(23)警告

 小休止で馬車が停まるとすぐに、ロベルトは挨拶をしつつ腰を上げた。


「それでは失礼します」

「ああ、また後で」

 結構物騒で深刻な話をしていたが、お互いにそんな素振りは微塵も見せずに挨拶を交わす。ロベルトが何食わぬ顔で地面に降り立ち、歩き出しながら自分の馬がどこにいるのかと周囲を見回した。するとアスランが、歩み寄りながら声をかけてくる。


「ロベルト。お前の馬は、あそこに繋いでおいたぞ」

「ああ、分かった。ありがとう」

 少し離れた樹の一本に繋がれている馬を指し示されたロベルトは、アスランに礼を言ってその方向に歩き出した。すると何故か、無言で彼が並んで歩き始める。それに一瞬眉根を寄せたロベルトだったが、足を止めないまま淡々と問いを発した。


「それで? 俺に、何か用でも?」

「カイルと何を話していた?」

「え? ああ、そりゃあ、お兄様大好きな伯爵様の、お兄様自慢を滔々と……」

 正直に話すつもりは皆無だったロベルトは、薄笑いを浮かべながら軽口を叩こうとした。その瞬間、彼の喉元に短剣の刃が突き付けられる。ロベルトが反射的に足を止めるとアスランは短剣はそのままに、地を這うような声音で恫喝してきた。


「寝言は寝てから言ってもらおうか。そんなに寝たければ、今すぐ永遠に眠らせてやるぞ?」

 しかしこれまでに相当の場数を踏んできたロベルトがその程度で怖気づく筈もなく、苦笑いしながら言葉を返す。


「短気は損気ですよ、アスラン殿下?」

「…………」

「休憩、そろそろ終わるんじゃありませんかね?」

 殿下呼ばわりされた事も相まって無言で睨みつけてくるアスランに対し、ロベルトは恐れげもなく淡々と応じた。それでアスランは、苦虫を噛みつぶしたような顔になりながら短剣を鞘に戻し、再度警告する。


「言っておくが、カイルを害しようなどと一瞬でも思ったら、俺が即座にその首を刎ねる」

 そんな物騒な宣言をされても、ロベルトは馬車での密談の内容についてはしらを切った。


「何でいきなり、そんな物騒な話になるかな?」

「俺達は間違ってもしないというのがカイルには分かっているから、新参のお前に頼むのが筋だろう」

 妙に確信している口調に、ロベルトは頭痛がしてくる。


「よく考えているようで、短絡思考だよな……。こりゃあ、伯爵も苦労するわ。ところで、一つ聞いても良いか?」

「何だ」

 心底嫌そうに応じた相手に対して、ロベルトは昨夜から密かに感じていた疑問をぶつけてみた。


「他の連中は、元王子様ってことで臣従していると取れなくもないが、あんたの場合はどうして伯爵の下に付こうと思ったんだ? 今は平民だろうが伯爵と同じ元王子だし、あんたの方が歳上だし、実績や人望は比較にもならないだろ」

 それに対するアスランの返答は、実に明確で端的だった。


「カイルは人を妬んだりしない、努力家だ。これ以上の説明は不要だな」

「ざっくりしすぎだろ……」

 ロベルトは(こいつ、懇切丁寧に説明する気が皆無だな)と悟った。するとアスランが唐突に言い出す。


「たった今、思いついた。有能な人間を惹きつける加護というのはどうだ?」

「は? いきなり何を言ってるんだ?」

「カイルの加護についてだ」

「伯爵の加護は他人の加護を奪う加護らしいって、昨夜判明したよな?」

 何を言っているのかと当惑したロベルトに、アスランは堂々と言い返した。


「加護が一人に一つと、どうして決まっている」

「どうしてって……、複数の加護持ちなんて、聞いたことがないが?」

「俺も一昨日までは、他人の加護を無効化できるなんて加護は、聞いたことがなかったな」

「皮肉かよ……」

「今まで表に出なかったカイルの加護のように、埋もれて顕在化しなかった加護があるかもしれないだろうが。現にお前だって、二十五になるまでどんな加護か不明だったんだろう?」

「それはそうだろうが……」

「じゃあ、そういうことだ。すっきりしたな」

 言うだけ言って自己完結したらしいアスランは、いつも通りの表情で歩き出した。その背中に、ロベルトが声をかける。


「勝手に話をまとめないでくれ。それに確認するが、たった今、伯爵のもう一つの加護が『有能な人間が集まる加護』とか言ったよな?」

「言ったが。それがどうした」

「要するに、自分達が『有能な人間』だと言っているのも同然だと思うが」

「何か問題でも?」

 アスランは足を止めたがロベルトに向き直る事はせず、軽く振り返っただけで問い返してきた。そんな彼に、ロベルトが少々皮肉げに笑い返す。


「いや? そうなると縁あって今回加わった俺たちも、『有能な人間』なのだろうなと、光栄に思っただけだが」

「…………」

「それじゃあ、失礼」

 自分の指摘に憮然とした顔つきになったアスランを認め、ロベルトは溜飲を下げた。そして今度は自分の方がアスランに背を向け、繋いであった馬のところに向かう。すると今度はサーディンが音もなく近寄り、彼に囁いてきた。


「ロベルト。あまり若いのをからかうな」

 その笑いを含んだ声に、ロベルトは半ば呆れながら言葉を返した。


「おや、聞いていたんですか? だったら傍観していないで、さっさと止めてくださいよ。俺は殺されかかったんですよ?」

「お前がむざむざと斬られるはずがないし、アスランがあっさりキレるはずもないからな」

 それを聞いたロベルトは、うんざりした顔つきになってため息を吐く。


「そうじゃないかとは思いましたが、やっぱりあのキレっぷりは演技ですかねぇ……。そうじゃないかとは思いましたが、幼少期からご苦労されているだけに、好青年のふりをして相当擦れてますね。そりゃあ素直に育った伯爵が可愛いし、心配になるわけだ。伯爵のためだったら、どんな汚れ役だってやってしまいそうですよね」

「そういうことだ。色々面倒だが、よろしく頼む」

「心得ました」

 ロベルトが早くも主君兄弟の関係性と性格を把握済みだと理解したサーディンは、安堵した表情で彼の肩を軽く叩いた。それにロベルトも、仕方がないなと思いつつ頷く。


(うん、色々面倒だが、なかなか楽しくなってきたな)

 これまでの傭兵合間の盗賊稼業とは一転しての安定した騎士生活と思いきや、なかなか複雑な状況下であるのをロベルトは改めて自覚した。しかしそれと同時に、今までにはあり得なかったやりがいと期待も感じていたのだった。







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