第3話 直美(3)逢瀬1―不倫の密約

進が目を覚ましているのは分かっていた。私は突然寝返りをうって彼の方に向きを変えてしがみついた。まだ眠っていると思っていたのだろう。驚いて私を見た。私は間近で彼の目を見て小声で聞いた。


「目が覚めた? こうなったことを後悔している?」


「いや、君の方こそ後悔していないか? 僕があんなことをするとは思ってもみなかっただろう?」


「昔のあなたならね。でも試してみたくなったの。だから私の部屋に誘ってみたの。私のせいにしていいから」


「君のせい? 誘った? あの時拒絶されたら、久しぶりに会った親愛のハグだと言おうと思っていた」


「あなたらしいわ、少しも変わっていない」


「お見合いの話をした時のこと覚えている? その時、僕は君にそっけない返事をしてしまった。挨拶状をもらって君が結婚したと知った時はショックだった。君を手放すべきではなかったと後悔した。それで君のことはずっと心のどこかにあった」


「また、会えるかしら?」


「いいけど、できればまた会いたい」


「よかった。勇気を出してあなたを誘惑して」


「誘惑? いや、僕の方こそ、君を誘惑してしまった」


「後悔していないでしょう?」


「ああ、もちろん」


「お互いにパートナーには分からないようにして会いましょう」


「僕は君の家庭を壊すようなことはしたくない」


「私も主人を悲しませたり困らせたりしたくありません。ただ、あなたと会いたいだけ」


「分からないように会うのは難しくないか?」


「難しくはないわ。あなたはお母様のお世話で帰省しているのでしょう。私もそうですから。それなら今回のように疑われずに会う機会は作れるわ。帰省の間隔はどれくらい?」


「一昨年末に親父が亡くなってからだけど、母親はまだそんなに年をとって衰えているわけではないから、だいたい2~3か月毎に2泊3日くらいで帰省しているけど」


「私も同じくらいの間隔です。やはり2泊3日です。このくらいの方が母親も疲れないからと言っています」


「うちの母親も同じことを言っている。来てくれるのは嬉しいけど3日以上いられると疲れるというので、ほどほどにして戻ることにしている」


「それなら二晩もゆっくり会えるわ。このことは絶対にパートナーに悟られないようにすることをお互いに約束しましょう」


「ああ約束しよう。連絡方法はどうする?」


「ハンドルネームでメールにしましょう」


「無料の新しいメールアカウントを作った方がよいと思う」


「そうね、主人は私のスマホを見たりはしないけど、念のために。ここには友人が何人もいるから分からないと思います」


「連絡頻度と内容は最低限にする。そしてすぐに消去しておく。リスクはできる限り少なくした方がよいと思う」


「次に会うのはだいたい2か月後ね。帰省はほとんど金、土、日の2泊3日ですが、祝日を利用することもあります。1か月くらい前に予定のメールを入れますから、都合を知らせて下さい」


「了解した。事前に日程の調整をしよう」


すっかり明るくなっていたが、どちらからということもなく自然にもう一度愛し合う。お互いの気持ちを確かめ合ったので今はもうゆとりをもって愛し合える。


◆ ◆ ◆

3月14日(日)朝、目が覚めたら7時を過ぎていた。そっとベッドから離れて浴室でシャワーを浴びる。愛し合った痕跡はことごとく洗い流しておきたい。それからお化粧と身繕いをする。すべて終えたころに進が目を覚ました。


「おはよう。今日はここでお別れしましょう。朝食も別々にして、私は9時54分の特急で大阪へ帰ります」


「そうしよう。どこで二人一緒にいるところを見られるか分からないから慎重に越したことはない。僕は10時57分の新幹線で帰る」


彼は身繕いをして自室へ戻っていった。

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