第27話・魔鳥キュイール

 魔鳥の中でも小型な種であるキュイールが上空で群れをなしている様は、まるで速く流れる雲のようだと表現されることがある。その羽毛の色が白ければ白いほど群れの中でも上位とされるので、より白く見せる為にか一般的な鳥に比べると水浴びの頻度が高く、綺麗好きな魔鳥だ。


「真っ白でとてもフカフカだから、あなたは群れでもかなり上にいたんじゃないの?」

「きゅい」


 見事に白一色の羽に覆われた身体は、干したばかりの毛布のように柔らかな触り心地だった。灰色の鱗を纏った二本の脚と蒼く丸い瞳を隠してしまえば、まるっきり白い綿菓子にしか見えない。濁りもくすみもない羽色から察するに、ケインから贈られてきたこのキュイールは間違いなく群れのリーダー格だったのだろう。


 北の辺境地で群れごと捕獲された中で生きの良いのを選んで譲り受けたという話だが、確かに丸一日を飛び続けてシード領まで辿り着いたことは感心する。しかも、普段は群れで行動する鳥がたった一羽で、この距離をだ。


「是非うちの子にしたいけど、エッタと仲良くやれるかしら……」


 大人しく腕に抱かれたまま、白い魔鳥は不思議そうにマリスの顔を見上げている。本来は警戒心の強い鳥なはずだが、ケインがかけた使役魔法のおかげですっかり人慣れしている。


 ホールのいつものソファーを見ても黒猫の姿が無かったので、マリスはキュイールを抱いたまま階段を上がっていく。途中、リンダ達使用人とすれ違ったが、誰もマリスが魔鳥を抱えて戻って来たことには気付いていないようだった。何か白い塊を腕に抱いているとは思ったが――それくらい、ケインの贈り物の鳥は真っ白だった。


 エッタを探して覗いてみた子供部屋には黒猫の姿は無かった。普段は乳母が使っている大人用のベッドの上で、三毛猫は毛繕いの真っ最中だったが、案の定エッタはここにはいない。


「さっきまで部屋中を駆け回っていたんですが、ようやく疲れ始めたみたいで」

「ふふ、起きている間はずっと暴れてるものね」


 日ごとに活発度が増していくシエルを黒猫は完全に避けているようだった。たまに相手をしている時もあるが、最後は必ずシャーと威嚇しつつどこかへ隠れてしまう。だからきっと、エッタの居場所はあそこしかない。


「やっぱり、ここにいたのね」


 二階の一番奥に位置する自室へ入ると、ベッドの上で丸くなっている黒猫を見つけた。ここには大切な書類等も保管してある為に結界が張ってあり、マリスが許可しない者は不用意に入ることはできない。リンダを含めた古参の使用人の一部と守護獣であるエッタだけ。つまり、この部屋に居ればヤンチャな三毛猫に追いかけて来られる心配はない。


 マリスが抱えている存在に気付いているのか、黒猫は顔を上げずに耳だけをピクピクと忙しなく動かしている。警戒はしているが、あまり興味はないということだろうか。


「この子もうちに置いてあげたいんだけど、エッタは嫌かしら?」


 ベッドに腰掛けて、黒猫の前に魔鳥を下してみると、ようやく顔を上げた猫が目の前の白い鳥のことをクンクンと匂いを嗅ぎ始める。身体を起こし、初めて見る魔鳥の周りを回って繰り返し匂いを確認している。

 どうやらエッタの方は大丈夫そうだ。仲良く出来るかは分からないが、少なくとも狩りの獲物にはならないだろう。


「あら?」


 初対面の黒猫に匂いを嗅ぎ回されていたキュイールが、背を低くし前脚を隠して丸まっていることに気付く。身体を丸めて身を守っているような様子だが、ただの白い毬にしか見えず、マリスは思わず吹き出した。群れで上位にいたから決して弱い個体ではないはずだが、守護獣である猫には勝てないと本能的に判断したのだろうか。


「エッタ、もうそのくらいにしてあげて。その子、怖がっているわよ」


 マリスに言われて、諦めたように鳥から鼻先を離した後、エッタは甘えるように魔女の腕に擦り寄ってきた。その丸い頭を少し撫でてから猫を抱き上げ、諭すように話しかける。


「勿論、エッタが一番よ。でも、エッタは飛べないでしょう? だから、仲良くしてやって欲しいのよ」


 それに、と一匹と一羽を交互に見回し、独り言のように漏らす。


「見事なコントラストだわ」


 白と黒。互いを引き立て合った完璧な色合いだ。使い道よりも、このシャレの効いた色味が理由でケインから贈り物に選ばれたのは間違いない。


 相棒からの理解が得られたようなのでと、マリスは鳥が運んできた魔法紙を広げて、魔力を込めた。光を帯びて浮き上がった魔法陣を手の平をかざして取り込むと、その手で真っ白の鳥の頭にそっと触れる。北の魔導師が結んだ契約を自分の名で上書きし直せば、この魔鳥の契約者は辺境の魔女マリスへと新たに替わる。


「あなたの名は……そうね、スノウはどうかしら?」

「きゅい」

「長旅で疲れているでしょう? しばらく休んでいるといいわ」


 猫のことをまだ警戒しながらも、頭に手を乗せられたまま、キュイールのスノウがマリスの顔を見上げて返事するように鳴いた。

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