第5話 廸(1)進の実家からの帰宅

3月14日(日)午前10時ごろ夫の進から電話が入る。私は吉田よしだ みち、帰る時には必ず電話を入れるようにお願いしている。


「これから10時57分の新幹線で帰る。東京駅には13時52分着、家には3時前には着けると思う。いつものように夕食にお弁当を買って帰るけど、ほかにほしいものはないか?」


「お母様は元気だった?」


「ああ、変わりなかった。家の片づけを手伝ったけど、やはり親父の遺品の整理が進まなかった。なかなか捨てさせないから」


「根気よくやることね。お土産はおいしそうなお弁当とそれからいろいろ食べてみたいから和菓子の詰め合わせを買ってきて」


恵理えりは良い子にしている?」


「言うことを聞かないで困っているわ。早く帰ってきてお勉強を見てほしい」


「分かった」


帰省すると帰り際に義母が夫に旅費とお小遣いをくれるみたい。必要ないと断ってもくれるので、それに甘えることにして、それでお土産を買ってきているという。


義母は義父の遺族年金と自身の年金が入り、実家の脇の空いたスペースを駐車場にして貸しているのでその収入もある。特段、生活に不自由している様子はないと聞いている。


◆ ◆ ◆

進は予定どおりに午後3時前にはマンションに帰ってきた。2泊3日の予定で出かけてはいるが、帰りの3日目は早めに向こうを立って、この時間には着くようにしてくれている。月曜からはまた仕事だから家でゆっくりして身体を休めたいみたい。そうしてくれると休みの日でないとできないことも頼める。


夫の進はちょうど40歳になったばかりだ。私は4歳年下の36歳だ。娘の恵理えりは8歳。今家族で住んでいる2LDKのマンションまで東京駅から45分くらいだ。5年前に買って、まだローンは残っているが完済のめどもたっている。義父が生前に援助してくれたのと、私の実家も援助してくれたので、ずいぶん助かった。


「お弁当を見繕って買ってきたけど、気に入るかな?」


「3つとも違うのね。すぐ食べようよ。3つとも開いていい?」


「まだ、3時過ぎだぞ。これは夕飯に買ってきたんだけどね」


恵理がもう食べようと言って聞かない。2日半も家を空けていたのだから仕方がない。恵理はお父さん子だ。私もそうだった。父が大好きだった。


お弁当を3人でつつきながらかなり早めの夕食を食べている。


「次の休みには恵理の勉強をみてくれる? 私だと恵理が言うことを聞かないから」


「恵理そうなのか?」


「ママはすぐに怒るから、パパの方が教え方はうまいし分かりやすい」


「そうでしょう。お願い」


「分かった」


私も恵理も機嫌が良い。お弁当を食べ終えると、今度はお菓子の詰め合わせを開けて、お茶を飲みながら食べ始めている。彼は甘党で餡の入ったお菓子を2つほど食べた。私も金沢のお菓子はおいしいから大好きだ。そのあと、彼は恵理の勉強をみてくれた。


彼は「恵理は勉強が嫌いではないし、学校の成績も悪くない。やる気はあるので教えるのも苦にならない。この娘の勉強をいつまでみられるかなと思うと今の時間がとても大切に思えてくる」と言っている。


日曜の晩は早めに休むことにしている。恵理は今年から6畳ほどの部屋を勉強部屋にしてベッドを置いてそこで一人で寝るようにした。それまでそこは彼の書斎だった。


私と進は8畳ほどのメインルームを寝室にして布団で寝ている。新婚のころはダブルベッドだったが、恵理が生まれたので世話がしやすい布団に変えた。それから親子3人でずっと川の字で寝ていた。それで夫との夜は疎遠になりがちだった。このごろは向かいの部屋に気を使いながらも愛し合うことがふえた。


隣に寝ているとついお互いに手が伸びる。彼が誘ったときに私は拒んだことはないし、私が手を伸ばしたときにも彼は拒んだことがない。ただ、どちらかが寝落ちしてしまうことが時々ある。共働きでお互い家事や仕事で疲れているのでしかたがないと思っている。


進はHが嫌いな方ではもちろんないし好きな方だと思っている。私もどちらかというと好きな方だと思う。いろいろなところが敏感だし、昇り詰めてもいる。


私は彼の布団に入って身体を寄せてみる。しばらく留守にしていて寂しかった。この前に愛し合ってから時間もたっていた。すぐに私を抱き締めて愛し始めてくれる。


私を愛するときほぼ決まっている愛し方がある。何度も愛を重ねるうちに感じるところが分かってきているし自然と流れも決まってきている。マンネリというか、代り映えしないが、それでも私は毎回それに満足している。


今日、彼はいつもの流れに違った体位を入れてきた。いつもと違う流れなので戸惑ったし、とても恥ずかしい体位だった。でもそれが刺激的だったのですぐに昇り詰めてしまった。


◆ ◆ ◆

私は満ち足りた表情をしていたと思う。いつよりもずっと満足感があった。私は少し離れたところで横向きになって彼を見ている。すると言い訳をするように話しかけてきた。


「久しぶりだから今日はいつもと違ったことをしてみたかった。どうだった?」


「すごく良かった。たまには変わったこともいいわね」


「そうだね。これから毎回少し工夫してみよう。いやか?」


「おまかせします」


私は「どうして、違ったことをしたかったの?」とか聞かなかった。こんなこともあっていい。私のことを思ってしてくれたことだ。それが嬉しくて彼の腕を抱いて眠ってしまった。

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