(28)弾劾

 カイルが入城して一ヶ月程経過した頃、城内の大広間に城の文官武官の主立った面々が集められた。急な招集に、一部の者が不満を露わに囁く。


「理由も告げずに、いきなり呼びつけるとは何事だ。こっちは仕事の手を止めて来ているのに」

「どうせ伯爵様の気まぐれだろう。自分が領主だって、顔をしたいのさ」

「伯爵だけじゃなく付いて来た連中まで、来る早々、あちこちに首を突っ込んで、目障りで仕方がない」

 常日頃から不満を抱えている者達が面白くなさそうに文句を言い合っていると、ドアを開けてカイルが大広間に入って来た。それを見てさすがに彼らも口を閉ざし、文官と武官に分かれて整列する。

 対するカイルは集まった者達を眺めてから、挨拶抜きで用件を切り出した。


「皆、一堂に集まってもらったのは他でもない。これまでこの地で行われてきた不正を正すためだ」

「…………」

 唐突に告げられた内容に、心当たりのある者は顔色を変え、他の者は呆気に取られてカイルの顔を凝視する。すると一瞬絶句したニールが、最前列で苦笑を堪える表情になりながら口を開いた。


「伯爵、いきなりそのような事を仰られても……。こちらに来られたばかりで、まだ何もお分かりでないようですな。こちらと王では色々なやり方が異なると思いますが、何か誤解されているところがおありのようです」

 まるでできの悪い生徒を窘めるかの如き声音に、カイルに付き従ってきたダレンは無言で片眉を上げた。しかし当のカイルは、すこぶる冷静に言葉を返す。


「そうか……。だがニール。裏帳簿と同程度に、形式上の帳簿をきちんと記載しておくべきだったな」

「……裏帳簿? 何の事でしょう?」

「ダレン」

「はい」

 顔を引き攣らせつつ、ニールはしらを切ろうとした。しかしカイルに促されたダレンが盛大に二回拍手すると、その音が合図だったらしく廊下に続くドアが勢いよく開けられる。


「ほら、手間をかけさせるな」

「とっとと入れ」

 アスランとロベルトが左右に開いたドアから、後ろ手に縛り上げられた男が四人、蹴り転がされる勢いで大広間に押し入れられる。彼らはニールが屋敷や城内で使っている者達で、彼らは主の姿を認めるや否や蒼白な顔で訴えた。


「だ、旦那様!」

「こいつらが大挙して、屋敷に乱入して来ました!」

「申し訳ありません! 執務室は荒らされ放題です!」

「例の物を、洗いざらい奪われました!」

「なんだと!?」

 瞬時にニールが顔色を変え、さすがに背後に集まっている者達がざわめき出す。するとアスラン達の背後から現れたリーンがカイルの方に歩み寄り、恭しく一礼した。


「伯爵、ご指示の物は一通り揃っております」

「ダレン、確認を」

「失礼します」

 リーンから受け取った書類や書簡の内容をざっと確認したダレンは、満足そうに振り返る。


「確かに。ニール殿とお友達の方々の横領と不正の証拠が、一通り揃っております」

「そうか。ニール、事細かに罪状を告げなくても、異論はあるまいな」

 淡々と声をかけたカイルに対し、ここでニールが盛大に喚いた。


「……っ!! 伯爵! 傍若無人にもほどがあります! こんな乱暴狼藉を働いてよいとお思いか!?」

「こちらからもお前に問いたいが、公金を無断で懐に入れるのは、れっきとした反逆行為ではないのか? お前はこれまで王家直轄領の一管理官に過ぎず、領民から集めた税収は国庫に納めるべきものだ」

「つけあがるなよ、この若造!! マークス! この世間知らずの間抜け野郎を殺ってしまえ! 王都には、私がどうとでも説明する!!」

 完全に逆上したニールは、これまでの悪事の片棒を担いでいたマークスに向かって叫んだ。マークスも、このままでは自分達もこの城や領地を思い通りにできないと悟っており、勢い良く剣を抜きながら雄叫びを上げる。


「おう! ただでさえ、王都から来たってだけででかい顔をされて、散々嫌気が差してたんだ!! 皆、全員で切り殺してしまえ!!」

「はい!」

「お任せを!」

「馬鹿な奴らだぜ! 俺達の方が、断然人数が揃っているのに!」

「こんな間抜け野郎だから、加護詐欺王子と言われるんだぜ!」

「…………」

 しかしこの場に招集された二十数名の武官のうち、マークスに呼応して剣を抜いたのは四人だけで、他の者は皆一様に無表情で佇んでいた。その間に、元々大広間内に配置されていた騎士と、アスランは引き連れて来た者を含めた十人の騎士が、剣を抜いた五人を包囲し始める。


「おっ、おい。お前達! 何をボケっとしている! さっさとあいつらに斬りかかれ!」

 予想とは異なる展開に、マークスは焦りの色を濃くしながら、周囲の者達を怒鳴りつけた。他の四人も激しく動揺する中、アスランが淡々とお伺いを立ててくる。


「伯爵。ご命令を」

「まだ色々聞きたいことがあるから、できれば生け捕りで。それが無理なら命に別状がない限り、手足を斬っても構わない」

「了解しました」

「まあ、そうなるだろうな」

 主従でそんなやり取りが交わされると、マークスが憤怒の叫びを上げた。


「貴様ら! 裏切ったな!?」

「何を言っているのか分からんな。駐留部隊の最高指揮官は、領主である伯爵だ。その人に剣を向けたなら、お前達が主君を裏切った反逆者だろうが」

「そんな事も分からない阿呆揃いだったか。まあそれだから、反逆なんかするんだが。それに敵との内通の挙句、合戦を演じて小銭を稼ぐとはな。恐れ入った」

「何の事を言っている!?」

「グルージ山のシュレイル、身柄を押さえたぜ。言っている意味が分からない程、馬鹿じゃねえよな? それと、どこぞのお偉いさんとの間の書簡だ」

「…………」

 不敵に笑いながらロベルトが口にした名前と、足下に放りだされた封数の書簡を認めて、マークスの顔が蒼白になった。そこで容赦なく、アスランが彼に剣を突き付けながら恫喝する。


「これ以上の抵抗は無意味と思え。伯爵はああ言ったが、抵抗すれば生死を問わず斬る」

「おいおい……。それじゃあ、何のために伯爵に聞いてんだよ」

 どうしてこの俺が抑え役に回らなきゃならないんだと、ロベルトはもう何度目になるのか分からない愚痴を零した。そこで完全に戦意を喪失したらしいマークスが、剣を取り落として床に崩れ落ちる。

 それを目の当たりにしたニールとその配下、マークスと同様に反抗した騎士もおとなしく捕縛され、それから数日の間、徹底的な調査と尋問が行われる事になった。



















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