第25話
しばらく俺と博士はお茶とお菓子を頂いた。
女の子が泣いてる前で、
のんきにしている場合じゃないとか思われそうだし、
俺もそう思った。
でもこれはケイ本人の勧めだ。
お茶もお菓子もなくなるころには、
ケイの泣く声も小さくなっていた。
「さて、ケイくんが落ち着いたところで、
もう少し話をしたい。
ゼンくんと慈善団体のことじゃ。
知っていることをなんでも聞かせてくれるかな?」
顔を上げたケイは、
目をこすりながらうなずいた。
俺は首をかしげる。
「博士、疑問があります。
ゼンは慈善団体の建物に出入りしてる。
だからそこで働いているのは確かです。
でも、そこで働いてたら重機やらロボットやら
作れない気がするんですけど?」
俺のふとした疑問に、
博士は口を丸くしてうなずいた。
「そうじゃな。
『普通に働いて』いればあんなの作る暇なんぞない。
ちょっと詰めた質問にしよう。
ケイくん、ゼンくんが慈善団体で
どういう仕事をしているか知っておるか?」
「いえ、そもそもお兄ちゃんは
ロボットのことを仕事にしたい、
とわたしは思っていました。
なのに急に違うことをしだしたので、
諦めちゃったのかなと残念に思っていたんです」
「コンテストやら大会やらで
すげーことする情熱があったのに、
あっさりだな」
俺もそれを聞いて、
残念だという感想をそのままつぶやいた。
ケイはソファーから立ち上がり、
ゼンがブロックで作ったロボットを持ってくる。
「かっこいいデザインじゃのぉ。
魂が込められておる。特に顔がいい」
博士は楽しそうに感想を口にした。
博士にそんなこと言われるのすごくね?
「ありがとうございます。
ロボット作りはお兄ちゃんが
一番楽しくしていたことです。
それもお兄ちゃんは
ロボット作りにテーマ性とか、
哲学っていうんでしょうか、
そういうのを持っていたんです。
特に顔にこだわっていました」
「ダルマといっしょか」
俺は思わずつぶやいた。
俺の言葉を聞いて、
博士もケイも口を丸くする。
ダルマのことは秘密じゃないし、
俺が乗ってるって言ってないからいいよな?
慌てて付け加える。
「ひ、ひとの形をしていることが大事っていう、
博士の考えといっしょってことですよ。
だからゼンは顔にこだわったんだなって」
「ヤサシくん、よく気がついてくれたのぉ。
そう考えるだけで、ゼンくんを救っているような気がするぞ」
博士はコロンブスの卵、
ニュートンのリンゴだと言いたげな
感動で潤んだ声で言った。
俺は手を前に出して左右にふる。
「大げさだですって」
「わたしは、お兄ちゃんに
ロボットの見た目について聞いたとき、
答えてくれた言葉を一字一句間違えずに覚えています」
ケイは慌てる俺に割って入り話をした。
「『人前で働く機械は見た目が大事なんだ。
力がありそう、かっこいいとか印象ってことだね。
だから見たことがあるような形にする。
そして大事なのは顔。
大仏様といっしょで真剣だったり、
悪いひとに怒るような顔がロボットには似合うんだ』
だからヤサシさんのおっしゃったことって、あってます」
言い終えたケイも嬉しそうに笑った。
俺は息を吐きながら納得したことを口にする。
「なるほどなぁ。
だから二体目のロボットはあんな顔してるのか。
あれは厄除けの大仏様みたいな顔だ」
「そうじゃの。
ゼンくんのロボット哲学が込められている分、
手強いかもしれぬ。
だからこそ助けたいって思うんじゃ。
……話がそれてしまったが、
ヤサシくんの『慈善団体で働いていたらロボットは作れない』
という疑問には『慈善団体に入ればロボットが作れる』
という答えが出せるとぼくは思っておる」
博士は泳ぎそうな目を
無理やり押し留めているような顔で言った。
頭が悪いからか、俺はまだ分からず首を傾げる。
「ぼくはこの慈善団体こそ、
最近頻発する事件を起こし、
カインドマテリアルの研究所を
襲う悪いヤツらじゃと思っている」
「えっ!? だって慈善団体って、
最近の事件とかで困ってるひとたちを助けてるんじゃ」
「『世の中を平等に』」
ケイがぼそっとつぶやいた。
小さな声なのに俺の心臓に突き刺さる。
「鋭いねケイくん。知っていたのかね?」
「いえ、さっきヤサシさんがそんなことを言っていて、
慈善団体のひとたちも
似たようなことを口にするのを思い出したんです。
慈善団体のスローガンを、
どうしてお兄ちゃんが口にしたのか不思議に感じて……」
博士はため息交じりに、
ケイの方をまっすぐ向いて言った。
「ケイくんの鋭さには感心した。
じゃから他言無用でお願いしたい」
「はい、今日話したことは誰にも言いません、言えません」
「ごめんなさい。
俺が余計なことを言ったばっかりに」
俺は頭を下げた。
余計なことを言わないように
心がけてたのにやっぱり無理だった。
それにこんな簡単なことに気がつけなかったのは、
情けさなさ頭が重くなる。
「いやいや、ケイくんに聞かせた音声記録にも
入っている言葉じゃ。
ヤサシくんが言わずとも
ケイくんであれば気が付いたじゃろう。
それに慈善団体と不審者の関係性は
みんな薄々感じて追ったよ。
確証がないから警察も手を出せないんじゃけどね」
そう言われて俺は頭を上げられた。
俺が聞く姿勢に戻ったのを見て、ケイは口を開く。
「慈善団体とお兄ちゃんについて知ってることは、
スローガンがいっしょというくらいです。
あとはみんな知ってる話ばかりです。
代表者のビョードーという方も
裏があるひとのように見えなかったので、
まるでわたしは疑ってませんでした」
「今初めて知ったぞ。
世界を平等にしたい組織の代表が
ビョードーとかギャグかよ」
俺は笑えずに愚痴のように言った。
博士は似たように顔をしかめて俺に説明してくれる。
「そのまんまのニックネームとか
コードネームみたいなもんじゃ。
慈善団体は不平等とか言って
みんなを本名で呼び合わない。
ところでケイくん、
ゼンくんは団体でなんと呼ばれているか知ってるかね?」
「前に電話でちらりと聞きました。
『イネイン』って、
ちょっと呼びづらい名前を名乗ってました。
意味が分からなかったんですが、
ニックネームみたいなものだったんですね」
疑問がひとつ晴れたからか、
ケイの声が少し明るくなった。
だけど博士はあまりいい顔をしない。
なんでだ?
「そうか、ありがとう。
今日話してくれたことは、
かなり重要な情報じゃった」
博士はそう言って立ち上がった。
まるで求めていた答えが出てきたかのような動きだ。
「今日はこれで失礼するよ。
早速これでゼンくんを止める方法を考えよう」
「よろしくおねがいします」
ケイも立ち上がりていねいな礼をした。
俺も慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、任されたぜ。
落ち着かないと思うが、
無茶なことはしないでいてくれよな」
俺は慌ててケイに伝えた。
これを言いに来たのに忘れるところだった。
博士は俺の心配に続けて言う。
「現場に近寄らない以外にも、
気をつけてほしいことがある。
もしゼンくんが家に帰ってきたら、
今まで通りにしてほしい。
じゃけど、あまりに不審、
危ない動きがあればこっそりここに連絡してくれ。
電話に出たものはみんなケイくんの協力者じゃ」
博士はケイに名刺を差し出した。
ミチルさんに渡したのとは違うもの。
書かれているのは司令室に直接つながる番号だ
。一応俺も丸暗記した番号だが、
使ったことはない。
電話をかけるより前に司令室につっこむからな。
「分かりました」
そのあとはケイやひょっこり出てきたミチルさん、
ショウに見送られて小諸家を出た。
博士は自分の車に戻るとエンジンを掛ける前に連絡をする。
「石丸じゃ。
小諸家にガードをつけてほしい。
じゃが家族、またはグソクパイロットに
危険が及ばない限り、
情報収集に努めてほしい。
仮にグソクパイロットが帰宅しても、
確保、職務質問などは禁止じゃ。
小諸家を含め刺激してはならぬ。頼むぞ」
重い声で特殊警察のひとたちに指示を出し、
スマホをしまった。
それから重い荷物をおろしたように、
でかいため息をつく。
「博士、ゼンのニックネームを聞いて
なにか分かったんですか?」
多分ケイの前で聞いちゃいけない質問だったので、
俺は今聞いてみた。
博士は重い声で答えてくれる。
「『イネイン』は英語で、
愚か、意味のない、なにもない、
そんな意味じゃ」
「ゼンはニックネームに
そんなネガティブな言葉をつけたのか?
それとも誰か勝手にそんな名前で読んでるとかですか?」
「ヤサシくんも、ケイくんも知らなかった言葉じゃ。
誰かがつけたとは思えぬ。
おそらくは自分で名乗ってるんじゃろうな。
ダークヒーローに憧れる歳でもないのに、
こんな言葉を使っているとは、
自虐ネタのようなものなじゃろう」
「ひとに優しくするのに疲れるとか、
自分のことを『なんもないヤツ』とか名乗るなんて、
一体なにがあったんだよ……」
思わず頭を抱えた。
頭の悪い俺が考えることじゃないんだろうが、
考えないわけにいかない。
どんなことであれ、
ゼンを助けるきっかけやヒントがほしいからな。
「ぼくにも想像をすることしかできない。
じゃが、もし研究所のアルバイトに
ゼンくんを採用していたら?
少なくとも彼が悪いことをする未来を回避できたのかもと、
思ってしまうんじゃよ」
博士はハンドルにおでこをぶつけて、
弱々しい声で言った。
明らかにネガティブな話題を受けて落ち込んでいる。
俺は抱えた頭をあげて言う。
「博士、それは考えすぎです。
研究所の採用に落ちたことと、
魔改造重機とかグソクを使って
研究所を襲うのは繋がってないです。
『いいヤツが悪いことをするだけの理由』があるはず。
だから俺は次にゼンが来たとき、
それを聞き出して、
あいつを止めて、
あいつを助けます」
俺はでかい声で博士に伝えた。
車の外に聞こえたかもしれないが、
それよりも博士を励ますほうが優先だ。
「『いいヤツが悪いことをするだけの理由』か……。
そいえば、世の中はそんなことばっかりじゃった。
だからぼくは
『いいヤツが悪いことをするだけの理由』
と戦うロボットアニメに憧れた。
そして研究者になって、
カインドマテリアルを知った。
これなら『いいヤツが悪いことをするだけの理由』から
ひとを救うロボットを作れる。
そして今、
ひとを助けるためにダルマは作られた。
じゃろう?」
博士の問いかけは俺にではなく、
博士自身にしているように聞こえた。
それでも俺は、
そんな博士の言葉を認めるために、
強くうなずく。
「ありがとう。
それじゃ研究所に戻ろう。
ゼンくんを助けるためにやることは
いっぱいあるからの」
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