第26話
「あー……くっそだりぃ」
俺の住むカラー公爵家では、常に上に立つ者の教育を施されてきた。
新しくできた妹は教育を受ける年齢じゃないからそもそも関係ないが、俺みたいな家督を継ぐ者は否が応でも勉強させられる。目の前に積み上がった教材がその証拠だ。
自室だというのに、まったくくつろぐことをさせてくれない辺りが悲しきかな。
「はぁ、フィアに会いてぇー」
嫌なことがあればすぐにでも妹に会いに行きたくなる。
もちろん、新しくできた妹も可愛い。流石俺の妹だ、将来は別嬪さんになるに違いない。
だが、やっぱり一番過ごしてきたのはフィアだ。優劣はつけたくないが、過ごしてきた時間と愛を注いできた量を考えると、どうしてもフィアの方が勝ってしまう。
それに、フィアは会えないのだ。家柄重視のクソ両親のせいで、家を追い出されたのだから。
(……思い出すだけで腹が立ってきた)
家の価値を守るためだけに汚点になったフィアを家から追い出すという薄情な両親。我が親ながら、どういう生き方をすれば実の娘との縁を切るような真似ができるのか。
片方は仕事漬けの日々で関心はないし、片方は社交界を走るので精いっぱい。娘に愛情を注いできた姿など、一度もないんじゃないかと言っていいぐらいだ。
腹が立たないわけがない。俺は絶対にこんな親にならないと、昔から決めていた。
だが……俺もきっと、あいつらと同じなんだろう。
(フィアがいなくなって、俺はなんにもしてやれなかった)
口では反抗していたが、結局はそこ止まりだ。反抗したとして地下牢に閉じ込められた間、俺は色々考えていた。
俺も家から出てやろう、親を殺して乗っ取ってやろう、離れでフィアを養って面倒をみてやろう。本当に、それはもう色々考えた。
でも結局俺は、どれも実行に移すことができなかった。実行した先のデメリットに足が竦み、一歩を踏み出せなかったから。
だから俺もあいつらと同じ……フィアを見捨てたんだ。中途半端な援助だけをして、罪悪感を紛らわせようとしているクズ野郎。
(幸せになってほしいっていうのも、結局は俺自身の罪を清算したいだけなのかもな……)
フィアの様子を見に行ったのがついこの間のことだ。
その時、アレンという少年に言った言葉が自分自身のためのものなのではないか? と、今更ながらに思ってしまう。
それでも幸せになってほしいのは事実で、フィアが幸せな第二の人生を送れるというのなら、俺は必要な援助をいくらでもしてやる覚悟はある。
(アレンという男だったら、大丈夫な気はする……)
貴族の……それも公爵家の嫡男に生まれたからか、人を見る目はそれなりにあると思っている。だからか、アレンという男は悪い奴には思えなかった。
男として終わっている部分もあるかもしれない。それでも、懐に入っている人間だけじゃなくて困っているような人がいれば放っておけない。他者の幸せを、心の底から願ってしまう奴だ。
こういうタイプの男は信用できる。一度しか会ってないが、アレンなら可愛い妹を任せても安心することができるだろう。
俺の可愛い妹。昔からからかいがいがあって、可愛くて、誰よりも優しくて純粋で、俺の後ろを小動物のように引っ付いてきた。世界一、俺が愛している人間だ。
だからこそ、あの時ちゃんとシスター見習いとして過ごしている姿を見て嬉しかった。
シスター見習いになるまでは何度か傍から見てきたことはあるが、シスター見習いになってからはこの前が初めてだ。
修道服がよく似合っていた。もしかしなくても、宝石で彩られたドレスなんかよりも誰かのために働くあの姿の方が似合っているのかもしれない。
願わくば、まだあの姿を見ていたかった。
(けど、それももうお終いだな)
俺が影ながら様子を見ることができたのも、フィアに会わないことが前提だった。
フィアに会ってしまったのなら、フィアが俺のことを忘れるまでは会うことはできないだろう。しばらく俺の姿を警戒するだろうからな。
(俺は、フィアに会っちゃいけない……)
もちろん、会いたい。会って「大丈夫か?」とか「調子はどうだ?」とか色々聞いてやりたいし、なんだったらどこか遊びにも出掛けたい。
一緒にいられなかった時間を埋めていくかのように、濃い時間を妹と過ごしたかった。
でも、それはできない。
何せ、俺は見捨てた側の人間だ。今更、どの面下げてフィアに顔を見せろっていうのか?
俺はもう、フィアに干渉する資格も、声を聞く資格も持ち合わせていない。俺が踏み込めず、カラー公爵家としての人間として生きている限り、見捨てた人間に構うのは許されないんだ。
それがけじめ。
俺が見捨ててしまったからこそ、フィアのためにもその一線だけは越えちゃいけない。
たとえ―――
『ごめん、なさい……会ってはいけないのに……いっぱい、迷惑かけたのに……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい』
フィアの言葉が、釘が刺さったかのように残ってしまったとしていても。
「くそっ、なんで謝んだよ……」
謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。どうして、泣きそうな声で謝ってくるのか?
俺はそれを思い出して、涙が溢れそうになってしまう瞳を無理矢理押さえた。
その時———コンコン、と。部屋の扉の方から聞こえてきた。
「……入れ」
俺は目頭を拭いながら、入室を促す。
すると—――
「失礼しまーす、フィアのお兄さん」
入り口から、一人の少年が姿を現した。
その姿を見て、俺は思わず呆けてしまう。
「……は?」
「ちゃんといたよ、よかった。やっぱり、女神ルシアは僕の背中を押してくれているんだね」
そして、入り口に現れた祭服を着た少年は、俺に向かって軽い調子で言い放った。
「さぁ、懺悔をしましょう。具体的には、妹に会ってやらないクソッたれな兄貴の……その罪を」
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