第31話
『巡礼拝』に出掛けた翌日。僕達はいつものように一緒に集まって食堂で朝食を食べていた。
食堂には、今日も今日とて溢れんばかりの見習いの姿。眠気を噛み締める者、清々しくも「頑張ろう」という気合いが顔から滲み出ている者。多種多様でありながら、波長を合わせるかのように騒がしかった。
一人が喋った程度じゃ誰にも聞こえないほどには、誰かの声が耳に入ってしまう。
「へぇー、そんなことがあったんだねー」
正面に座るロニエが、美味しそうにご飯を頬張っている。その姿が小動物のように可愛いからか、ずっと見ていられると思ってしまうのが不思議だ。食事風景だけのはずなのに。
「昨日、やけに疲れ切った顔をしてたから心配してたんだよ」
「いや、それは別の理由かな」
お兄さんを連れてきたことに関しては疲れるほどのものじゃなかった。
どちらかというと、案の定勝手に帰ってしまったことにより懺悔室で本当のお説教を食らったことが疲れ切った要因だろう。
何せ、曲げられた腕関節と重石を乗せられた太ももが、未だに昨日の思い出を残しているのだから。思い出といっても、単に痛みと冷たい床の感触なんだけど。
それに、あの野郎……本当何も言ってくれないで帰りやがった。自分はフィアと濃い時間を過ごして満足したからからか、「さようなら」の一言だけを残して帰ってしまった。
次会ったら、一発殴らせてもらいたいところだ。
「でもよかったじゃない、これでフィアが元気になるんだから」
ロニエの横に座るリンシアが、小さく笑みを浮かべてそう言った。
その顔を見る限り、心の底から嬉しく思っているのだと窺える。
「ちょ、リンシアちゃん! くすぐったいからあんまり太もも触らないでほしいんだよ」
……窺えるんだけど、行動が「実はそうでもないんじゃないか?」って思わせる。
食事中に何やってるんだよって言いたい。
「私、気づかなかったなぁ……フィアちゃん、そういうことで悩んでたなんて」
「私もよ。おかしなところも悩んでいるような姿も見せなかったから気がつかなかったわ」
「まぁ、お兄さんが来てから初めて顔に出したからね。ずっと奥底にしまってたんだから、気がつかないのも無理ないよ」
我慢して、隠して、しまって。そうして、フィアは僕達と出会って過ごしてきたんだ。
彼女が態度に出さない限り、僕達が見つけることはできなかっただろう。
たまたまお兄さんがやって来たからこそ、フィアの悩みが浮き彫りになってしまっただけ。フィア自身、バレない限りはこれから先もずっと言うつもりはなかったんだと思う。
「でも、流石アレンくんだね! ちゃんと悩みを解決してくれた! フィアちゃんのパートナーをお願いして大正解! お姉ちゃんは嬉しいぞ〜!」
「だからなんなの、その唐突な姉ぶる態度は」
同い年だっちゅうに。
「気持ちは何となく分かるわ。アレンって弟って感じがするのよね」
「おうコラ。僕ほど頼れるお兄さんオーラを出してる人はいないのになんてことを言うんだ」
「???」
「可愛く首傾げないで同意をしなさい」
「ふふっ、アレンくん……お姉ちゃんにもっと甘えてみる?」
「是非!」
「ほら、やっぱり弟じゃない」
「違うんだ、これは単にロニエの太ももと胸に顔を埋めながら甘えたいってだけで決して僕が弟属性を持っているわけでは……ッ!」
「私、そこまで言ってないよ!?」
甘えみる? って言ってくれたのに、すぐに嫌々言うロニエに僕は肩を竦めてしまう。
───昨日バタバタしたような気がしたのに、次の日になってしまえばいつも通りだ。
何も変わらない、今日も今日とて平和な一日。朝起きて、ご飯を皆で一緒に食べて、たわいもない会話から一日を始めていく。
だけどただ一つだけ、ちょっと変わったように思えるようなことがあった。
「そういえば、アズラフィアはどうしたの?」
「あぁ、シスターのお手伝いをするから遅くなるって言ってた。にしても遅い気がする───」
「お、お待たせしましたっ!」
話題に挙がった瞬間、僕達のテーブルにトレイを持ったフィアが現れた。
そして───
「失礼します……」
僕の二つ離れた席に腰を下ろした。
「あれ、フィアちゃんどうしたの?」
「ふぇっ!? ど、どうしたとは……?」
「いや、やけに離れて座るからどうしてかなーって」
僕の隣の席が空いているのに、わざわざ離れた場所に座れば誰だって不思議に思うだろう。
だがこればっかりは仕方ない。フィアも年頃の女の子、やむを得ない理由で男と少し距離を置きたくなる時だってあるだろう。
そう、これはやむを得ない理由。きっと、どうしようもない理由で───
「察しなさい、ロニエ。アズラフィアはアレンの近くが嫌だから離れてるの」
「言ったー! 僕が必死に目を逸らしてきた現実を容赦なく言ったー!」
分かってるよこんちくしょう! そうじゃないかって思ってたんだ!
だって、昨日からずっとなんだよ……何かある度に僕から距離を取られるの。一緒のテーブルに座れば必ず端っこに座るし、声をかけただけで急いでどこか逃げていくし。
パートナーじゃなかったら、今頃一度も顔を合わせないんじゃないかっていうぐらいに避けられてる。今までだったらこんなことなかったのに、昨日から急にだよ。
(僕、何かしたっけ……?)
お兄さんを勝手に連れてきたことが問題だったのかな? いや、でもあのあと───
『ありがとうございます、アレン。あなたのおかげで、私はこの先憂うことなく生きていけますっ!』
って言われたぐらいだし、それじゃない気がする。
もしかしなくても、他に理由が?
どうして避けられているのか分からないから原因を直接聞きたいんだけど、どうしても勇気が湧かない。だって、多分フィアに嫌われてるって分かってしまったら僕の心がミンチになるんだもん。
「そうだ、フィアちゃん。大丈夫だった? その……昨日のこととか、今までのことか聞いたから」
「大丈夫です! ということは……えへへ、ご心配おかけしてしまったようですね」
「そうだよぉ〜、フィアちゃんったら全然相談してくれなかったんだもん。私、フィアちゃんとは一番仲のいいお友達だと思ってたんだけどなぁ〜」
「そ、それは……」
「ふふっ、な〜んてねっ! 嘘だよ、フィアちゃん。確かに相談してくれなかったのは寂しかったけど、言いたくないことの一つ二つ誰だってあるしね!」
「よかったです……」
ロニエが冗談めかして終わらせると、フィアは大きな安堵を見せた。
「ロニエ、そろそろ行かないと次の講義に遅れちゃうわよ」
「あ、ほんとだ!」
ロニエは時計を見ると、慌てて残りの食事を口に頬張った。詰め込みすぎたのか、リスのようば頬っぺたを見せたものの、すぐさま水で流し込む。急いでいるとはいえ、かなり行儀悪い。でも可愛い。
「アレンも、早くしないと講義に間に合わないわよ」
「僕はフィアを待つから、先に行ってていいよ」
「ッ!?」
少し離れた横で、何か言いたげな小さな声が聞こえてきた。
だけど何も言ってこないのは、同じく頬に詰まったご飯が原因だろう。
「ご馳走様でしたっ! 主の恵に、今日も最大限の感謝を───お待たせ、リンシアちゃん!」
「全然待ってないわ。っていうことだから、私達は先に行っちゃいましょ」
そう言って、リンシア達はトレイを片付けに行ってしまった。
食堂を見渡すと、いつの間にか人もいなくなっていて、残っている見習い達も食堂を片付け始めていた。
それぐらい、次の講義まで時間がないんだと思う。僕は気にしないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます