(26)近衛騎士団第一大隊方式

「表面上は数字を合わせてありますが、納入価格が不自然に高かったり、季節に合った支出ではなかったり、ここに来る途中で確認してきた領内の実情に合わない支出が散見されます。おそらく二重帳簿でしょう。カイル様、どうしますか?」

「え? どうって……」

 いきなり問われたカイルは、さすがに戸惑った。しかし迷ったのは一瞬で、冷静にダレンに指示を出す。


「私の治める領地内で、そんな不正を見逃すわけにはいかない。ダレン、来て早々で悪いが、精査を頼む」

「お任せください。ここに来る途中に、シーラとギリューに話をつけてあります。暫くの間、監査と裏取りに専念させる予定です」

「え? ちょっと待て。あんたギリューに何をやらせる気だ?」

 唐突に仲間の名前が出てきた事で、ロベルトは慌てて確認を入れた。それにダレンが冷静に答える。


「言った通りだが。昨日通った街で彼と一緒に必要な物を色々買い出ししたが、市場の流通価格に通じているし、商品グレードの判別も完璧だ。シーラに経理簿の穴をくまなく突いて貰うと同時に、彼に領内の実際の流通価格や市場調査をして貰う」

「ああ……、なるほど。それなら納得だ。あいつは目端が利くからな」

「それなら早速、こちらはこちらで動くとするか。ロベルト、近衛騎士団第一大隊方式でいくぞ。そのつもりでいろ」

 ダレンの説明に安堵したのも束の間、アスランが口にした内容を聞いて、ロベルトが明らかに動揺した。


「げ……、ちょっと待て。あんた、第一大隊所属じゃなかったよな?」

「サーディンに言わせると、個人的に第一大隊資格はあるそうだ」

「因みにどのくらいだ?」

「昨日サーディンにお前について尋ねたら、『お前程度にはいける口だ』と言っていた」

「自分で言うのもなんだが、冗談だろ……。あんた、それでなんで元王子様なんだよ……」

(二人が何を言っているのか分からないんだが……。『近衛騎士団第一大隊方式』とは何の事だ?)

 アスランが平然と告げると、ロベルトが頭を抱えて呻く。カイルは怪訝に思いながらも、話に割り込んでよいかどうか判断がつかず、黙ったまま事の成り行きを見守った。


「安心しろ。軍資金はたっぷりある。宰相が『腐るものではないから持って行け』と、公に支給された額の倍額は持たせてくれた」

「なんかさらっととんでもない事言ってないか? それって要するに、王族から除籍された事に対する手切れ金だろ? しかもなんだか、裏金っぽいよな? その日暮らしに近かった俺が言うのもどうかと思うが、初っ端から散財せずにきちんと取っておけよ!」

「必要な時に、必要な額を一気に払うのは当然だ。戦術でも逐次投入など、愚の骨頂だろうが」

「あんた色々な意味で潔すぎるぞ! もっと真剣に、将来を考えろよ!」

「つい数日前までその日暮らしに近かった人間に、将来について説教されてもな……」

「そうだ! あんた、あの女に言い寄ってたよな! なあ、メリア! 結婚相手が無一文なのは論外だよな? もうちょっと考えて金を使えと、あんたから言ってやってくれ!」

 ここである事に気がついたロベルトは、すこぶる真剣な面持ちでメリアに訴えた。対するメリアは、カイルにお茶を出した後は部屋の隅に無言で控えていたが、ロベルトの呼びかけに冷静に言葉を返す。


「別に、良いんじゃありませんか? 自分のお金なんですから、好きなように使えば」

「え? 本気かよ?」

「アスランさんの求婚は、お断りしていますし」

「そうだな。つい先日、十二回目を断られたばかりだ」

 平坦な口調のメリアの台詞に、すこぶる楽しげなアスランの台詞が続く。両者を交互に眺めたロベルトは、アスランから微妙に視線を逸らしつつ謝罪の言葉を口にした。


「……すまん、俺は触れなくても良いところに触れてしまったらしいな」

「いや、気にするな。メリアも気にしていない」

「返す言葉に困るようなフォローをしないでくれ」

 ロベルトががっくりと項垂れると、ふざけるのはここまでにしようと思ったのか、アスランが真顔になってメリアに声をかける。


「取り敢えず、連中の動きが少々不安だから、メリアは当面伯爵の近くで待機してくれ。夜間はどうするつもりだ?」

「寝室に繋がる、こちらの居間を使わせていただきます」

「そうしてくれ。居間から廊下に繋がる間の応接室と廊下には、必ず信頼できる騎士を配置しておく」

「よろしくお願いします。因みに、どのくらいが目安でしょうか?」

 メリアも真剣な面持ちで頷き、問い返してくる。それにアスランは考え込みながら、ダレンに確認を入れた。


「そうだな……。不穏分子を一掃できる証拠固めと裏工作が必要だから……、俺的には一か月くらいでなんとかできると思うが。ダレン、そっちはどうだ?」

「そうですね。こちらも一か月あれば、確実に処理できると思います」

「そういう事だ」

「了解しました」

「おいおい、それでいいのかよ……」

 結構不穏な内容ながらも平然と応じているダレンやメリアを見て、ロベルトは諦めの溜め息を吐いた。ここで話に一区切りついたと判断したカイルが、控え目に問いを発する。


「アスラン、ロベルト。さっき言っていた『近衛騎士団第一大隊方式』というのは、何の事かな?」

 その問いかけにアスランはわざとらしい笑みを浮かべ、ロベルトは僅かに顔を引き攣らせながら振り返った。


「お気になさらず。いわゆる騎士同士の親睦方法の一つです」

「近衛騎士団第一大隊ではその方法に、大隊長の意向が強く反映されていましたから、そんな名前がついただけで」

「それでは名簿はお借りしていきます」

「俺達はちょっと打ち合わせを……、既に廊下や近くに警備の人員を配置してありますので、ご心配なく」

「それでは失礼します」

「あ、二人とも、ちょっと待て!」

 するすると後ずさりしながら名簿を抱え、礼儀正しく、しかし素早く部屋を出て行った二人に、カイルは呆気に取られた。そんな主君に、ダレンが溜め息を吐いてから説明する。


「こちらに同行された騎士の方々は、ここの駐留部隊を篭絡するつもりでしょう」

「え? 篭絡って、どういう事だ?」

「形式的にはカイル様がここの駐留部隊の最高指揮官ですが、今まで甘い汁を吸っていた連中がおとなしく従うとは思いません。カイル様に忠誠を尽くす者と害意を持つ者に判別し、前者にはその能力に相応しい地位と権限を与え、後者には追い落とすための証拠や弱みを掴んで息の根を止める。それで駐留部隊を完全掌握するというわけです」

 どこまでも冷静にダレンが説明し、メリアも無言のまま何度も納得したように頷く。


「うん……、それは分かったが、先程から出ている『近衛騎士団第一大隊方式』の意味がまだ不明なんだが……」

 あまり物騒な事態にならなければ良いがと、カイルは心配になりながら再度疑問を呈した。それにもダレンが、あっさりと答える。


「近年、近衛騎士団第一大隊は、酒豪集団と揶揄されております。一説には大隊長のサーディン様が『酒が飲めない奴と一緒に戦えるか』と一喝して、飲めない者をを叩き出し、飲める者だけ入隊させたとかさせないとか」

 それを聞いたカイルの顔が、盛大に引き攣った。


「……冗談だろう?」

「どうでしょう? 王城にいる時に、第一大隊所属の騎士に何度も真相について尋ねてみたのですが、一人として明確な返事をくれず、ことごとく言葉を濁されましたので」

「第一大隊所属者が酒豪の集団だったとして、それでどう駐留部隊を篭絡するんだ?」

「多分、大勢の騎士達の中から狙いをつけて、下から順番に各個撃破といったところでしょうか?」

「え?」

 余計に訳が分からなくなったカイルだったが、ここでメリアが会話に割り込んできた。


「要するに、酒の席に誘って飲みつぶした相手からその人や同僚、上司などの悪事の詳細や証拠のある場所、脅迫する為の弱みなどを聞き出して、ここの部隊の完全掌握を目指しているって事ですよね?」

「概ね、その通りだな。飲みに誘って明らかに室内が無人なのが分かっている時間帯に、密かに別動隊が家探ししておく場合もあるだろう」

「なるほど。お酒が飲めなかったりあまり強くない人は、そちらの担当なんですね」

「あと酒の席で色々噂を流して、敵対陣営の噂を流して結束にひびを入れたりとかも考えられるが」

「なんか散々飲める上に、色々楽しそう」

 唖然として二人のやり取りを聞いていたカイルだが、そこで思わず声を荒らげた。


「そうじゃないだろう、メリア!」

「そうですか? 殴り合いや斬り合いよりは、遥かに平和的で楽しいと思いますが」

「それはそうかもしれないが……」

 不思議そうに小首を傾げたメリアに対してこれ以上かける言葉が見当たらず、(兄上やロベルト達は、本当に何をする気なんだ)と無言で頭を抱えたのだった。













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