第31話 淡い期待

 早足で去っていくルマンと女性の後ろ姿が見えなくなるまでへラードはその場に立ち尽くしていた。


 長いプラチナブロンドの髪がまるで日の光を受けて輝く白波のように見えて思わず見惚れてしまった。


「今の女性は一体……」


 ルマンと共にいたということは神殿の下働きか、神官だろうか?


 へラードは先ほどの腕に抱き留めた女性の容姿を思い出す。


 透き通るような白い肌に、大きなエメラルドの瞳、整った顔立ちからは凛々しさと知性、気品を感じた。


 恐らくだが、下働きではないように思う。

 身なりはどうだっただろうか。


 先ほどの女性の全体像を脳裏に呼び起こすへラードだがシルエットしか思い出すことができない。


 駄目だ……どんな服を着ていたか、色味すらも思い出せない。

 一体、どうしたんだ俺は。


 女性に見惚れてしまい、ルマンとの会話の内容も思い出せない自分に衝撃を受ける。


 とにかく下働きっぽくはない。


 下働きでないとすれば神官の一人だろうか?


 神殿を訪れたのも久しぶりだったので、昔から神殿で従事している者しかへラードは分からない。


 最近この神殿に仕え始めた者であれば見覚えがないことにも納得がいく。


 そして何より、彼女からは内側から溢れるような力を感じた。


 間違いなく、彼女は聖力を持った転生者だ。


「また会えるだろうか?」


 へラードはポツリと呟く。


 もしかして、これは運命なのでは?


 へラードは神の生まれ変わりだ。


 聖力の強い者は能力的に釣り合いの取れる異性でなければ子を成すことが難しい。

 故にへラードは今までもいくらか女性と交流を持ってきたものの、釣り合いが取れて互いに好意を持てるような相手に巡り合えていない。


 なので未だに独身、婚約者すらもいない。


 過去に聖力的に釣り合いの取れる女性と知り合ったこともあるが、その女性には既にお年を召されていた。


 素敵な女性だったので自分がもっと早く生まれていればと悔しい思いをしたこともある。


 転生者は家門を繁栄させるが、自身は必ず幸福であるかといえばそうではない。

 本当に愛した相手と結ばれることは叶わず、配偶者すらも得られないことも多い。


 過剰なほど家人に囲われて自由がない者もいる。


 へラード自身も幼少期は過保護な親族に囲まれて窮屈な思いをしてきたし、自由に恋愛をして愛した女性を胸に抱くこともできないと諦めていた。


 しかし、彼女であれば……。


 ふと、そんな風に考えている自分がいることに驚いている。


 へラードは頭を振り、深呼吸をして冷静さを取り戻す。


 まぁ、落ち着け。先走るな。もしかしたら既婚者かもしれない。

 とりあえず、一度ゆっくり話をしてみたい。


 今後は神殿に足を運ぶ機会も多くなるし、転生者であれば同じ転生者である自分も関りを作れるはず。


 もしまた会えた時にはまず…………どうすれば良いんだ?


 先ずは自己紹介からか? 名前と家門を伝えて……いや、侯爵家だと名乗れば相手は萎縮してしまうのでは? それよりもいきなり話しかけては怖がられるのでは? 何と言って声を掛けるのがスマートだ?


 他の女性には今まで難なくしていたことのはずなのに急に色んな事が不安に思えてくる。


 できるだけ紳士的に、自然な流れで声を掛ければ問題ないはず。


 へラードは少し緊張した様子で来るべき日のために脳内でシミュレーションを繰り返した。

 

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