第2話 脳内に響き渡る声の主

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 とりあえず、俺はバルパーの中心部に来た。ここはセントリー内で5番目くらいに栄えている都市、比べてしまうとそこまで凄くはないが単体で見れば素晴らしい街だ。


 陽気な人が多く、ちょうど時間帯も夜だから酒を飲んで大声を出して酔っ払っている人が多い。木でできた酒屋の周りで踊りながら酒を飲む人達、いつもなら笑っていられるが今は余裕がないから見ても何の感情も浮かばない。


 とにかく、夜からでも住み込みで働ける仕事を探すか。できたら……討伐者がいいな。討伐者とはパーティーに属さずに独りでモンスターを討伐する職業。基本的には村に雇われるから、村で住み込みで働くことが出来る。貰える金は少ないが、別に金のことはどうだっていい。モンスターさえ討伐できれば。


 近くにある村は……サーカル村とハミナル村か。どちらも既に有力な討伐パーティーが居住していて俺が出る幕ではない。討伐者もしくは討伐パーティーがいない村はないのか。南の方、ポリスタットとかシティストら辺に行けばあるだろうが、まずはそこに行くための金を稼がないと。


 今すべきことは、金を稼ぐこと。


 ぶっちゃけ金が欲しい訳でもないが、今の世の中金がないと何の行動も起こせない。例えばモンスターを討伐したくても、素手では何も出来ない。モンスターを討伐するためだけの専用の剣と鎧が必要になる。


 まずは、職業相談所に行くか。あそこなら夜でもやっているはず。職業相談所とはその名の通り、職業に就いていない人達が相談しに行く場所。夜ということもあってその周辺は治安は悪いが、外で寝てしまえばモンスターでなく人に襲われる。


 職業相談所への道は……確かこの角を右に曲がって、大きい通りを左に曲がって、そこを真っ直ぐ進んで曲がって、小さい通りを抜ければあるな。何度も職業相談所の前を通ったから覚えている。




「その角を曲がらないで」




 と、ここで脳内にある言葉が響き渡った。気の弱そうな男だ、しかし声は俺に似ている。どうした、遂に追い詰められすぎて幻聴でも聞こえたのか、俺は。酔っ払っているのかもな、酒は飲んでいないはずなのだが。


 頭の中の声を無視して角を右に曲がると、そこには……何も無かった。ほら、やっぱり幻聴じゃないか。曲がっても何も無かったぞ、やっぱり気のせいだったか。ところで、遠くの方にもタクラス村とかあったな。あそこは小さな村だから討伐者として雇ってくれたりしないかな。エボリュードから追放されたことを隠していけば行けるか---痛ァ!


 考え事をしながら歩いていたから気づかなかったが、前に大男が立っていた。彼は俺がよそ見をしてぶつかってきたことに腹を立て、俺の顔面を殴ってきた。逃げようとしても彼はそう簡単に逃がしてくれず、何度も何度もその重い拳で俺の頭を殴ってくる。


「俺様にぶつかったのが運の尽き、大人しく金を渡せ!」


 酔っ払っているのか酒の臭いがする。とにかく……金をここで取られてしまえば全てが台無しだ。ほぼ無一文の状態、これが取られれば他の村に行ったりすることも職を探すこともできなくなる。


 俺は力を振り絞り、酔った男の顔面を蹴り上げ、その場から逃げる。全速力で走って、彼から距離をとる。俺には通れてあの大男には通れないような、少し廃れた道を通れば簡単に逃げ切ることができるしな。幸い、エボリュード時代に何度もこの道を通っているから、体格も相まって鬼ごっこするには俺の方が有利なはず。


 と、ここで新たな声が俺の脳内に響き渡った。




「この角を曲がるんだ」




 不思議な幻聴だ。ずっと指示を送ってくるタイプなのか。俺も疲れすぎたな、それにこの角を曲がれば行き止まりだ。もしも脳内の声に従ったとしても、それでは追い付かれて殴られてしまう。脳内の変な声に気を取られて殴られたら本末転倒だ、ここは俺の土地勘を信じて真っ直ぐ進んで---あっ。


 目の前にはさっきの大男の仲間らしき人達が立っていた。彼らは皆筋肉にある印を入れている、雷の印みたいなものだ。それはさっきの男にも入っていた。細い路地で、前には大男が3人、後ろにはさっき俺のことを殴ってきた大男が。ちくしょう、これは逃げられない。


「金を寄越せ!」


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 結局、抵抗したものの虚しく金は全て奪われた。余計に抵抗したせいで顔面はボコボコに殴られ、足や手は踏まれ、腹もズタズタになるまで叩かれた。こんなことになるんだったら、大人しく頭の中の声に従って行き止まりの方に行くべきだったのかもな。


 無一文になった俺はさっき通っていた道を戻りつつ、頭の中の声が言っていた行き止まりの所に行ってみた。するとそこは、普段は行き止まりなのだが今だけ扉が開いており、大通りに逃げれるようになっていた。くそ、これなら逃げ切ることもできたのに。


 ここで俺はあることを考えついた。


 さっきから脳内に響き渡ってくるこの声、俺のことを正しい道に導いてくれているんじゃないか。さっきから俺は選択を誤って、悪い方向に進んでいる。今見たように、正しい道に進んでいたら金を奪われることはなかった。


 俺を正しい道に導く救世主よ、次はどうしたらいいんだ。そう頭の中で問いかけても、何の返事も帰ってこない。おかしいな、今は絶賛路頭に迷っている。こういう時こそ、救世主は俺を助けるべきなんじゃないか、それは自分勝手すぎるか。


 大通りに戻って職業相談所に向かおうとしたものの、何か周りが騒がしい。酒を飲んで酔っ払っていた人達も、それを見て笑っていた人達も、酒屋の店主も皆慌てて逃げ惑っている。何から逃げているか分からないが、とにかく皆東に向かっている。日の出を見るにはまだ早い時間だよな。


 そう考えていると、頭の中にある声が響き渡ってきた。


「東に向かうんだ」


 その声を今回はキチンと聞こうと思ったが、逃げ惑う人達がある言葉を叫んでいるのが聞こえた。


「ゴブリンが西から来てる!」


 ゴブリンが西の方に現れた。だから皆逃げ惑っているんだな。理由がはっきりした、頭の中の声が俺を逃がそうとしているのも分かった。それならすべきことはただ1つ、皆を逃がしてゴブリンを討伐してやる。あの醜き緑の妖精は俺が潰す。


「やめろ、君も逃げるんだ」


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