第5話
一颯の指が軽く、愛梨の足裏を一掻きした。
「んっ……♪」
思わず愛梨は小さな声を漏らしてしまった。
同時に足がビクっと跳ねるように動く。
「相変わらず、弱いな」
「~♪」(ひ、一掻きだけで……)
一颯の挑発に愛梨は何も答えなかった。
画面を見つめ、表示される歌詞を見つめ、音を拾い続ける。
必死に緊張を押し隠す。
しかし心臓だけは正直で、徐々に鼓動が強くなっていった。
「いつまで持つかな?」
「んっ……♪」(ま、まだ、一本なのに……)
一本の指が愛梨の足裏を激しく擦る。
満遍なく、円を描くように動き、それから中心へと動く。
さらにその強さも変わっていく。
「~♪ んっ」(さ、探られてる……)
段々と強まっていく擽ったさに、愛梨は一颯が自分の弱い部分を、敏感な場所を、擽られたくない場所を探っていることに気が付いた。
つまり反応すればするほど、より擽ったくなっていくということだ。
「~~♪ ~~♬ ~~♫」
「意外と頑張るじゃないか」
弱点を悟られぬように、ポーカーフェイスを保つ愛梨に対し一颯はそう言った。
そう簡単に幼馴染の思う通りにはならないと、内心でほくそ笑む。
しかし……
「ここからが本番な」
「っぁ……ん、~♪」
一気に指の数が二本増え、三本になった。
弱い部分を重点的に、絶妙な力加減で、責められ……愛梨は思わず声を上げてしまう。
「おいおい、さっきから音程が外れてばっかだぞ。大丈夫か?」
「う、うるさい……!」
丁度、間奏に入ったこともあり、愛梨は一颯に反論した。
上がり切った息を整えながら、一颯を睨みつける。
「後で覚えてぁン……ちょ、ちょっと……い、今は……」
愛梨が口を開いた途端、一颯の指が再び動き始めた。
これには愛梨も溜まらず、足を激しく動かしてしまう。
「間奏中は休憩なんてルールはないぞ。ほら、もう始まるぞ」
「うぅ……~♪ んっ♪ ぁ……っン、ぁ♪」(ぜ、絶対、負けないんだから……!)
気が付くと、足裏を擽る一颯の指の数は五本になっていた。
愛梨は足を動かし、擽りから逃れようとするが……
一颯の左手でがっちりと足首を掴まれ、固定されているせいで、逃げることができなかった。
「だ、だめっ……こ、降参ンン、する、からぁ……」
これ以上は耐えられない。
すっかり心が折れてしまった愛梨は一颯に対してそう懇願した。
だが一颯は首を横に振った。
「ダメだ。続けろ」
「ゆ、許して……ぁ、んぁ……も、もう、だ、ダメになっちゃう、から……~ん♪」
しかしいくら頼んでも、一颯は許してくれなかった。
もはや歌うどころではなく、愛梨は必死に擽りに堪え続け、早く曲が終わるように祈り続けた。
そして愛梨にとってはあまりにも長い、長い時が経過し……
ようやく曲が終わった。
一颯が愛梨の足首を放すのと同時に、愛梨は大切な物を抱え込むように、自分の足裏を抑えた。
「くぅ……!!」
一分以上も擽られ続けたせいだろうか。
擽られていないにも関わらず、虫が這うような擽ったさが残っていた。
「俺の勝ちみたいだな」
一颯は画面に表示された点数を見ながらそう言った。
愛梨は思わず一颯を睨みつける。
すると一颯は少し怯んだ様子を見せた。
「な、何だよ……最初にやったのはお前だろって、お、おい!!」
「よくもやったわね!!」
愛梨は一颯に飛び掛かり、押し倒した。
そしてすかさず、一颯の腋下に両手を突っ込んだ。
「ちょ、ちょっと待て……そ、それは反則……っくぅ……あははははは」
「ほらほら、どうしたの? さっきまでの威勢はさ?」
愛梨は一颯の上に馬乗りになると、一颯を擽り続ける。
手足をバタバタとさせ、身を捩り、苦しそうに笑う一颯を見るのは非常に気分が良く、愛梨の嗜虐心をそそらせた。
「お、おい……いい加減にしろ! こ、これ以上は、ゆ、許さないぞ……」
「許さない? へぇ、じゃあどうしてくれるの?」
こちらを睨みつけてくる一颯を、愛梨はそう挑発した。
すると一颯の眼光が鋭くなった。
「……後悔するなよ?」
「え、あっ、ちょっと……」
一颯の言葉と共に愛梨の手が止まった。
両腕を強く、一颯に握りしめられたからだ。
「え、あ、そ、その……今日はこのくらいで、勘弁して……」
「百倍返しだ」
次の瞬間、愛梨は体を強く引き寄せられた。
体が前のめりになり、一颯の胸板に顔をぶつけてしまう。
そして両腕でガッシリと、抱きしめるように体を拘束されてしまった。
「ま、待って、な、何をするの!?」
「仕返しだよ」
一颯の体が横に回転した。
同時に一颯と愛梨の立ち位置が変わる。
気が付くと愛梨は一颯に体を押し倒されていた。
「覚悟しろ?」
一颯の両手がゆっくりと、愛梨の腋下に伸びていく。
「あっ……」(これ、不味いやつ……)
愛梨がそう思った瞬間。
くすぐったさが腋下で爆発した。
「あ、あはははははははは!! や、やめて、だ、ダメ、ダメだから!!」
「許さないって言ったろ?」
「し、死んじゃう、死んじゃうから!! あははははは!!」
「死んでも許さない」
「ほ、ほんとに、く、苦しい……だ、だめ、ゆ、ゆるし、あははははは!!」
あまりのくすぐったさに愛梨はどうすれば良いのか分からなかった。
がむしゃらに体を捩り、手足をバタつかせ、自分を襲う感覚から逃れようとする。
一颯はそれを抑え込みながら、擽りを続けようとする。
しかし……
「……ぁン」
愛梨の唇から、甘い吐息が漏れた。
それは擽ったさに近いが、しかし全く別の感覚によるものだった。
「あっ……」
一颯も同時に声を上げ、硬直した。
擽りも止まった。
しかしその手は……愛梨の胸から放れなかった。
「……」
「……」
気が付くと二人の顔は真っ赤に染まっていた。
二人の視線が交錯する中……
「大変お待たせ致しました。ご注文の……」
店員が入ってきた。
その場にはそぐわない、美味しそうなピザの匂い漂って来た。
「だ、大丈夫です!」
「あ、ありがとうございます!」
一颯は愛梨の体から飛び退き、そして愛梨は慌てて体を起こした。
「……マルゲリータになります」
店員は一颯と愛梨の言葉に答えることなく、ピザをテーブルに置くと、その場から立ち去った。
「……食べようか。冷めないうちに」
「そ、そうね」
二人は互いの顔を見ないようにしながら、いそいそとピザを食べるのだった。
こうして二人の久しぶりのデートは微妙な雰囲気で終わったのだった。
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