(19)取り敢えず、一件落着

「分かりました。これまでの罪滅ぼしも兼ねて、今後は誠心誠意あなたにお仕えします。仲間ともども、宜しくお願いします」

「よろしくお願いします!」

「雇っていただけるなら、精一杯頑張ります!」

「よし、話は決まったな」

 ロベルトが神妙に頭を下げ、彼の仲間も真剣な面持ちで声を上げる。それにカイルが安堵したように頷いて応じた。しかしここで、アスランが苦言を呈する。


「伯爵……。こうもあっさり不審人物を部下に迎え入れて、大丈夫ですか?」

 それにカイルが何か言う前に、ディロスがあっさりと保証した。


「大丈夫じゃないかな? そのロベルトって人は腐っても近衛騎士団第一大隊出身だからそれなりに腕は立つだろうし、二十五まで周囲で見かけた加護持ちに対して、嫉妬なんかせずに過ごしていた程度に性格は良い人ですから。伯爵はかなりのお人よしですけど、この人はそれ以上だと思いますよ? 仕事ができなくなった仲間の面倒まで、みてきたみたいですし」

「ディロス、身も蓋もないな……。ダニエル、お前の意見は?」

 苦笑したカイルが、ここでダニエルに意見を求める。すると彼は真顔で返した。


「その男の発言に、嘘はありません。本気でカイル様の下で働くつもりです。周りの者達も同様ですね。あの騎士連中より、遥かにマシです。色々と人手不足の折、信頼できる配下が増えるのは良い事です」

「という事だから。これ以上の議論は無しにして欲しい」

 カイルが笑顔で周囲に頼むと、アスランが眉根を寄せながら考え込む。


「そうなると……。まさか、ダニエルの加護と言うのは……」

「《他人の発言の真偽を見抜ける》加護だ」

「本当にとんでもないな……」

 うんざりしたような表情になったアスランを見て、ディロスが真顔で提案してくる。


「アスランさんの反応が普通ですよね……。伯爵。今回姉さんたちの加護が盛大に露見しましたから、一応全員に口止めした方がよくないですか? この事が漏れると、色々面倒だと思います」

「ああ、それはそうだな。皆、すまないが、一連の事に関しては内密に頼むよ」

「え?」

「いや、そう言われても……」

 軽くカイルから頼まれた周囲は、揃って困惑顔を見合わせた。するとロベルトの背後から、切羽詰まった声が上がる。


「あああああのっ! すみません! 発言しても良いですかっ!?」

「あ、ああ、構わないが……、どうかしたのか?」

「そのっ、伯爵さまにお仕えするのは問題ありませんし、今後は心を入れ替えてお仕えします! しますが、こんなとんでもない加護持ちが周りにゴロゴロいるなんてことを、一生秘密にしておける自信がありません! そちらの女性に、加護に関する記憶を全て消していただく事はできないでしょうか!?」

 微妙に顔色を悪くしながら一人が懇願すると、その周囲から我も我もと同調する声が上がった。


「その手があったか!? すみません、俺もお願いします! 酒の席でうっかり漏らしそうで! 安心してお仕えできません!」

「勿論秘密は厳守するつもりですが、どこでどう口を滑らせてどんな騒ぎになるか、怖くて仕方がありませんので!」

「俺にもそうしてください!」

「是非、お願いします!」

 その必死の形相に、ディロスが苦笑しながらカイルに話しかける。


「だそうですよ? 伯爵。意外に肝の小さい人間ばかりみたいですね」

「それだけ善良だという事だし、良いんじゃないか?」

 カイルも事も無げに笑い返したが、ここで控え目に声がかけられた。


「あの……、すみません。できれば私にも、同様の処置をしていただけないでしょうか?」

「あ、私もできれば、そのようにお願いします」

「なんだお前達」

「揃って度胸が無さすぎないか?」

 かつての部下達の申し出に、サーディンとアスランは呆れ顔になった。しかし彼らから盛大に言い返される。


「平然とそんな事を言えるのは、大隊長達くらいですよっ!!」

「善良な一般市民を、強心臓のあなた達と同列に語らないでいただけますか!?」

「酷い言われようだな」

 サーディンとアスランは苦笑するしかできず、カイルはシーラに確認を入れた。


「シーラ、どうだ。できそうか?」

 その問いかけに、彼女が自信満々に答える。


「誰に言っているんですか? 任せてください。裏切り者が出て野盗が乱入したけど、騎士の皆さんの奮闘と野盗の皆さんが改心してこの場が収まったって、加護判明の話は抜きで、しっかり記憶操作しておきます」

「だが、ロベルトの加護が消滅した事は、どう説明づけるつもりだ?」

「これまで複数の加護持ちの加護を奪ってきたことに加え、今回カイル様の加護まで奪おうとしたことで、とうとう女神の怒りに触れて加護が消失した。未だにカイル様の加護がなにか判明しないが、ロベルトの加護より上位の加護だったのが原因らしい。それで駄目ですか?」

「うーん、まあ、それでなんとかなるかな?」

 カイルが軽く首を傾げながら応じ、それにロベルトの台詞が続く。


「それで大丈夫だと思います。仲間に聞かれたら、俺からもそう言い聞かせます。ですが俺は本当の事を忘れたくないので、記憶は操作しないでください。絶対に秘密は守ります」

 決意も新たにそう告げたロベルトを見て、サーディンがおかしそうに笑った。


「ほう? なかなか良い面構えになったじゃないか。俺の背後を任せられそうだな」

「伯爵様の次に、サーディン様の背中をお守りします」

「当然だ。どうだ? アスラン」

「……まあ、良いでしょう」

 急に話の矛先を向けられたアスランは憮然とした。するとロベルトが、改まって申し出る。


「伯爵、申し訳ありません。もう一つ、お願いしても良いでしょうか?」

「うん? 何かな?」

「俺から本当に加護が無くなったのか、再度確認させて貰いたいのです。勿論、また剣で彼女に斬りかかったりはしません。先程も怯えさせるつもりで大げさに言いましたが、元々かすり傷程度で済ませるつもりでしたし」

 ロベルトが大真面目に要求してきた内容を聞いて、アスランが怒気を露わに殴りかかろうとした。


「はぁ!? お前な!?」

「アスラン、ちょっと下がっていてくれ」

「ですが!!」

「メリア、どうかな?」

 カイルがアスランを引き留めて宥めつつ、メリアに問いかける。すると彼女は、足下に合った木の枝を拾い上げながら、平然と答えた。


「構いませんよ? じゃあ、これで殴ってください。これも立派な物質的攻撃です」

「じゃあ、話は決まったという事で、好きに動いて良いわよ」

 メリアに続いてシーラが指示を出し、それでロベルトは立ち上がって枝を受け取った。


「分かった。それならよろしく頼む」

「はい、構いませんのでどうぞ」

「行くぞ。とりゃあぁっ!!」

 受け取った枝を振り上げ、ロベルトは至近距離から気合を入れて枝を振り下ろした。しかしそれはメリアの身体に触れる直前で勢いよく二つに折れ、先端の方が地面に落ちる。


「やはり、消失していたな……」

「ええ……、綺麗さっぱり無くなっているらしいですね……」

「は、はは……、無くなった……。もう誰の加護も、無効化できないぞ……。俺は、普通の人間だ……」

 その光景を、カイルとアスランは半ば遠い目をしながら眺め、ロベルトは残った枝を取り落として、項垂れながら涙ぐむ。その声に悲壮さはなく、寧ろ安堵が含まれているのを察したカイルは、彼に歩み寄った。そして軽く肩を叩きながら声をかける。


「そうだな。苦労させるだろうが、頑張ってくれ」

「はい……」

 小さく頷いたロベルトが涙を拭いていると、シーラが声を張り上げた。


「さあ、皆、好きに動いて良いわよ! そして一人ずつ記憶を調整していくから、ここに一列に並んで!」

 その声に、ロベルトの仲間や騎士達がぞろぞろと一列に並んで順番を待つ。それを眺めながら小さくあくびをしたディロスは、何事もなかったかのように踵を返した。


「これで取り敢えず、一件落着かな? さっさと寝直そう」

 その背中に、アスランが思わず声をかける。


「ディロス……。随分と太い神経をしているんだな」

「加護持ちに囲まれていれば、これくらいは」

「君もだろう?」

「さぁ……、どうでしたかね? おやすみなさい」

 にっこりと食えない笑みを見せたディロスはそのまま歩き去り、衝撃的すぎる夜に、アスランは深い溜め息を吐いた。


























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