第9話 物置小屋

「妹を殴るとは何て娘だっ!」


 私は父に殴られ庭の物置に閉じ込められた。


 ヒルベルタの笑い声。

 そして嘲笑うかのような兄の冷めた瞳。


 あの時と一緒だ。

 兄に剣で勝ち、私が家族だと認められなくなった日と。

 今度は何日閉じ込められるのだろう。

 あの時は、一週間ぐらい経った時フィリエルが遊びに来てくれて、外に出されたんだった。


 きっともう、私に会いに来る人なんていない。

 もし訪ねて来たとしても、私は男遊びで忙しいとでも言って追い返すのだろう。

 まるでそれが真実であるかのように。


 どんな私であろうとしても、歪められてしまうのなら、ここから出られる日が来たら、今度こそ私は私らしく生きよう。

 私はもう、この家にはいられない。

 妹のドアマットなんて御免だ。


 この国では認められていないけれど、隣国では女性も騎士になれるという。フィリエルの姉は、隣国の騎士と駆け落ちして、女性ながらも騎士団に所属したと聞いた。ラシュレ公爵から勘当されたというけれど、私もそんな風に生きてみたい。


「痛っ」


 私は踵に痛みを感じて視線を落とした。

 慣れないヒールで擦れて血が滲んでいて、ヴェルネルから贈られた桃色のドレスは泥で汚れていた。


 ここには庭仕事に使う道具が仕舞われているから、泥がつくのは仕方のないことだけれど、それを見たら急に涙が止まらなくなった。

 ヴェルネル様からの贈り物のドレス。あんなに美しかったのに、私なんかが着てしまったから光を失ってしまった。

 私はこのドレスも彼の気持ちも、全て汚してしまったんだ。

 小さく丸くなって泣いていると、背中の方からガタンッという音がした。物置の小窓が開けられたのだ。


 誰だろうか。見上げると、ランタンの灯りが窓の外にちらついて見えた。


「コレット様っ。僅かではございますが、ミルクとサンドイッチをお持ちしましたっ」

「レンリ?」


 窓の隙間から、紙袋に入ったサンドイッチが差し伸べられた。それからミルク瓶も。


「コックからです。みんなコレット様の事を心配しています。袋や瓶は、また明日取りに来ますので、それまでは隠しておいてください」

「ありがとう……」


 使用人が私の事を心配してくれているなんて知らなかった。

 使用人は、私と言葉を交わすことを禁止されている。破った者は罰を受ける。

 このルールを知っているのか知らないのか分からないが、私に話しかけてくるのは、入ったばかりのレンリくらいだ。


 私はまだ暖かい紙袋をそっと抱きしめた。

 私の事なんて、誰も見ていないと思っていた。

 言葉を交わしたことのない彼らの優しさが胸に染みて、また涙が溢れた。

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