第5話 ネオルの正体

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 村に着く頃には、もう日は昇っていた。太陽光が彼女と村長の顔を照らす。モンスターの引く車に乗っている間、俺は何も話さなかった。普通は村についてとか、彼女のことについて尋ねるべきなんだろう。でも俺には、その余裕は無かった。


 答えは、ただ一つ。


 俺の頭の中にいる謎の男、ネオルの正体について考えていたから。声は俺そっくりだが、若干話し方が違う。どこか気の弱そうな感じがする。それに俺に命令してきた時も、口調が柔らかかった。不思議なものだ。


 で、バーンズ村についてだが、村長に聞かなくとも何となく分かってきたことがある。村長はさっき「村はモンスターの出没地に囲まれている」と言っていた。その通りだ、モンスターの引く車は今、森に入っていった。


 さっきまで太陽に照らされていたのに、今はもう何の光も入ってこない。ただ不気味な森をまっすぐ進むのみ。車ではなくモンスターに直接運転手が乗っているが、彼は周りを警戒しながら運転している様子。それほどこの森は危険なんだな。


 一旦、ここで今までに起きたことを整理してみよう。


 俺はエボリュードという討伐パーティーから追放された。理由は「必要ない」からだとか。で、追放されてバルパーを彷徨っていると、頭の中に声が響いた。その声の主はネオル、よく分からないが俺を手助けしてくれた。


 それで俺は言うことを聞かずに殴られ金は取られ、ゴブリンには襲われ。なのに俺はゴブリンを無意識のうちに討伐していた。正確には気を失っていた。よく分からない、どうなっているんだ。まぁ、その時の縁で俺は村長と出会い、彼の暮らすバーンズ村で討伐者として働くことになったのだが。


「あれがバーンズ村です」


 彼女の指差した方向には、村があった。あれがバーンズ村なんだろう、しかし俺が思っていた村とは異なっていた。まず、人が少ない。貧しい村とは聞いていたが、そもそも若者が見当たらない。車から降りて、村の方へ歩いてみたものの……老人しか視界に入らない。


「‪もしかして、若い人はルイさんだけですか?」


「何人か出稼ぎに行っているので……まぁ、現状私だけですね」


 なるほど、どちらにせよ今は彼女しかいないのか。人口は11人、小さめの村でその分若者も居ないから……金の稼ぎようがないのか。討伐者を雇うにも討伐パーティーを結成させようにも、これじゃ難しいな。


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 俺の体にはゴブリンの返り血がビッシリと付いていたため、村長の家を借りて体を洗うことにした。村長とルイさんは今、別の家で他の村人と話し合っている。多分、俺に関する話だろう。


 緑の血が手とか服にこびり付いていた男が、村長と村長の一人娘と一緒に帰ってきたんだ。色々と説明しないといけないだろう。まずは俺がすべきことをするか。といっても体を洗うだけ。


「上を見て」


 洗面所で顔を洗っていると、どこからが声が聞こえた。この声は、ネオルか。濡れた顔を布で拭いつつ上を見ると、そこには俺が映っていた……まぁ鏡があるだけなのだが。黒髪で筋肉質で、俺だな。何の代わりもない。


「これが僕だ」


 ネオルはこれ、鏡に映った俺を「僕だ」と言っている。何を言っている。これは俺だ、鏡に映った俺の体だ。黒髪で筋肉質の男、俺が手を挙げると鏡に映っている男も手を挙げている。ほら、俺だ。


 そう思っていると、突然……鏡に映っている男のポーズが変わった。俺は手を挙げたままなのに、鏡に映った男はそのまま風呂場の方へ歩き出した。俺は何もしていない。何だ、遂に幻覚まで見始めたか。


「この体は君、エルドの物でもありネオルの物でもある」


 ネオル、鏡に映った男はそう言いながら風呂場の隅に腰をかけた。よく見てみると、若干目付きも違う。比較的穏やかだ、彼の方が優しい目をしている。まるで別人みたいだ、いや、彼の言う通り本当に別人なのかも。同じ顔と声なのに。


「今はまだ深く話せないけど、僕と君は共存していかなきゃならないんだ。説明しにくいけど、同じ体に2つの人間がいる。そう思ってもらえれば充分かな」


 俺はもうネオルのことを幻覚とか幻聴とか、そう疑うことすらできなくなっていた。幻聴にしては鮮明に聞き取れるし、幻覚にしては綺麗に見ることができる。それが鏡の中でしか作用しないのは不思議なものだが。


「ところで、あと28秒でルイさんが入ってくる。それまでに体を拭いて服を着た方がいい」


 彼の言う通り急いで体を拭いて服を着ると、本当に28秒後に彼女が家に入ってきた。これは恐ろしい……というか、どうやってネオルは感知しているんだ。彼女が家に入ってくるとか、曲がり角に大男がいるとか。


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「早速頼みたいことがあるのだが」


 村長……ロキアさんに呼び出された俺は、椅子に座り彼の話を聞いている。この場所からさっきの洗面所にある鏡が見えるのだが、そこにはもちろんネオルが映っている。彼は村長の話を聞くつもりはないのか、机の上で眠っている。本当に不思議な存在だな。


「この近くにゴブリンの出没地がある。田んぼを荒らされて大変なのだ、私の村の管轄ではないが困っている者が大勢いる。そこを助けてほしい」


 どうやら森を抜けた先にも何個か集落があるみたいだ。だがそれらはバーンズ村の管轄ではない。というかどの村の管轄でもない。だからこそ、誰も助けてくれない。周囲の村も自分たちの民を守ることに精一杯で、誰も他の集落を助ける暇なんてない。


 何ならバーンズ村も他の集落を助けている暇なんてないのだが……そこら辺は村長に任せよう。俺はバーンズ村に雇われし討伐者、村長がそう言ったのなら従うのみ。


「その集落の長、ルベラとは仲がいいのだが……若者は全員、セントリーの新事業に取られていったみたいだ。うちの村の若い子は時々金を送って来てくれるが、ルベラの所は誰も連絡すら寄越さないみたいだ」


 連絡すら寄越さないとなると逆に不安になるな。セントリーの新事業というからには物凄い大きな仕事なんだろうが。それは考えすぎか。とにかく俺はすべきことをやろう。


「剣は古い倉庫に入っているものが使えるはずだ。鎧とか盾は向こうの集落から借りてくれ」


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