(21)密談

 簡単な朝食を済ませた後、逃げ去った騎士達の私物や馬を分配しながら、一行は出立の準備を進めた。そして、いざ出発という段階で、カイルがアスランに声をかける。


「ちょっとロベルトと込み入った話がしたいから、最初の休憩時まで彼を馬車に同乗させたいんだが」

「……伯爵?」

「そう怖い顔をしないでくれないか?」

 一応、一行の護衛責任者である兄に断りを入れようとしたカイルだったが、相手が瞬時に渋面になったのを見て、思わず苦笑した。対するアスランは、小さく溜め息を吐いてから、ロベルトに向かって片手を伸ばす。


「武器の持ち込みなしなら。あと馬は、こちらで連れて行く」

「お願いします」

 ここで文句を言ったり抵抗する選択肢などないのが分かり切っていたロベルトは、即座に腰の長剣と短剣を差し出した。それを受け取ったアスランは、面白くなさそうな顔のまま自分の馬に向かう。

 出発前にそんな若干緊張する場面があったものの、一行は問題なく出立した。


「朝から悪かったな、ロベルト。どうもアスランは、まだ少々腹を立てているらしい。メリアに求婚している最中だからね」

「ああ、うん、なるほど……。そういう事なら納得です。そりゃあ、激怒して当然です。確かにアスラン殿下だったら、平民だからっていびり倒す趣味はないでしょうし」

 馬車が動き出すとともに、カイルが申し訳なさそうに話しかけた。それにロベルトが苦笑まじりに応じる。それを聞いて、カイルは興味深そうな表情になった。


「そうか。ロベルトは出奔する前、兄上に会ったことがあるのか」

「当然向こうは、一騎士の事なんか覚えてはいませんがね。どうしてあの方が加護持ちではないのかと、すごく残念に思った記憶があります。加護持ちであれば、あれほど玉座に相応しい人はいないのに、と」

「そうだな……」

 なんとなくお互いに神妙な口調になっていると、ロベルトが些か狼狽しながら口を開く。


「あ、ああ、いえ、別にカイル様が見劣りするとか、そういう事を言っているわけではなくてですね! ただ加護のあるなしが王位継承権のあるなしに直結しているなんて、前々からおかしいと思っていただけで!」

「分かっている。慌てて弁解しなくて大丈夫だ。私が兄上に優っていると言えるのは、加護持ちだという一点だけだ。いや、優っているのではなく、余計なものがくっついているというだけの話だが。それに私はもう伯爵だし、本当は兄上の事も『兄上』と呼んではいけないんだよな……」

「殿下……」

 何をどう言えば良いのか分からなくなったロベルトは、それ以上余計な事は言わずに口を閉ざした。するとカイルが顔つきを改め、話の口火を切る。


「ロベルトに同乗を頼んだのは、ちょっと加護についての話をしておきたかったからだ」

「どんな事でしょう? わざわざ他人を寄せずにする話とは」

「自分の加護が判明した時、大抵の加護持ちは単純に喜ぶだろうが、私の側近達の場合は酷い状況ばかりだったんだ」

 そこでプライベートに係わる以上に、重要な秘密の気配を感じたロベルトは、顔を強張らせながら確認を入れた。


「伯爵……、それは俺が聞いても良い話ですか?」

「元加護持ちだし、加護について盲信しているわけではない君だから、この機会に話しておこうと思う」

「分かりました。絶対に口外しません」

 ロベルトが硬い表情で頷いたのを見てから、カイルは説明を始めた。


「リーンの場合だが、街の中を歩いている時、いきなり周囲の物音や人の声が一気に聞こえてきたらしい。勿論、通常聞こえる範囲を大幅に越えて、物音が大量に押し寄せる感じだったらしいな。本人曰く『王都中の人間が喋っている声がまとめて聞こえてきたような感じだった』と言っていたが」

「それはさすがに、王都中ではありませんよね?」

「本当のところは、本人しか分からないからな。それでロベルト。そんな

近距離遠距離の大勢の者の声が一気に聞こえてきたら、どうなると思う?」

 その問いかけに、ロベルトは本気で困惑した。


「どうなるって……。全然想像できませんが、頭がおかしくなりませんかね?」

「その通り。耳に入ってくる情報が多すぎて、発狂しかけたらしい。それでできるだけ物音が聞こえない地下室に三ヶ月籠って、その間最低限の人数しか寄せずに精神集中して、至近距離の声だけを意識的に聞き取れるようにしたらしい。地下室から出た後はかなり時間がかかったが、遠方や離れた場所にいる人間の声を聞き分けられるように個別に訓練したそうだ」

 そこでロベルトが、唖然としながら尋ねる。


「地下室に三ヶ月って、まさかそこでずっと過ごしたんですか?」

「そうらしいな。子供の頃の話だし、最後は自分の脚で階段を上がれなかったそうだ」

「なかなか壮絶ですね……。日の当たらない地下室から一歩も出ずに子供が長期間生活だなんて、それだけで下手をすると命に係わりますよ」

 ロベルトは何とも言えない表情になったが、カイルはそのまま話を進める。


「メリアの場合は……、一家揃って食事をしていた時、スープに使ったキノコの中に猛毒の物が混入していたらしくてな。メリアを除いて、その場全員が酷い食中毒症状になって数日寝込む羽目になったんだ」

 そこまで聞いて、ロベルトは怪訝な顔になった。


「うん? 昨夜、彼女の加護は物質的攻撃の無効化とか言っていませんでしたか? それとも今の話は、加護とは別の話でしたか?」

 どうして食中毒の話が出てきたのか分からなかったロベルトに、カイルが説明を続ける。


「いや、彼女の加護の話だ。彼女の加護は、精神的な攻撃以外の物質的攻撃の無効化、つまり毒物などでの攻撃も無効化できるというわけだ」

 その説明を聞いても、ロベルトはまだ納得しかねる顔で問いを重ねた。


「あの……、先程の話では、毒物が投入されたわけではなく毒キノコが混ざっただけで、死人も出ていませんよね?」

「まあ、でも……、毒キノコを食べても死ぬ人間はいるし、攻撃と見なされるかどうかといえば、そうなんじゃないかな?」

「ありえない……」

「因みに、その攻撃無効化の能力としては、メリアが食べた分を体内で無効化するのではなくて、彼女が一口味見した段階で、その皿や鍋の中身全部の危険物が無効化される。実はロベルトが襲撃した日の夕食には、かなり強力な睡眠薬が大量に混入されていたらしいが、全ての鍋の味見をメリアが済ませてから配ったから全く問題なかった」

 そこまで話を聞いたロベルトは、たまらず悲鳴じみた声を上げる。


「本当に、なんなんですかその加護⁉︎ 無茶苦茶すぎませんか?」

「一番世話になっている私が言う筋合いではないと思うが、全く同感だ」

「そうですか……。一番お世話になっていますか……」

 すこぶる真顔でのカイルの感想に、ロベルトはがっくりと肩を落とした。


「ダニエルの場合は、表面上は取り繕っていても嘘を見破れるわけだから、その加護が判明した当初は酷い人間不信に陥ったらしい」

「それはもう、言わなくても分かります。それはそうですよね」

「シーラの場合は……、子供の頃、周囲の人に好かれたいと思っていたら、誰彼かまわず好意を持たれるようになったらしいんだ。それで問題になったそうだ」

 そこでロベルトは、怪訝な顔になって首を傾げる。


「どこが問題なんですか? 嫌われるならともかく、好かれるのなら良いでしょうが」

「シーラは当時九歳だったそうだが、誰が一緒に手を繋いで祭りを見て回るかで、二十過ぎの複数の青年が殴り合いの喧嘩になったそうだ」

 淡々とした口調でのカイルの説明に、ロベルトが呆れ気味に言葉を返した。


「祭りだからって酒を飲みすぎて、その連中、揃いも揃って頭のネジが緩んでいたんじゃないですか?」

「三十過ぎの男から、何度も求婚されたそうだ」

「傍迷惑な幼女趣味ですね。ゴミ野郎だな」

「四十過ぎの妻子持ちの男が付き纏って、子供のくせに夫を誘惑したと、その妻に殺されかかった事もあるらしい」

「ガキが、どうやって誘惑するんだよ! その女房、頭おかしいんじゃないのか?」

「それから五十過ぎの男が」

「もういいです、分かりました」

 下手をすると延々と続く気配を察したロベルトは、失礼とは思いながらもカイルの話を遮った。しかしカイルは気を悪くしたりはせず、そのまま説明を続ける。


「そんな騒ぎが日常茶飯事になって、周囲も薄気味悪がってしまって孤立していたところを、大叔父上が引き取ったらしい。リーンとダニエルも似たり寄ったりだ」

 そこでロベルトが、少し考え込みながら告げた。






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