第2話 居場所(2)



☯️


灯りのない外に出ると、目が慣れるのに少々時間がかかる。目の前に山の景色しかないこの風景では、真っ暗すぎて初め何処に道があるのかもわからなかった。ハルは歩いているうちに次第に目が慣れて、目が慣れてからは満点の空に広がる綺麗な星々が眩しく光っているように見えた。突男の家から少し離れた場所で、道端に座り込む。相変わらず外は寒くて、星を鑑賞しようにもそれどころではないのが現状だった。それでも、なぜ外に出たのか。その答えを、ハルはなんとなくだけれども察している。

「…………………」

黙ってハルが膝を抱えて顔を埋めていると、フードから土地喰いが顔を覗かせる。

「おい、小僧。何をしている。早く温かい家に戻らぬか。ここでは寒くて寒くて仕方ない」

「…………知らないよ。勝手に戻れば」

「なぬっ!小僧がわしを守るのではないのか?」

「守られたいなら、ハルの側から離れないでくれる?」

「ぬ…………」

土地喰いは唇をかみしめて言葉を飲み込んだ。そして、フードからなんとか這い出て、ハルの肩にちょこんと座る。

「……………なに?」とこもった声でハルは聞いた。

土地喰いは空に浮かぶ星を数える。

「わしが当ててやろうか。今、小僧が考えていること」

「…………」

「自分の妖力には破壊する力も、更生する力もある。つまりそれは人を救うこともできて殺すこともできると言うことじゃ」

寒たい風が、服の上からお腹ら辺を探った。

「………そこまで分かってるンなら、放っておいてよ」

「いや、放っておけまい。何故なら、溜め込んだところで何が変わる?何が解決すると言うのじゃ。どうせ誰にも相談できぬのなら、このわしに相談するがよい。これでも人の話を聞くのは上手いんじゃよ」

ハルは少し顔を上げて、腕の上から瞳だけを覗かせた。

土地喰いはその美しい横顔に思わず見惚れた。長い伏せ目がちなまつ毛と、透き通るほど綺麗な肌。まるで、この世のものではないような美少年である。昼は、あの美しい娘も一緒にいたから気がつかなかったが、もしかしたら東の地にはこのように美しい人間が山ほどいるのでは?

「……じゃあ、どうせハルの血が特別なのも知ってるンでしょう」

「血?なんのことじゃ?」

土地喰いは問い返し、ハルの口から放たれる言葉に耳を傾ける。

「ハルの血には、修復させる力があるンだ。怪我した外傷をこの手で治せるとしたら、傷口のない内面からの傷を、ハルの血は治すことができる。天人は、守らなくちゃいけないし、げんにあの日の夜自分の血を飲ませた時に感じたんだ。あいつが元気になっていく時に自分の心の中も温かくなっていくのが分かったんだ」

「あやつの妖力は吸血鬼のものというわけだな」

ハルの血には修復させる力が有ると共に、飲んでなんの拒絶反応も起きなかった天人も特殊な―――吸血鬼の妖力を持っているということになる。

「多分ね」

ハルは二の腕をさすった。

「でも………でも、わからないんだ。ハルには今まで佰乃しかいなくて、佰乃だけが全てで生きてきた。佰乃はハルのそばから離れないでいつもそばにいてくれた」

だけど最近考えるんだ。

ハルはいつだって佰乃のそばにいたけど、今ではハルと佰乃のそばにいてくれる舞子と天人がいる。多分、あいつらは少しずつハルにとって大切な存在になってるんだ。こんなこと、本当なら認めたくないけどさ、心が言ってるんだよ。彼らは仲間だって。友達だって。

「そんな時に、もしどっちかを優先して救えって言われたら、ハルはどっちを救えばいいの?なにをしたら、ハルは正解に辿り着けるの?それが、わからないんだよ…………」

まるで、何かを押し殺したように己の気持ちを吐露するハルの姿が、土地食いには只々幼い子供が泣いている姿に見えた。

土地喰いはそっと、ハルの頬に手を寄せる。

「小僧。世の中は難しい。世界に住む皆が考えるよりも想像するよりもずっとずっと難しいものなんじゃ。いつだって、正解には辿り着けないし、人はいつだって成長を感じるのは難しい。だけどな、小僧。物事はそう難しくはない。何も全てを気負いして考える必要はないんじゃ。力を抜いて、本当の自分に心問いただして、その時に出た答えが正解だと言うものじゃ。自分にとって不正解でも、誰かにとって正解であれば、それは十分な未来を選んだことになる」

「それにな」と土地喰いは続ける。ハルはチラリと小さな土地喰いの姿を横目で見る。



「小僧が考えるよりも、もっとあやつらは強いんじゃよ」

にっこりと微笑む土地喰いの口元からは、元気な歯がのぞいた。




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