ワンダードール

鬼鈴キウイ

第一章 起

第1話 二十面の石

 言い伝えを信じるかと聞かれたら、どちらとも答えられない。箸花はしばな文厘かざりはそんな少女だった。


 言い伝えはあくまで娯楽であって、それに振り回されるようなこともなければ、それをあえて否定するようなこともしない。だからこの石探しも、ただの遊びのつもりでいる。


「文厘、二十面の石の話って知ってる?」


 親友である実島さねじま由姫ゆきがそう切り出したのは、初詣の列に並んでいる最中だった。


 彼女たちが住む北部地方の閑静な地区、永代ながしろ町には、いくつかの言い伝えがある。その中で最も新しいのが、縁結びの石にまつわるものだ。


 町のどこかで二十面体の形をした石を拾い、それを大切に保管しておくことで恋愛が成就する。ただし杜撰に扱ったり、成就前に他人に石の所持がバレたりしたら二度と恋は叶わなくなる。そんな内容の言い伝えを、鵜呑みにして信じる人なんていない、と数年前まで誰もが思っていた。


 しかし、状況は逆転した。この言い伝え通りの馴れ初めの夫婦が誕生したのだ。


 町民に愛され続ける老舗和食カフェの永代庵。その若女将である衛湖原えこはら奏絵かなえが、高校生時代に二十面の石を拾い、その後思いを寄せていた同級生に告白されて結婚に至ったという。


 披露宴の参加者たちも最初は冗談だと思って聞いていたが、石の実物を奏絵が持ってきたことで一気に信憑性が増し、それに伴って言い伝えも信じられるようになったのだ。


「知ってるけど……」

「じゃあさ、今度石探しに行かない?」


 由姫は奏絵と特に仲がよく、奏絵が適当な作り話を広めるような人ではないと知っているので、この噂について疑おうとはしなかった。


「いいけど、どこに?」

「そうだな〜、裏山とか? あそこなら石もいっぱい落ちてるだろうし」

「いいよ。いつにする?」

「冬休み最終日に現地集合ね」


 そういうわけで今、二人は下を向いたまま山道を彷徨っている。一応、見つけたことを知られてはいけないため、迂闊に話すこともできない。見つからないまま数十分が経ち、由姫の提案で二人は休憩することにした。


「なんで急に石探しなんてしようと思ったの?」


 適当な大きさの岩に腰掛けると、文厘は持参した麦茶のペットボトルを開けた。


「私、こういう言い伝えみたいなの割と好きなんだよね。文厘も嫌いじゃないんじゃない?」

「たしかに、ちょっと面白いかも」

「でしょ? それにこういうのは中学生のうちに楽しんでおかなくちゃ」


 北国の一月の岩は、溶けない氷と同じようなものだ。とてもじゃないが長時間座ってはいられない、と判断した由姫は早々に立ち上がり、再び石を探し始めた。


 文厘は尻を冷やさないことよりも体を休めることを優先し、一人座ったままで麦茶を飲み干す。ペットボトルの蓋を閉めようとしたそのとき、指の間から蓋が勢いよく飛び出して山道に落ちた。その行方を追うべく目を向けた瞬間、文厘は転がっていく蓋のことなど忘れ、目を擦ってもう一度山道の縁を見た。


 その石は間違いなく、二十面体だった。


 本当にあると思っていなかった文厘は、どうやってこんな形になったのか、なぜ裏山に転がっているのかなどと考えようとしたが、知られてはいけないということを思い出し、即座に拾ってポケットに入れた。


 由姫がいないのを確認し、取り出してまじまじと見る。普通の石と変わらない色合いと質感なのに、その形はアクセサリーとして作られたかのように整っている。実在するとしても、数え方をかなり譲歩した、みなし二十面体だと思っていたので、文厘は驚くばかりだった。


 二ヶ月ほど前に習った地学の知識を思い出しながら石の成立過程を考えていると、由姫が戻ってきた。気付けば太陽も水平線に没しかけている。こんな時間まで探していたのか。見つかったかと訊きそうになって踏みとどまる、というのを何度も繰り返しながら山を下りた。


 しばらく歩き、いつものY字路で二人は別れた。言い伝え通りなら、文厘は大きなチャンスを手にしたのだ。しかし、それを喜ぼうという気にはならなかった。


「私が持ってたってしょうがないんだけどな……」


 恋愛の話題に、文厘はいつもついていけなかった。生まれてから一度も、恋らしきものをした覚えがないのだ。人の魅力は分かっても、それが恋に繋がることはなかった。石の効果が恋愛成就である以上、それが文厘の手に渡ることは猫に小判を与えるようなものなのだ。文厘は石を握りしめ、そっとポケットに戻した。


 玄関扉を開けると、髪を紫に染めたFカップの女性が出迎えた。


「花ちゃん、おかえり。遅かったね」


 文厘は「うん」とだけ返事をして、顔も見ずに自室に入った。母は文厘がまだ幼い頃に病でこの世を去り、その五年後、訳あって先ほど出迎えた女性、鍵平かぎひら絢可あやかと二人で暮らすことになった。仮にも自分の保護者に苗字由来の愛称で呼ばれるのは気持ち悪いが、馴れ馴れしく名前で呼ばれるのはそれ以上に嫌なので、文厘はそれについて何も言わない。


 机の上には「食べてね」と書かれたメモ用紙とともに夕食が置かれている。石を机の端に置き、黙々と完食した。空の食器を下げるためにリビングに行くと、絢可は既に出かけていた。絢可は二十時前後に家を出る。いつも文厘はこのタイミングを狙って食器を下げ、明日の分の弁当を作る。


「机の上じゃ、掃除するときに見えちゃうな」


 知られてはいけないという条件を思い出し、部屋に戻って石を机の引き出しの中に仕舞った。明日から三学期に入る。ついでに教科書類も取り出してリュックに詰め込み、すぐにベッドに入った。


 眠るまでの間、石をどうするべきか考えていた。恋を模索するために様々なシチュエーションを想像するが、どのヒロインにも自分を移入することができなかった。どんなにラブラブなカップルも、彼女役を自分にするだけですぐにシナリオが途絶えてしまう。もどかしくなり、分厚い羽毛布団の中に顔をうずめた。


「恋って、どうやってするんだろう……」


 結局、答えは出せずに眠ってしまった。

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