第22話 多恵(8)誠との修復

とにかく誠と話をしないと始まらない。11月8日(月)夜勤明けの今日は朝から時間がとれて、明日9日(火)の夕方まで時間がある。


10時になって彼の職場の役所に電話をかけた。彼のことだから出勤しているのは間違いないが、確認の電話を入れた。出勤は確認できた。それで勤務時間が終わるころに彼の職場の出入り口の見えるところで待っていた。


7時過ぎになってようやく出てきた。気づかれないように距離をとって後をつけていった。裏道を5分ほど歩いたところにある食堂に入った。おそらく夕食を摂るのだろう。30分ほどして出てきた。それから、大通りを歩いて、橋を渡って、路地に入ってどんどん歩いていく。細い路地に入って20分ほど歩いたところにアパートがあった。


1階に2戸、2階に2戸のこじんまりしたアパートだった。玄関前は自動車も置けるようになっている。2階の左側の部屋に入るのを確認した。明かりが点いた。


私は深呼吸を一回して、そのドアをノックした。返事がないのでもう一度ノックした。ドアが開いた。覗き穴から見て誰だかを確かめたと思う。私と分かっても開けてくれた。まだ、少し望みはある。私はすぐに中へ入っていったが、彼はそれを止めようとはしなかった。


キッチンとバスルームと8畳くらいの部屋があった。まだ、電化製品も家具もそろっていなかった。部屋の隅に布団が一組置かれていた。寂しい部屋だった。


私が部屋に座ると彼も座った。私は両手をついてすぐに謝った。


「あなたに不愉快な思いをさせてごめんなさい。内緒で会っていたのはあなたに後ろめたい気持ちがあったからです。分からなければその方がよいと思っていました。


会っていた人は高校時代からの友人です。友人といっても一度はお互いに結婚しようと思っていました。彼は誠実な人で両親に私と結婚したいと話してくれました。両親の答は『地元に就職して婿養子になってくれれば結婚させる』というものでした。彼はその条件に即答できなかった。少し時間をくださいといいました。


しばらくして彼は『東京の一流会社で自分の力を試してみたい。だから地元での就職はしない』と決めました。そして私に一緒に東京に来ないかと言ってくれましたが、私は地元に残る決心をしました。それからのことはあなたが知っているとおりです。


この前の同窓会で再会して、お友達の中川直美さんと一緒に東京へ遊びに行ったのが最初です。それから一人でショッピングに行ったり、8月に東京でミニ同窓会もしました。その後、2回ほど二人で会いました。


あなたが私たちを見たのは絵画展を見に行ったときです。彼は自分もみたいからと休暇をとって付き合ってくれました。ホテルへ二人でいったのは私が夕食の時のお酒で少し酔ったから心配して付いてきてくれたからです。


彼は昔も今も誠実で私を大切に思ってくれていました。誤解のないようにこれだけは言っておかなければなりません。私と彼とは昔も今も男女の関係は一切ありません。これは誓って言えることです。彼は別れた経緯もあるので両親の愚痴も親身になってよく聞いてくれました。


こんなことになったのは、あのとき親の反対で言い成りになって結婚をあきらめたことが原因です。そしてそれを忘れることができなかった私が悪かったのです。


本当に隠れて会っていてごめんなさい。ここに離婚届を書いて持ってきました。あなたが残してくれた離婚届は破って捨てました。私はあなたと別れたくありません。私の分を記入してありますので、どうするかはお任せします」


「多恵の話は分かった。君を疑いたくはない、信じたい。でもこのごろ二人の間には隙間風のようなものが吹いていた気がする。それに家出したのはご両親に何事も相談しなくてはならないようで息苦しくなっていたこともある。いろいろ考えてみたいから、当分一人にしておいてくれないか? ご両親にもここにいることは内緒にしておいてほしい」


「あなたがそうしたいのならそうしてください。でもひとつだけお願いがあります。もう一度お付き合いを始められませんか。一からやり直したい、あなたと一から付き合ってみたい、それが二人の間にはなかったから。それで駄目なら諦めます。だから私を時々ここへ来させてください。休日に来させてください。お願いします」


彼はだめだとは言わなかった。それで認められたと解釈して、休日には押しかけて、掃除、洗濯、料理などをしてあげることにした。


はじめは掃除だけだったが、洗濯機を買ってからは洗濯もしてあげた。冷蔵庫を買ってからは、鍋や食器を買ってきて、料理も始めた。


最初は口を利いてもらえなかったが、そのうちに「諭は元気にしているか?」と聞いてくれた。両親のことも聞いてくれるようになった。そのうち合鍵をくれた。


食事は外食で済ませていたが、非番の日に料理を作って待っていると、食べてきたのに、私の作った料理を食べてくれた。そして「久しぶりに食べたけどおいしい」と言ってくれた。そのうちに非番の日を知らせておくと、食べずに帰って来て夕食を一緒に食べてくれるようになった。


12月の半ばを過ぎたころ、夕食の後片づけをして帰ろうとすると、猛烈な雨が降って来て、雷も鳴り出した。雨がひどいので様子をみていた。


「雨が冷たくてひどいから、泊まっていったら」


「お布団が1組しかありません」


「僕は毛布があればいいから」


私は掛布団をもって彼のところへいって二人にかけた。そして抱きついた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


私はウオンウオンと大声で泣いていた。彼は私を抱きしめてくれた。それから二人は愛し合った。ようやく元の二人に戻れた。


◆ ◆ ◆

私が布団からはみ出ないように彼はしっかり抱き締めてくれている。


「覚えていますか? 私たちがはじめて愛し合ったときのことを」


「ああ、よく覚えている。なかなかうまくできなくてあせった」


「あなたは私のために一生懸命だった。いい人なんだなと思った。それから、今してくれているように、私を宝物のように大切に抱いて寝てくれた」


彼もあの時のことを思い出していたのだろうか? 黙って髪をなでてくれた。


それから私は「恋愛ごっこ」をしたいと持ち掛けた。二人は見合い結婚でしかも彼がまじめだったので、普通の恋人同士のような恋愛中の付き合いはなかった。だからそれをしてみたいといった。


丁度彼がアパート住まいをしているから、休日の前の日はお泊りしたり、二人で旅行に行ったり、ドライブしてモーテルに泊まったり、夜にドライブして車の中でHをしたりもした。彼は始めは乗り気ではなかったが、色々と試みるうちに乗ってきて、ほかのことも考えてくれるようになった。それで以前にもまして二人の絆が強くなっていった。


◆ ◆ ◆

私はもうひとつ決心をしていた。上野の家を出て夫の姓の中森多恵になる決心だった。誠が家出してから両親が話しているのを聞いた。


「誠さんが出て行っても、跡取りの諭が生まれたし、多恵も一緒に住んでいるから、このあと老後も安心だな」


それを聞いて誠がかわいそうになった。家を出たいという気持ちもよく分かった。跡取りの諭が生まれてから、彼にはもう居場所がなかったのだ。申し訳ない気持ちと、両親は自分たちのことしか考えていなかったのが分かった。


それで誠に私は家を出ることを話した。そして誠と親子3人でどこか両親とは離れた別のところに住みたいと言った。


諭は成人したら上野家の跡取りになると言ってくれた。だから両親も家を出ることに反対はしなかった。それに家を出ても市内にいるのだから、老後はいくらでも見てあげられる。私は看護師でもある。


ただ、諭にしても、成人して就職や結婚を考えるときに自分でもう一度よく考えて判断すればよいことだ。それは諭の自由だ。私の過ちを繰り返してもらいたくない。諭がもう少し大人になったら話して聞かせようと思っている。

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