第8話 進学(8)

☯️



「あのぉー………なんでついてくるんすか?」

「なんでって、僕の家もこっちなんだから仕方ないだろう」

「そう言われればそうなんですけど………せめてタイミングずらすとかなかったんすかね?」

「ん? なんで?」と無邪気に問い返してくるので、天人は言葉を返すのを諦めた。


 正面の商店街に足を踏み入れる。この時間帯は学生が多く有名だ。

 征爾の集合がかかった日の放課後、対抗競技に含まれている“リレー”の練習をした天人達は、その帰り道に、チームユニフォームとなる材料を買いに行くことになった。たまたま家へ帰る途中に商店街を通る天人は材料を買いに行くことに名乗り出たのだが、まさか優一郎さんも名乗り出るとは思わず、一気に肩の荷が重くなった。舞子も天人と帰る道は同じなのだが、彼女は恒例の“見回り”ある為、学校を出てすぐわかれた。花奏さんは東先生に呼び止められ、緑さんは校門のところで舞子と同じ方角へ行った。きっと彼女はそっちの方に家があるのだろう。結果として、優一郎さんと買い出しになってしまったのだが……………。

 俺はまだ、貴方からの仕打ちを忘れているわけじゃないですからね⁈と心で野心を燃やし、睨み続ける。去年の冬、優一郎さんは俺たちを急に襲ったり、音音を勝手に祓ってしまったりと散々なことをしてくれた。何よりも、彼は半妖が大っ嫌いと自ら言っていた。そんな相手に油断なんて見せたら、どうなるやら。今日家へ帰るまで、御身体、無事でいられるか…………ああ、なんかお腹の当たりがキリキリ痛み出した。


「天人くん」


 不意に呼び止められ、天人は足を止める。振り向くとさっきまで自分の後ろを歩いていたはずの優一郎の姿が消えていた。

「こっちこっち。一緒に少し休もうよ」そう言って、手を上げて優一郎さんは自分の横に招く。“お団子”とはためく旗の横で。

「………………」

 流石にこんなに人がいる中で襲ってくることはないだろう……。天人は重たい足取りで優一郎の横に腰を下ろした。そしてすぐに優一郎は天人の肩を組んだ。

「ねえ、君さ、“小さな女の子”知らない?」

「ロリコンですか⁈」

「そうなんだ。実は……って、いうか阿保。調査だよ。陰陽師の」

 倒置法を用いられ“陰陽師”と聞いて、天人はほっと息を吐く。このイケメン面で、ロリコンだったら面白いのに……………とか思ってしまう自分を引っ叩く。

「小さな女の子………ですか? あまりにも抽象的すぎてよくわかりませんね。なんか他に特徴はないんですか?」

「それがねー、よくわからないんだよ」

「よくわからない?」

 後ろからおばあさんに団子を渡され、二人は気前よく団子を受け取る。みたらしの団子を一口噛むと、甘いタレが口の中いっぱいに広がった。

「そのワード以外、情報が一切入ってこないんだ。堕とされた人達に聞き回っても、みんな口を揃えて“小さな女の子”としか言わない。なにか特別な暗示でもかけられているのだと思うけど、ここまでがん無しに情報が出てこないとなるとほっとけないんだ。なんだかやばい匂いがして」

「堕ちた人達って………去年の、音音の件と何か関係あるんですか…………?」

「そうだね」

 あまりにも端的に返事をかえしてくるので、天人は思わず噛んでいた団子を引きちぎってしまった。

 そうだねって、あれだけの事をしておきながら言葉はそれだけかよッ。

「俺、帰ります。買い出しはまた別の時に行けばいいでしょ」

「勝手に帰られるのは困るんだけどなぁ。ここからが本題なのに」

 は?と天人が振り向く前に背中に悪寒が走った。空気の流れが変わったかのように周りと自分との差を感じる。


「いいよ、野焼。今は殺す時じゃない」


 優一郎が優しくそう言うと、天人の周りから悪寒が消え去っていく。空気も周りと同じだ。ガヤガヤとした通常の商店街が、天人の耳に戻ってくる。気を張りすぎてどっと疲れが足元に降りてくる。

「まあ、座ってよ」

 優一郎は手元の団子を齧る。

「僕が聞きたいのはね、その“小さな女の子”の情報と、もし堕ちた人達の原因を見つけることができたら、これ以上の被害を抑えることができるかもしれないと言うことなんだ。もちろん、今まで堕ちてしまった人達を救うことなんてできないけれど、これからの未来は救うことはできる。陰陽師っていうのは、今だけを考えて行動なんてできないんだよ。………まあ、半妖の君に言ったところでわからないだろうけれど」

 確かに、俺達は源郎からもらった依頼の元、この町に住み着く妖怪達の対処にあたってきた。最初から祓うのではなく話を聞いて、協力したり。下級妖怪は最初から退治するしかないけれど、きっと俺たちの手法は陰陽師さん達の行なっていることとは全然違うんだろうなとは思っていた。陰陽師さんは事前からちゃんとした手筈を組んで、俺たちみたいな行き当たりばったりなことはしない。でも、俺たちは半妖だからこそできることをやっている。その方法を変えるつもりはない。

「その………“小さな女の子”がなんだというんですか?」


「君、堕ちる為の条件って知ってるかい?」

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