第3話
ポーン、または、クイーン。
インフィリッジの所有者はこの2つの名称のいずれかで呼ばれるようになった。
この名称はチェスに由来する。
ポーンはゆっくりと徒歩移動することから。
クイーンは縦横無尽に高速移動することから。
また、クイーンについては、名称にもう一つの由来がある。
雄蜂(ドローン)に対する女王蜂。
クイーンが高速移動するのは、ドローンに対抗するためだった。
自らをそう呼称したことはないが、僕はクイーンだった。
「意味分かんないよね、クイーンって」
ハルコが言った。
彼女は昼下がりの公園のベンチに腰掛けている。
服装はパーカーにロングスカート。
「そうだね」
僕が言った。ハルコの横に座っている。服装はパーカーにスラックス。
「恥ずかしくないの?」
「名前? 恥ずかしいよ。だから自分からクイーンなんて名乗ったことないよ」
「名前もそうだけど。活動自体」
「恥ずかしくはないかな。ただ、無意味な活動だってのは思ってるよ」
クイーンの活動。
それは、ドローンとの追いかけっこだ。
インフィリッジを餌にして、それを無効化したいドローンから逃走することだ。
「なら、なんでやってるの?」
「僕はゲーム感覚かな」
別のクイーンに会った時、その彼はこう言っていた。
新政府は俺たちを掌の上で転がしている。
それがムカつくから、逆に、俺たちがドローンを掌の上で転がす。
「あと、政府のやり方への反対デモの気持ちも多少はあるかな」
通り魔的に高熱を浴びせて、インフィリッジを無効化するという強硬策。
その被害者であるハルコは呆れたように言う。
「どこがデモ?」
「そう簡単にインフィリッジは渡さないぞっていう意思表示だよ」
「で、無効化されたら? 渡すんでしょ?」
「それは、渡すね」
「捕まったらインテリジェンスハウスに入居できる楽しい鬼ごっこしてさ」
ハルコは僕の顔を覗き込んで言う。
「それをデモって意味分かんない」
「うーん。まあ、僕はゲーム感覚っていうか、遊びでやってるから」
僕はクイーンの中でも穏健派だった。
「遊び相手来たみたいだよ」
彼女は右手でドローンの飛ぶ空を指差した。右手にはブレスレットはない。
ポーンはドローンの熱波の届かない場所にインフィリッジを持っている。
「一緒に遊ぶ? 公園も誰にも遊ばれないのは可哀想だよ」
僕は立ち上がって言った。
「遊ばない」
ハルコも立ち上がった。
「インフィリッジを危険に晒すなんて、本当に意味分かんない」
彼女は、自由な外出を求めてインフィリッジを再度購入した。
インテリジェンスハウスの影響で高騰し、入手も困難だっただろう。
そんな彼女からすれば、確かにクイーンの行動は意味が分からないだろう。
「バイバイ」
彼女はポーンのように一歩一歩ゆっくりと歩き出した。
「またね」
僕はクイーンのように一気に動き出した。
ベンチに立てかけてあった電動キックボードは原付よりも速度が出た。
「健康状態をチェックします」
ドローンはハルコの頭上を素通りし、僕を追いかけてくる。
僕の指に装着されたインフィリッジを追いかけてくる。
今日も太陽が照っている。
公園で遊ぶのにちょうど良い天気だ。
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