第1話 二人(1)





 ピィーと夕方を告げる鳥の声が青空を伝った。声につられて空を見上げると緩やかに雲が移動していた。鼻先を冷たい風が通り過ぎる。

 天人と佰乃は裏門の前に戻っていた。というのも、先程の騒動の中、思わず相手に暴言を吐いてしまった千乃が職員室へ連行されてしまったからである。

 まあ、当たり前と言えば当たり前の話なのだが、あの暴言はよくなかったと天人は深く息を吐く。こちらのイライラの気持ちを代弁してもらったのはありがたいが、それをお前が言ってどうすると突っ込みたい気持ちが山々だ。

 天人が腕時計を確認すると時計の針は十七時を指していた。結局一時間前からここに待機していることになる。


 すると、「あ……」と佰乃は顔を上げた。つられて天人も後者の方を見ると、どこか不満そうに歩いてくる千乃の姿があった。気のせいか、騒動の時に見たより髪型が荒れてる。

 よっと天人が手を上げると千乃はこちらに気がつきパッと顔を明るくした。駆け寄ってくるが、何度か自分の足に躓きそうになる。


「ごめん!待たせたよね?退屈だったでしょ?」

「いや。俺たちも楽しいもん見たし、そこまで退屈じゃなかったよ」


事実、影からあの騒動を見ていたので、時間の経過はそこまで気にならなかった。

「そっ。じゃ行こっか」

千乃は天人達の横を通り過ぎ町の方ではなく、山の方へ向かおうとする。天人はスエットの襟を掴んで千乃を止めた。

「ぐえっ」

「ノープランで探しに行くバカがどこにいるんだよ」

「はぁ?」

「とりあえず、突男の家で作戦会議だ」

突男?と千乃は首を傾げ、そして思い出したかの様にまた表情を明るくする。

佰乃はそんな千乃をみて、表情がコロコロ変わる人だなぁと思った。三人は無言のまま、突男の家へ向かう道を歩いていた。学校から遠ざかるほど人通りや車の通りが少なくなり、両脇は田んぼで埋め尽くされる。

突男の家の場所を知っているわけでも無いはずなのに、千乃はるんるんと何やらステップを踏んで先頭をきっていた。「なぁ」と不意に天人は話しかける。

「んー?」

「お前って、同級生とうまくいってない?」

「ええ?なんでそんなこと聞くの?」

千乃はこちらを見て後ろ歩きをする。

「いや……なんていうか……」

「さっきの喧嘩、私たちも見ていたから」

口籠る天人の隣で佰乃はハッキリと口にする。

「あの猿女、貴方のこと相当嫌っていたけど、なんで?怪我がどうとか聞いてたけど」

「あー……」と千乃は不味いものを噛んだ様な顔をする。

「すっごく昔の話だよ?聞いてもつまんないし、私語り出したら止まんないからいいよ。知らなくても」

佰乃の問いを一発で拒否する千乃は再び正面を見て歩き出す。まだ何か言いたげな佰乃。しかし言葉が見つからない様子だ。

天人は、ふと視線を落とすと、千乃の短い靴下の下から覗く細い足首が気になった。右足首と比べて格段細い。間違え探しのように両足を見比べると左足首のアキレス腱あたりに小さな傷があった。さっきから普通に歩いたりスキップしたり、ステップを踏んだりしているけれどどこかぎこちないのは傷が関係しているのだろうか?

 気になった傷について聞きたいけれど、そんな簡単に聞けない。コンプレックスとか、生まれつきだったら聞く方が失礼だよな、とか思いつつ、

「別に話が長くなってもいいぜ。どうせ突男の家まではここから二十分ぐらいかかるし」

 暇だし。

「……私、一応断ったつもりなんだけどさ……」

 そういう千乃に対して天人は知らんぷりをする。

「お前が土地喰いを一緒に探すって言ったんだ。お前のことが知れれば何かわかるかもしれないだろう?」

「…まぁ、言ったところで減るもんじゃ無いしいっか。言っとくけどね同情とかいらないから。黙って聞いてああ、そうなんだって頷くだけでいいからね」

「わかったよ」


「私ね、小さい頃から妖怪の類のものは見えてたの。でも妖怪なんて普通の人は見えないし、みんな私をバカにしてきた。みんなに見えないって分かったのは小学校六年生の頃。でも、その年の時は私と由花もそこまで仲が悪くなかったの。あ、由花っていうのはさっきの猿女ね。今はあんなになっちゃったけど昔はいい子だったんだよ。……私がおかしくしちゃったんだ、由花のことを分かってあげられなかったから……」

 天人と佰乃の脳内には先程の女の子の顔が思い浮かぶ。


「小六の夏、由花と私と他の女子達で肝試しに行ったの。よくある心霊スポットで小学生の時は好奇心旺盛だったからみんな楽しんで廃墟校舎の心霊スポットを回った。そんななかね、私妖怪の気配がしたの。だから気が付かないうちにみんなとはぐれちゃって、まあ後で連絡すればいいかみたいなこと呑気に考えてたら、私のことを探していたのか由花が迷子になっちゃってみんなで探す羽目になったの。そこまで大きな校舎じゃ無いんだけどね。何せ暗闇だったから見つかりづらくて。廃墟ってなってるし建物自体もボロボロだったの。それで由花を私が一番に見つけられたんだけど足場が悪くて………壊れちゃったの」

壊れた?

「……足元が崩れて私と由花は二階から一階へ落ちたんだ」

二階から一階っていったら約二.五メートルだ。それに建物が校舎だったというのであれば三メートル近くはある。


「幸、下がフカフカの土だったから命に別状はなかったんだけどね、私は左足首のアキレス腱を切って、由花は心に大きな傷を負ったんだ」

天人は自然とその足首に視線を落とした。

「単に私の責任とは言えないけど、でも私に責任がないわけでもなくて、それから由花とは距離を置くことになった。それが互いの為だし、私が自分自身を守るためでもあったから」

 突男の家が見えてきた。煙突からは黙々と煙が上がっている。突男が夕飯でも作っているのだろうか?なんてことを呑気に考えながら段々と家に近づき、ふと天人は足を止めた。

 夕飯を作っているということは今夜の食事の材料が揃っているということだよな?でも夕飯の材料は舞子とハルが採りに、買いに行ってる。

 ってことはだよ……。

「待て!千乃。やっぱり突男の家じゃなくて――」

 声をかけた時にはもう遅かった。

 突男の家から出てきたハルとバッタリ顔を合わせてしまったのだ。千乃を通り越して天人と目があったハルは一瞬「やべ……」という表情をした。次に千乃に悟られまいといつも通り口角を上げてにっこり笑う。

「え、えーと……おかえり?」

 天人と佰乃は深いため息をついた。



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