第11話



「はあ~。美味しかった~」

 ラーメンを食べ終え、暖簾をくぐって陽射しの下へと出た小日向は、開口一番にそう言って満足そうにお腹を撫でた。

「そりゃよかった。ところで小日向さん、ここで一緒に写真を撮らせてもらってもいいかな?」

「あ、ぽぽちゃんに見せるための写真だね。もちろんOKだよ」

 言うが早いか、小日向はなんの躊躇いもなく俺の肩に触れ合うくらいの距離で横に並んできた。いや、確かに一緒に写真を撮らせてほしいとは言ったけど、いくらなんでも近過ぎでないかい? それともリア充はいつもこんな風にだれに対しても距離感がないのだろうか。なにそれリア充怖い。

「……? 望月くん、写真撮らないの?」

 あっけに取られる俺に、きょとんとした顔でそう訊ねてくる小日向。

 そんな小日向に「あ、すまんすまん」と俺は慌ててスマホを取り出し、ラーメン屋をバックに小日向ともツーショット写真を撮った。

 すぐにスマホを操作してちゃんと撮れているかどうか確認してみると、にこやかにピースサインをする小日向の隣りで、無愛想に眉根を寄せている俺が写っていた。我ながらなんとも言えない仏頂面ではあるが、ま、こんなもんだろ。紺野先生も今さら俺に愛想なんて期待していないだろうし。

「どう? ちゃんと撮れた?」

「ああ。あとでそっちにも送るよ」

 返答しつつ、俺はスマホを仕舞って小日向の方へと向き直る。

「それはそうと、スープも全部飲み干してたみたいだけど、そんなに気に入ったのか?」

「うんっ。ラーメンなんて普段インスタントぐらいしか食べないけど、スープまで飲んだのはすごく久しぶりだったよ~。インスタントもいいけど、やっぱり手作りの方が一番美味しいよね~」

 その代わりすごく緊張したけど、と小日向は苦笑しながら言う。

「……で、感想は?」

 いつまでも入り口の前にいると邪魔になるので、店から離れたあとに小日向にそう問いかけてみると、

「うーん。やっぱり周りの目とか気になったけど、ラーメンを食べていると内にだんだんと気にならなくなってきたなあ。むしろ、よくお喋りしながらご飯食べてることが多いから、いつもより味わって食べられたかも」

 おっ。意外と好感触。美味しそうに食べていたと言え、内心どう思っているかはわからかったので、これは素直に嬉しい。

「けっこういいもんだろ? 一人で食べるのもさ」

「そうだねえ。たまには一人でご飯を食べるのも悪くないかもね。と言っても、今回みたいなおじさんばかりのところは当分遠慮したいかな……」

「お、おう。なんつーか、正直すまんかった……」

 遠い目で空を仰ぐ小日向に、俺は頭を下げて謝った。

 うん。そりゃそうだよな。いくら食事が美味くても、周りがおっさんだらけの環境なんて普通に嫌だよな。少し配慮が足りなかったかもしれない。

「ふふ。まあラーメンは期待以上だったし、今はもうなんとも思ってないけどね。でもこれ、あたし以外の女の子には絶対やめておいた方がいいよ? もしもこれが彼女とのデートだったら、確実に振られてたと思うし」

 さすがの俺も、彼女とのデートにおっさんまみれのラーメン屋に誘う勇気なんてないが、どのみちこうして小日向を連れてきている時点で説得力もなにもないので、

「肝に命じておきます……」

 と素直に頷いておいた。

「うん。しっかり命じておいてね。でも、なんでまたラーメン屋さんだったの? 一人で食べるだけなら、普通に定食屋さんとかでもよかったんじゃない?」

「あー。それは俺も考えたんだが、定食屋だとがっつり飯を食うことになるだろ? 他にも行く場所があったし、あんまり腹に溜まらない方がいいかと思って」

「そっかー。意外とあたしのことを気遣ってくれていたんだね。けどそれなら、ファーストフードでもよかったのに。ああいった場所なら少量でも頼めちゃうし」

「ああいうのは大抵人が多くてバカみたいにうるさいからヤダ」

「……望月くんって、たまに自己中心的なのかそうでないのかよくわからないところがあるよね……」

「よく言われる」

 もっとも、直すつもりはこれっぽっちもないが。

「はあ。まあいいんだけどね、望月くんだし」

 なんだかよくわからない納得のされ方をしたあと、小日向はその場で軽く両腕を上げて軽く屈伸してから、

「それで、次はどこに行くの?」

 と問うてきた。

「ああ、次は……」





「次って、ここ……?」

 怪訝がる小日向に、俺は「うん。ここ」と淡泊に首肯して、自動ドアの近くにある立て看板を指差した。

『インターネットカフェ ホウオウ』

 そこがラーメン屋の次に選んだ、小日向にぼっち体験をしてもらう場所であった。

「ネカフェって……。こういうのって身分証とか必要になるんじゃないの? あたし、学生証なんて持ってないよ? 休日に持ち歩いたりしないし」

「大丈夫。一部の席だけになるけど、会員登録無しでも利用できるから。それに料金もリーズナブルで、ちょっとした休憩に使う人も多いらしいぞ」

「へえ。ネカフェにも色々あるんだねえ。てっきり、こういう場所だと身分証が必須かと思ってた」

「まあ、大抵のネカフェでは必要になるとは思うけどな。ここは他のネカフェよりも店舗が大きめだからこそできるサービスだと思う。その代わり会員登録無しだと、利用できない場所もあるらしい」

「そうなんだー。……ってあれ? なんかさっきから『らしい』とか曖昧な表現が多くない? もしかして望月くん、このお店に来るのも初めてだったりとか?」

「当たり。ていうか基本インドア派だし、学校が終わったらさっさと家に帰るタイプなんだよ俺。だからこの辺りに来ること自体が少ないし、ここにしても前のラーメン屋にしても、ネットで調べた程度の知識しかない」

「じゃあ、お互いに初めての経験ってことになるんだねー。そう思うと、ちょっぴりドキドキしちゃうね。なんだか手探りな感じで」

 と、はにかみながら言う小日向。

 うん。言いたいことはわかるけど、もう少し言葉を選ぼうか。

 でないと俺みたいな思春期真っ盛りな男の子が、卑猥な妄想をしてしまうから。

「あ、でもよく考えたら、こういうところって少しオタク臭くないかな? あたし、ネカフェって行ったことないからよくわかんないけど、なんか漫画とかネトゲーばかりしているイメージがあるんだよね」

「そうでもないぞ。最近のネカフェはカラオケとかダーツとかもあるから、それだけを目的に来る客もいるぐらいだし」

「そうなの? それじゃあ知り合いに見つかってもなんとか誤魔化せられるかな?」

「別にその心配もいらないと思うけどな」

「? どういう意味?」

「ま、入ってみりゃわかるよ」

 そこで会話を切って、俺はさっさと自動ドアを通り抜けて中へと入った。そのすぐあとに「あ、待ってっ」と小日向も慌てて後ろに付いて来る。百聞は一見に如かずって言うし、ここで長々と説明するより中に入った方が早い。

 店内に入ると、すぐ目の前にいた女性店員から「いらっしゃいませ。会員登録されているお客様ですか?」とカウンター越しから声を掛けられた。

「いえ」

 俺は首を振って否定する。

「当店では会員登録されているお客様でないとご利用できないサービスがございますが、こちらで会員登録されていきますか?」

「いえ。会員登録無しのままでお願いします」

「わかりました。ではまず、こちらの料金表を見て好きなプランをお選びください」

 テーブルの上に置かれた料金表を見ると、会員登録無しの時間指定無しで三十分二百円。十分延長で五十円程度だった。やはり俺の町の店より若干安い。まあ俺が利用している店は会員登録必須なので、その違いだろう。

「小日向さん。とりあえず、この二時間パックのでいいか?」

「え? う、うん。よくわかんないけど、望月くんにお任せする」

 お任せされたので、そのまま「二時間パックで」と店員に伝えると、

「ありがとうございます。お二人なので料金が別々になりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。ではこちらのレシートが会計となりますので、お帰りになる際にこちらへとお持ちになって料金を支払うようお願いいたします」

 お互い事務的なやり取りを済ませ、店員からレシートを受け取ったあと、俺と小日向は左手にある入り口から奥へと進んだ。

 通路を歩いて突き当たりを右に曲がると、そこにはカフェテリアのような空間が視界いっぱいに広がっていた。

 整然と並んだウッドテーブルとウッドチェア。要所要所に観葉植物が飾られており、どことなく空気が清々しい。BGMも穏やかな曲調のものを流しているので、気分が不思議と落ち着く。冷房もちょうどいい温度で設定されていて、かなり居心地が良かった。

 だがまあ、もしもこれが俺一人だったら、絶対に引き返していただろうなあ。ほら、こういうところって大抵リア充御用達な場合が多いし。なんなら今そこでイチャついているカップルもいたりするし。

 そのリア充筆頭である小日向も、どうやらお気に召したようで、

「わ~っ。なんだかすごくいい雰囲気~♪」

 と嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「あたし、てっきりもっと地味なのを想像してたよ~。普通のカフェテリアとなにも変わらないね~。雑誌とかも充実してるみたいだし」

 言われて他の客を見てみると、確かにファッション誌を読みふけっている女性客がちらほらと見受けられた。割合から言うと漫画を読んでいる人か、もしくはスマホをいじっている人の方が多いが、雑誌を読んでいる人も少なくはなかった。

「そういえばここって、ドリンクとかどうやって注文するの?」

「注文する必要はないよ。そこにドリンクバーがあるだろ? あそこで何度でも無料でドリンクが飲めるんだよ」

「へえ! そうなんだ~! 何度もドリンクが飲めるなんてすごくいいね!」

「まあな」

 ちなみにソフトクリームも食べ放題だぞと伝えてみると、小日向は心底嬉しそうに頬を緩めて「あとで絶対食べる~!」と声を弾ませた。女子の甘い物好きはどこでもだれでも共通なんだなあ。

「うん。ここなら知り合いと偶然会っても全然問題なさそうだねー。ファッション誌でも読んでたら普通に涼みに来ただけって思ってくれそうだし」

「だろ? それに知り合いと会いたくないなら、リクライニングチェアのある個室もあるぞ。パソコンはないけどな」

「え? ネカフェなのに?」

「会員だったらパソコンのある個室も使えるらしいけど、俺たちは会員じゃないからなあ。使える場所も限定されてくるんだよ」

「そっかあ。それじゃあ仕方ないねー。スマホもあるから別にいいけど」

 小日向はそこまで言って「それで、これからどうするの?」と問うてきた。

「そりゃもちろん、ここから別々になってソロプレイだよ」

「あ、やっぱり? でもあたし、ネカフェって初めてだから、正直一人だけだと色々戸惑っちゃうんだけど……」

「別に難しく考える必要はないぞ? ここでジュース飲みながら適当に過ごしてもいいし、さっき俺が言ったリクライニングチェアのある個室でくつろぐのもいいし。場所がわからないのならさっき通った出入り口のそばに見取り図があったから、それを参考にしたらいいと思う」

「なるほど~。けど、いざ一人で自由にしていいって言われると、案外なにをしたらいいのかわからなくなるものだね。こういうところっていつもだれかと一緒だったから、なんだか逆に落ち着かないや……」

「難儀だな……」

 ていうか、すげえ面倒くせえ。

 まあ、普段は集団行動ばかりで一人慣れしていないだろうし、最初の内はただ疲れるだけかもしれないな。ぼっちの俺から言わせれば、こんなの序の口でしかないのだが。

 とは言え、それでトラウマになってしまっては元も子もないので、なにか小日向に一番合うリラックス方法を考えるしかあるまい。

「小日向さんは、いつも休日はなにしてんの? 友達と遊んでいる以外で」

「あたし……?」

 自身の顔を指差したあと、小日向は物思いに耽るように「う~ん」と視線を天井に向けて、

「そうだなあ。なにも予定がない時は、自分の部屋で撮り溜めたアニメを観たり声優ラジオを聴いたり漫画を読んだり、あとは本屋さんに行ったりとかかな。ここぞとばかりに趣味に没頭している時が多いかも」

「それなら、ここで目いっぱい漫画を読んだらどうだ? ネカフェなら漫画も読み放題だし、さっき言った個室に行けば知り合いに見つかる心配もないぞ」

「あ、そっか! その手があったんだね!」

 俺に言われて初めて気が付いたのか、小日向はぱあっと輝くような笑顔を浮かべて両手を叩いた。

「きゃ~っ。なにから読もう~? なにがあるのかな~? 望月くん、ほんと良い案を思い付いたね!」

「いや、だれでも思い付きそうな手だと思うんだが……。ひょっとして、今まで一度もネカフェに行こうとか考えなかったのか?」

「うん。ほら、ちょっと前に言ったでしょ? ネカフェってオタク臭い印象があるからって。興味自体はすごくあったんだけど、顔見知りの子に見つかりでもしたら大変かなって思って。でもここならオシャレなカフェテリアって感じで一般の人にもウケが良さそうだし、オタクだとか思われずに済みそうだね!」

「まあな。つっても、大量の漫画片手に移動しているところを見られでもしたらさすがに疑われかねないから、一応注意しておいた方がいいぞ」

「あ、それもそっか。うん、気を付ける……!」

 ぐっと握り拳を作る小日向。別にそこまで気合いを入れる必要はないと思うのだが……。

「とりあえず説明も済んだところで、そろそろ解散しようか。俺は俺で適当に過ごすから、二時間後にまたここで落ち合おう」

「うんっ。じゃあまたあとでね♪」

 そんな風に約束を取り付けたあと、俺と小日向は別々に行動を始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る