第25話 希望

「ハーディスと申します」

「ハーディス? 姓は?」 


 名乗ったハーディスにブラウンは訝し気に口を開いた。


「既に家族とは縁を切りましたので」


 その会話を遠巻きに見ていた数人が何かに気付いたようにざわつき始めた。


「ハーディスって……アマーリア様の……」

「じゃあ、あれが噂の悪女か?」

「天使への悪行が過ぎて絶縁されたと聞いたけど……」

「何でそんな女がここにいるんだ?」


 刺すような視線がハーディスに向けられる。


 どこにいても同じですわね。


 ハーディスがどこに行こうが縁を切ろうが、『天使を虐げる悪女』は付き纏ってくるらしい。


 肩を落として溜息を零すハーディスの背を押したのはルマンだ。


「アスクレー様、兄さん、こちらはハーディス・ファンコット様です。先日の事故で私を助けて下さった恩人です」


 ルマンはよく通る声でアスクレーやブラウンだけでなく、みんなに届くように言った。


「あの血だらけで帰って来た日のことか?」


「えぇ。馬車同士が接触して事故を起こし、私は内臓に折れた肋骨が突き刺さって出血も多く、死を覚悟しました。そんな時、私を助けてくれたのが彼女です。王妃様も付き人も彼女の治療を受けています。彼女は私の命の恩人。そして国母をお救いになった方なのですよ」


 何故かルマンの背に光が差して見え、信仰を説く教祖のように思えたのは私だけでしょうか。


 ルマンの言葉を聞いた周囲からは戸惑いが感じられる。


 天使を虐げる悪女にそんな力があるなど、誰も聞いたことがないからだろう。


「そうでしたか。ハーディス嬢、弟を救ってくれたこと、感謝いたします」


 そう言ってブラウンはハーディスに向かって深々と頭を下げた。


「しかし、俄かに信じ難い。大怪我を治せるほどの聖力があるなら、もっと世間に周知されていてもおかしくないはず」


 ブラウンの言葉に周囲は再び訝し気な視線をハーディスに浴びせかけた。


 目の前に立つブラウンも口では感謝の言葉をくれたものの、ハーディスを信じていないことは目を見れば分かる。


「それには事情があるのじゃろう」


 何と説明すればよいものか考えているとブラウンとハーディスの間にアスクレーが割って入ってきた。

 ブラウンも遠巻きにこちらを眺めている者達も急にアスクレーがハーディスの味方をするような発言をしたことに驚いている。


 さっきまで杖を壊したことをカンカンに怒っていたが、その怒りは収まったようで安堵した。


「話を聞こう。談話室で待っておれ」


 ちゃんと話を聞いてくれるらしい。


 頭ごなしに存在を否定されたらどうしようかと思っていたため、ハーディスは胸を撫でおろす。


 この場所でこの方に認めてもらえれば、居場所を作れるかもしれませんね。


 今まで亡き母のため、家族のためを思い、身を粉にして働いてきたハーディスだが、その努力も頑張りも認められることはなく悔しく虚しい思いをしてきた。


 神や天使と関りの深いこの場所なら自分の力を使って自分のために自分のやりたいことを見つけられるかもしれない。


 アスクレーの言葉にハーディスはこの場所に少しだけ希望が見えた気がした。


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