第47話・マリスの魔法
姉達の婚約披露を兼ねた食事会の準備が、使用人達の手により粛々と進められていた。その様子を会場となるホールの壁に凭れて、マリスは一人で眺めていた。テーブルの上を飾る花々と、次々に運ばれてくる料理と食器類。
幼い頃から見知った者がほとんどだったが、中には今日初めて見る使用人も何人かいるようだった。だからだろうか、実家でありながらもここは何だか落ち着かない。
「マリス姉さま、みっけ!」
まだ少し舌足らずな子供の声に振り向くと、長女フローラの娘二人が溢れんばかりの笑顔でマリスを見上げていた。腰をかがめ、姉に似たブロンドの髪の姪っ子達に視線を合わせると、マリスは目を細め愛おしげにその頬に触れる。普段は他領で暮らす姪達に会えるのは一年ぶりだ。忘れずに懐いてくれていることが素直に嬉しい。
「ロッテ、カリーナ。こんなに顔を赤くして……ずっと走り回ってたんでしょう?」
「うん、マリス姉さまを探してたの」
「あら、私を?」
余所行きの服を着ている時くらいはお淑やかにしなきゃ、と子供達の外れ掛けていた髪留めを直してやりつつ窘める。いつも自分がリンダから言われ続けていることなのだが、幼子達は「はーい」と小さく舌を出しながらも素直に返事していた。
「お手紙に書いてあった、面白い魔法を早く見せてほしくって」
読み書きを習い始めたロッテは、別邸にいるマリスにも手紙を送ってくれるようになった。拙い字で一生懸命に書かれた手紙には、毎回必ず返事を書くようにしている。その中で魔法のことも書いた覚えはある。
でも……。とマリスは窓の外に視線を送り、日の影った曇り空を見上げる。子供が喜びそうな魔法と言えば、ウーノの院で好評だった虹の魔法を真っ先に思いついたが、あれは今日の天気では再現できそうもない。まさか幼子の前で攻撃魔法を披露する訳にもいかないしと、顎に指を当てて小首を傾げる。
「そうね、どんな魔法がいいかしら……」
「ビックリするようなのがいい!」
ワクワクと目を輝かせる二人の姪へ、ご期待に沿えると良いのだけれど、とマリスは微笑み返す。別邸で留守番させている魔鳥キュイールを呼び寄せるだけでも、それなりに驚いてくれるだろう。だが、愛しい姪っ子達には全力で報いてあげたい。
「じゃあ、中庭に出て待っててくれる? 決して、お母様とお婆様には見つからないようにするのよ」
「お庭に?」
「うん、わかった!」
唇の前に人差し指を立てると、マリスはロッテとカリーナに目配せする。これからやることが母と姉にバレてしまうと、少々厄介だ。見つかれば間違いなくお説教を食らうだろう。マリスも人目を気にしつつ場所を移動する。
「ロッテ、カリーナ、ここよー」
言われた通りに中庭に出て、キョロキョロと周りを見回していた姪っ子達の名を、マリスは館の三階の窓から呼んだ。すぐに気付いてこちらを目を丸くしながら見上げている二人に、笑顔で手を振ってみせる。
そして、躊躇いなく窓枠に脚を掛けると、ひらりと身を乗り出す。
わっ! という子供達の驚いた声に、その時に庭に出ていた者が皆振り返る。庭の手入れ作業中の庭師は勿論、丁度到着したばかりの馬車の御者など、全ての視線が三階の窓から飛び下りた辺境の魔女に集まってくる。
空中をゆっくり降下していくマリスは、驚き顔の面々を満足気に見回していた。魔術マニアのルシファーの構築した浮遊魔法は幼い姪達から期待以上の反応を引き出せたようだ。
フワフワと漂うように庭に降り立った叔母に駆け寄って来た子供達は、「すごい、すごい」と興奮して繰り返した。「姉さまが落ちちゃうかと思った……」とロッテは驚きのあまりに涙ぐんでさえいる。
「危ないから、決して真似してはいけないわよ」
「うん、マリス姉さましかできない魔法なのね?」
「そうよ。とっても難しい魔法だから、私でも一度きりしか出来ないの」
子供達が同じように窓から身を乗り出したら大変だと、強めに言い聞かせる。実際のところ、マリスの魔力量なら何度でも再現は可能だが、気軽な魔法だと勘違いされないよう少しばかり大袈裟に言っておく。
まだ興奮冷めやらない子供達に囲まれていると、館の玄関口の方から慌てた声でマリスの名が呼ばれるのが聞こえてきた。振り返ってみれば、今日の日の為に誂えた真新しいドレスに綺麗に髪を結い上げた母、ローサが血相を抱えた顔で駆け寄ってくる。
「お、お母様?!」
淑女の代名詞のような淑やかで静かな母が、ドレスの裾をたくし上げて走る様は初めて見る光景だった。マリスの傍に引っ付いていた子供達も、驚き顔で祖母の姿を見ていた。
「あ、あなた、何をやっているの?!」
注意して飛んだつもりだったので、窓枠に脚を掛けている瞬間は見られていないはずだ。ちゃんと結界を張って身を守った上で風魔法を行使していたから、以前のように髪や衣服も乱れてはいない。
だから、母に見られていたとすれば、宙に浮いて少しずつ降下している姿なはず。
――子供達に、魔法を見せるのもいけないことだったのかしら……。
幼いマリスの強すぎる魔力を恐ろしいと感じ、どこか距離を取っていたローサ。母にとっては孫達へも魔法は遠ざけたいものなのだろうか。
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