第3話 夜会の余韻


「お帰りなさいませ、お嬢様」


『どうした? 何か良いことでもあったのか?』

『夜会に行った後はいつも暗い顔をして帰ってくるのに』

『今日は随分と明るいわ』


 ハーディスを出迎えてくれたのは長年仕えてくれているメイドのソマリと三匹の愛犬達だ。


「ただいま、みんな」


 ハーディスの足元をうろうろしながら愛犬達が口々に言う。

 彼らは聖獣と呼ばれる聖力を持つ動物達だ。


 見た目は大きな犬にしか見えないし、普通の人間には彼らの声は聞こえない。聖力を持つ者は聞き取ることが出来る。


 彼らの声はソマリにも聞こえている。

 彼女も天使の生まれ変わりなのだそうだ。


「こら、あなた達、お嬢様のドレスが汚れ…………って汚れてますわ! 一体、どうなさったのです⁉ まさか…………!」


 目を吊り上げるソマリにハーディスは溜息をついた。


「その通りよ」


 夜会やお茶会でドレスをアマーリアに汚されたのは初めてではない。


 染み抜きが出来たものもあるが、染みが取れずに処分したり、繕えなくなるほど派手に破れて処分したものもある。


「すぐにお着替えを。これぐらいでしたら何とかなりますわ」

「本当? いつもありがとう、ソマリ。でも無理しなくても良いわ。どうせ流行遅れのドレスだもの」


 詰めたり、解いたりして無理矢理ハーディスに合わせて縫い直して着ているがハーディスの身体に合っていないドレスだ。


 サイズだけでなく、色味やデザインもハーディスには似合っていない。

 かといって、新しいドレスを新調してくれるわけでもない。


 もういっそのこと、ドレスがないから今後は一切夜会に出ないと宣言しようかしら。


 父がその発言を認めるか、ドレスの新調を許してくれるか。

 どちらも許してくれなかったら悲惨なことになりますわね。


「おや、お嬢様。こちらは?」


 バッグの中に入っていた石がコロンっと転がり出た。


 赤とオレンジの混ざったような、まるで炎のような色の石は先ほど見知らぬ男性からもらったものだ。


「頂いたのよ」


『誰だ?』

『まさかノバンじゃないだろうな?』

『馬鹿ね、あいつな訳ないでしょ』


 ハーディスの言葉に驚いた愛犬達が興味津々で訊ねてくる。


「この石からは強い聖力を感じますね」


 ソマリの言葉にハーディスは頷く。

 手にすると温かく、何だか落ち着くのが不思議だ。


「ふふっ。大事になさいませ。宝石箱にお入れしましょうか?」

「えぇ。お願いね」


 ハーディスは宝石をソマリ手渡し、宝石箱に入るのを見届ける。

 ソマリは丁寧に宝石箱を扱い、棚の中へ片付けてくれた。

 そして着替えながら、今日あった出来事をソマリと愛犬達に話す。


「どこの殿方でしょうか。気になりませんか?」

「気にはなるけど、婚約者がいる身とあってはどうしようもないもの。この話は内緒よ。他の者に知れたら面倒なことになるもの」


 男と二人で会っていたことを知られたらノバンとアマーリアに何を言われるは想像できるが面倒だ。


 ただでさえ疲れていますのに、余計に疲れてしまいます。


『どこのどいつだ?』

『どんな奴だった?』

『格好良かった?』


 愛犬達はハーディスの周りを尻尾を振って動き回る。


「さぁ? でも素敵な人でしたわ」


 着替えを終えたハーディスはルル、ララ、フフの頭を順番に撫でまわす。


 このモフモフとした手触り、最高ですわ。


 ハーディスの疲労を溶かしてくれる愛犬達は心労の多いハーディスにとって欠かせない癒しである。


 しかし、今夜は疲労よりも胸の高鳴りの方が大きかった。


 今夜のことはここだけの秘密。

 胸の中に思い出としてしまっておくのが正解だ。


 どこかでお会いできる日があるかしら……?


 だが、自分のみすぼらしい姿は見せたくない。


 そう思うと、尚更もう会わない方がいいと思えた。


 少しだけ痛む胸を押さえてハーディスは眠りについた。



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