石鹸をつけて私の身体を擦って洗い始める。私はなすが儘になっている。気持ち良くなってうっとりしている。
お互いに洗い合うと、バスタオルで身体を拭いて、そのまま二人でベッドに座ってレモンサワーで喉を潤す。
私はどうしてほしいか今日は口に出さなかった。きっと彼はここへ来る途中、新幹線の中で考えてきてくれているはずだ。私たちはそんなことがお互いに分かるようにまでなっていた。
二人はもう待てなかった。横に座っていた私が彼の右手のうえに左手を重ねた。それを合図に私との最後の愛の交換のために考えてくれていたシミュレーションを実行してくれる。
私はすぐに昇り詰めていった。それから何度も何度も体位を変えるたびに昇り詰めた。ひとつのひとつの体位の快感を確かめるように、次々と変えられる体位で襲ってくる違った快感を楽しんだ。
押し殺して何度も発するうめき声が彼を鼓舞した。そして、お互いに足を絡めて同時に行くことができた。心身ともに一体となったと感じることができた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
私は彼の腕を枕にして抱きついている。そして彼の回復を待っている。
「あなたに言ったとおり、母が亡くなったのでもう帰省する理由がなくなりました。こうして会えるのも今日限りになりました」
「そうか、覚悟していたが、今日がやはり本当に最後になるのか」
「母が2月3日に亡くなってからしばらくは、お葬式、役所などへの手続き、相続の手続き、遺品の整理やらで、2週間おきくらいで帰省していました。主人や妹とも一緒に帰っていましたので、二人で会う機会が作れませんでした」
「例え君の都合がついても僕は2か月毎にしか帰れないから仕方なかった」
「それで、ようやく家財の整理ができて、相続も完了しましたので、今日は土地と家屋の売買契約を終えました」
「実家を処分するのか?」
「お隣さんから家族のために増築と駐車場を広げたいので、できれば実家を購入したいというお話があったのでお売りすることにしました。妹と相談して決めました。私は大阪に自宅がありますし、妹も東京に自宅がありますので、ここに住むことはもうないと思うので思い切って処分することにしました」
「ご主人もここの出身だけど二人で戻ってくることはないのか?」
「主人もここに実家がありましたが、4年前に処分しました。主人の両親は5年前には二人ともなくなっていましたから」
「ずいぶん若くなくなられたんだね」
「二人とも60代で亡くなっています。だから主人は自分も早死にするのではないかと心配しています」
「大丈夫と思うけど、でも人間なんていつ死ぬか分からないからね」
「二人の生活はもう大阪にありますから、もう戻ってくることはないと思います」
「そうか、僕も母親が亡くなったらそうするかもしれないな」
「明日はお盆には少し早いけど、主人と10時30分に駅で待ち合わせをして、両家のお墓参りに行きます。そのあと、一緒に大阪に帰ります」
「お墓参りは少し早めがいいね。僕も今日母親と済ませてきた。なぜご主人は今日一緒に来なかったの?」
「どうしても予定した仕事があったので、明日大阪から直接来て日帰りをする予定です。今日は土地家屋の売買契約があるので私一人で来ました。代金の振り込みを確認しないといけないので、ウィークディじゃないと不動産の売買契約ができないんです」
「最後の日がうまく作れてよかった。本当に今日が最後になるんだね。もう決して思いを残さないようにしたい」
回復した彼はすぐにまた私を愛し始めている。今度は私が気に入った体位の時間を長くして組み立て直してくれた。二人とも少し疲れてきているが気持ちは全く萎えていない。その気持ちが先走っていく。
◆ ◆ ◆
私たちは夜半過ぎまで愛し合った。心地よい疲労が眠りを誘った。そして私は彼にしっかり抱きついて眠った。彼は夜中も私を抱き寄せてくれた。それで私もまた彼に抱きついていた。
明け方、私が抱きついたら彼は目を覚ました。これが本当に最後になると思って、思い残すことがないようにと、また愛し合った。
そして、その愛し合った痕跡をすっかり洗い流してしまうために、二人で最後のシャワーを一緒に浴びた。
お互いにバスタオルで拭き合って、ゆっくり身づくろいをする。
「今度生まれ変わったら結婚したいね。君と別の人生を生きてみたい」
「でも、こうして再会できたことで、私はあなたと別の人生が経験できました」
「僕が君に対してずっと持っていた心残りが今はもう跡形もなく消えてしまった」
「私もそうかもしれません」
「このまま何もなかったことにして、嘘をつき続けていれば本当になかったことになる。僕はそれでよいと思っている。ありがとう」
「お礼をいうのはこちらの方です。ありがとうございました」
「本当にもう二度と会えないのかな?」
「次に会えるとしたら、同窓会だけど、余計に一泊する理由は見当たらないと思います。でも正当な理由があって、一人で帰省して宿泊する予定ができたら連絡します」
「ああ、期待しないで待っているよ」
「ええ、期待なさらないで下さい」
「さようなら」
彼は部屋を出ようとする私をドアの手前で後ろから強く抱きしめた。あの時とは真逆になった抱擁だった。
「さようなら」
私はきっぱりとそう言って、もう振り返らずにドアを開けて出て来た。
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