第44話・学舎開校

 新しく設立される学舎は、通常の読み書きなどを指導するヨハンと共に、魔法クラスで魔術を教えるエバを主な指導者として置くことが決まっている。マリスやアレックス神父も教鞭を取る事があるとは思うが、あくまでも二人は補助の立場を貫くつもりだった。


 もし子供達が学びや進路に迷った時、相談する相手がはっきりしている方が安心できるだろう。誰に聞けばいいんだろう、という疑問は端から不要だ。

 それに、不定期にしか顔を出さない人間が主導権を握ってしまえば、どこかで必ず綻びが生じる。


「あら、イールスからの移籍が結構多いのね。魔法クラスの最終的な名簿はこれかしら?」


 教会の簡素な応接室のソファーで、マリスは手元の資料をパラパラと捲って確認していく。ついに学舎の開校を翌日に控え、最終チェックを行っているところだ。


「学力に応じてクラスを二部制にはしていますが、もう一部増やした方がいいかもしれませんね。他で学んで来ている子には物足りないはずです」

「そうね、もう少し人数が増えるようなら、増設も考えましょう。その場合は教師の増員も必要になってくるだろうし」


 マリスの正面に座るヨハンが、カリキュラム表を見ながら眉を寄せる。入学手続き時の聞き取りで、すでに予定カリキュラムの半分以上を他の学舎で習得している子供もいて、個々の修学進度には大きく差がみられる。かと言って、教える側にも限界があり、そう簡単にはクラス数を増やすことはできない。


「魔法クラスは、院の子供達以外には三人です。個人指導を受けていた子が二人と、開校に合わせて越して来る子が一人です」

「学舎の為に他所から?」


 マリスの問いに、隣に腰掛けていたエバが頷く。魔法クラスの開設の噂を聞いてルシーダに移り住むことに決めたという一家。その子供の資料を確認しながら、マリスは胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。


「魔力が発動したばかりで、指導はまだ受けたことがないのね。2歳だと、しばらくは魔力制御の為に通う感じかしら?」

「はい。親が送り迎えをするそうです」


 娘に魔力があると分かり、養子先を探すべきかと思案していたところに、ルシーダの学舎の話を聞いたらしい。突然の魔力暴発の恐れもあるからと、すぐに助けを求められるよう教会の近くに家を探したのだという。


「親元から離されかけた子を、一人救えましたね」


 マリスの横でエバも顔を綻ばせている。辺境の魔女の一番の願いが、若い一つの家族で結果を出したのだ。これほど喜ばしく、未来への明るい兆しと思えることはない。


「まだこれからよ。頼ってもらいたければ、それなりに信頼を得ないといけないわ」


 魔力持ちが生まれても、学舎に任せれば問題ない。子は手放さなくても大丈夫。そう思って貰える存在になるよう、明日の開校へ向けての確認作業はその日の夜遅くまで続いた。



 少しばかり余所行きの服を着せられた子供達が親に手を引かれて、ルシーダの教会の一室に集まってくる様子を、マリスは部屋の一番後ろから眺めていた。緊張した面持ちの子もいれば、見知った友達とテンション高くじゃれ合う子。恥ずかしがって中に入れずにいる子。反応こそ様々だったが、皆が学舎の開校を待ち望んでいたのだと分かる。


「この学舎はシード領において、とても重要で、とても特別な役割を担っています。街をさらに元気にするために、これから楽しく学んでいきましょう」


 真新しい机と椅子に、棚にずらりと並んだ蔵書。教室の後ろでヨハンの挨拶を聞いている親達の内、一体どのくらいが学舎に通った経験があるのだろうか。すっかり場慣れした子供達とは違い、大人の方が居心地悪そうな顔をしてる者が多かった。


 教師の紹介や通学に関する基本的な説明だけの初日だったが、それを午前と午後との二回、同じことを繰り返した。一つしかない教室で二部制にしようとすれば、どうしても半数ずつを分けるしかない。通常は週に三日、クラスごとに一日置きの登校となるので、子供達全員が同日に通って来るのはこれが最初で最後となる。


 ふぅっと大きな溜め息と共にソファーに崩れ落ちたのは、意外にもヨハン教諭だった。「行儀悪くて申し訳ありません」と断ってから、襟元を緩め、袖のカフスを外した。午後の部の親子を送り出した後、応接室で打ち合わせをと集まったのだが、唯一の教師経験者は張り続けていた緊張が解け、力が抜けたように笑う。


「ようやく子供達の顔が見れて、ホッとしましたね。子供抜きの業務は、正直キツかったです」

「先生は、根っからの先生なんですね」


 ティーポットに手を添えて魔法で湯を沸かしながら、エバが可笑しそうに言う。十分に温まったのを確認してから、茶葉を加えて蒸らすと、人数分のカップに注ぎ入れていく。


「勿論、学舎の立ち上げに携われたのは貴重な経験だったとは思うのですが、僕は子供達の顔を見ながら仕事するのが一番ですね」


 エバから受け取ったカップに息を吹きかけ冷ましてから、恐る恐る口を付ける。どうやらヨハンは少しばかり猫舌のようで、お茶を淹れる度に見られる光景だ。

 姉コーネリアの名で開校祝いにと差し入れられた焼き菓子を頬張りながら、マリスは今日の初日を振り返っていた。


 ――ヨハンの言う通り、学舎は子供達が通ってきて初めて成り立つ場。これからここがどう成長していくかは、子供達次第ね。

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