第6話音楽バンド活動

ライブハウス「ギフテッド」の地下室は、豪志とシャンボにとって、外界から隔絶された聖域だった。そこで、彼らのバンド「アナクロニズム」は、静かに、しかし確実にその音を磨き上げていた。ボーカルとギターを担うのはシャンボ。そして、豪志がもう一本のギターと、バンドの魂となる作詞作曲を手掛けていた。ドラムとベースは、今のところパソコンの打ち込み音源で補っていたが、彼らの情熱は、それを物足りなく感じさせないほどだった。

​豪志は、仕事の合間を見つけては、文字通り無我夢中で曲を作った。最初に作った「Cancel Culture」、「DM」、「お金では買えないもの」に続いて、彼の内なる感情は、次々と新しい曲を生み出していった。

​「OK, Boomer」

「ウソ」

「孟子」

「脱構築」

「I’m an incel」

「僕のすべてと引き換えに」

「キミにマジリプ」

​豪志が書き上げたこれらの曲は、現代社会の歪み、インターネット文化、哲学、そして彼自身の孤独な感情を鋭く切り取っていた。言葉の選び方は時に挑戦的で、聴く者に安易な答えを許さない。まるで、彼らの「愚連隊」の美学を音楽で表現しているかのようだった。

​毎日、彼らは二人だけで「ギフテッド」にこもり、セッションを重ねた。豪志が弾くギターに、シャンボが声を乗せる。メロディーと歌詞が、互いに影響を与え合い、一つの生命体のように成長していく。時には意見がぶつかり、激しい議論になることもあったが、それはすべて、より良い音楽を創造するための産物だった。彼らの間には、言葉だけではない、深い信頼関係が築かれていた。

​彼らは3日に一度のペースで、「ギフテッド」のステージに立った。観客はまばらだったが、彼らは目の前にいる一人ひとりに向けて、魂を込めて演奏した。オリジナル楽曲に加えて、レパートリーは多岐にわたった。

​洋楽では、エド・シーラン、オアシス、レディオヘッド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズといった彼らのルーツとなるアーティストの曲から、より現代的でポップなテイラー・スウィフト、アヴリル・ラヴィーン、ビリー・アイリッシュ、そして時代を超えた名曲を数多く持つニルヴァーナやビートルズの曲まで。

​邦楽にも挑戦した。Mr.Children、スピッツ、宇多田ヒカル、L'Arc-en-Ciel、B'z、SOPHIA、the brilliant greenといった90年代から2000年代にかけて一世を風靡したバンドやシンガーの曲に加え、最近の若い世代に人気のOfficial髭男dism、米津玄師、あいみょん、Mrs. GREEN APPLEの曲にも意欲的に取り組んだ。

​彼らの音楽活動は、単なる趣味の範疇を超え、彼ら自身の存在証明となっていた。精神病院で失った時間、社会から隔絶された苦悩、そして彼らが抱く「正義」への信念。それらすべてを、彼らは音楽に昇華させていた。

​観客は、豪志とシャンボが奏でる音楽に次第に魅了されていった。彼らの演奏は、技術的な上手さだけでは語れない、何か特別な力を持っていた。それは、彼らが人生のどん底から這い上がってきたという事実、そして、それでもなお希望を捨てないという強い意志だった。

​やがて、「ギフテッド」の客は徐々に増え始めた。彼らのライブ目当てに足を運ぶ客も現れ、小さなコミュニティが形成され始めた。彼らの音楽は、松戸の街に、ささやかな、しかし確かな波紋を広げ始めていた。

​豪志は、夜のクラブ「ベーカー」での用心棒という非日常的な生活と、昼間の「ギフテッド」での音楽活動という、彼ら本来の居場所が、奇跡的に両立していることを感じていた。彼らの「アナクロニズム」は、時代遅れどころか、むしろこの歪んだ時代にこそ必要とされているのかもしれない。

​そして、彼らの音楽が、過去の因縁や、松戸の夜に潜む影を、呼び寄せることになるとは、まだ知る由もなかった。

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